気づいた不老の苦悩
そして月日は過ぎ去り5年が経過した。
日々の生活は殆ど変わらず、トート様にあーちゃん、時にはロディーと
依頼をこなしていった。トート様同行の時は成功率100%
同行しない時の成功率は95%といった所だろうか。
あーちゃんは元々同年齢の女子と比べると背が高かったため
私よりも背が高くなっている。
今や13歳となり、精神的にも大人びた雰囲気を醸すことがある。
鍛錬を欠かさず、戦闘能力も高い。私の不老を知った上で
見た目ごときで二人の関係は崩れない強固なものだ。
ロディーはというと19歳となり完全な青年だ。
皆、称号はGMとなり、これより上のない名声に達していた。
ちなみに冒険者たちの間でGMとは、もはや現人神に近い称号。
高位精霊の使い手、竜を屠った剣士、禁呪を操る魔導師など
伝説の中の伝説のみが辿り着ける域だ。
ロディーは最近では他のPTに所属したようで、私と共に行動する頻度も少なくなっていた。
彼の中で、私は自分の人生を方向づけてくれた恩人の存在になっている。
トート様は苦手みたいで部屋に留まらず
食堂で食事をとりながら情報交換をする関係となっている。
私は気ままな冒険生活の合間を縫って実家にも戻っていた。
さてここで纏めて話すと王国関係者には
私が不老である事を打ち明けていたことから、不老の件は王国内には広く知られている。
各地の領主、騎士団、冒険者ギルド、王宮魔導士など
王国内で重要な立場にある人物は既知であり、黙示的に公然の事実となっている。
これから皆成長していくにしたがって私だけ時が止まったかのような
姿でいるのは誰の目から見ても奇異に映るからだ。
特にあーちゃんには詰められたが、タイミングが合わなかったから
共に不老になる事は出来なかった。仕方ない事だと説き伏せた。
ある日の事
並んで歩いていたあーちゃんが、ふと視線を前に向けた時
わずかに私の頭上を見下ろしていることに気がついた。
ほんの数年前までは、私の方が背が高かった。
彼女の輪郭は引き締まり、細身ながら芯のある肢体は、スレンダーで無駄がない。
装備の上からでもわかるほど、姿勢は伸びやかで、背筋に一分の隙もない。
成長した少女の中に、剣士としてのオーラが見て取れた。
一方の私は、あの日から何一つ変わっていない。
変わらぬ身長、変わらぬ手足、変わらぬ声
身体能力は向上しているが変わらぬ肉体。
「……あーちゃん、また背、伸びました?」
そう何気なく口にしてみたが、あーちゃんは
「ふふっ育ち盛りですからね」そう言って微笑んだ。
前世で、精神だけ齢をとり、肉体は朽ちていく事に強いコンプレックスを抱いていた私。
だからこそ、不老の依頼を請けた時、深く考えず二つ返事をした。
でも、今こうして現実を見ると、覚悟なんて到底できていなかった事を痛感する。
このまま私だけが止まった時を抱え、みんなの変化を見送り続けるのだろうか。
そんな考えが、私の心の中に暗い影を落とした。
よくよく考えると、1000年不死でいるという事は
私は関係者全ての死を見送らねばならないという事だ。
今は考えの中での事だが現実になった時、私はそれに耐えられるのだろうか?
私の足は自然と星霜の果実を共に食したセリアン氏の屋敷へと向かっていた。
数年ぶりに訪れた館の扉をノックすると、懐かしい人物が出迎えた。
老紳士の執事セバスチャンだ。
「お久しぶりでございます。変わらずお元気そうでなによりです。」
彼はそう言うと私は静かに言葉をかけた。
「ええ、おかげさまで。……それより、多少老いたようですが、お元気で何よりです。」
扉を開けた執事は、私の姿をじっと見つめたまま、ふと目を細めた。
「あの時と、全く変わらぬご容姿。……星霜の果実の効果ですね。」
その言葉に詮索や驚きはない。ただ、静かな納得があった。
執事はそれ以上多くを語らなかった。
けれど、既に全てを理解していたのだろう。
静かに一礼すると、変わらぬ丁寧さで館の奥へと私を導いた。
無言の時間が流れる。
あの頃とは違うのは、彼の顔に刻まれた皴の数と
更なる歩みの落ち着きだけだ。
応接の間へと案内されると、そこには見覚えのある姿があった。
「……変わりませんね、アリシア殿。」
柔らかな声で迎えたのは、星霜の果実を共に口にしたセリアン当主だった。
端整な顔立ちも、落ち着いた仕草も、あの日と寸分違わぬままだ。
「お互い、まるで時間が止まったかのようですね。」
私がそう返すと、セリアン氏は微笑を浮かべて椅子を勧める。
「まさしく、それこそが我々に与えられた祝福なのでしょうね。
そして我らが一族の役目でもあります。」
「……ええ。」
祝福という言葉に引っかかったが
当主の役目である事は間違いないので
その言葉が私の口から出た。
「1000年を見据えるというのは、想像よりもずっと長い時間です。
ですが……あなたに託して良かった。本当に感謝しています。」
私は平穏を装ったが、胸の奥に一筋の靄が残っていた。
「実は私は貴方が後悔していないか気がかりなのです
……あなたに任せるしかなかった。
そう納得していたはずなのに、今になって考えてしまうのです。
本当に、あの歳のあなたに託すべきだったのか、と。
貴方に委ねたのは本当に良かったのだろうか……
後悔はしていませんか?」
この当主は私のバックボーンを知らない
それを語るのも違うだろう。
しかし少し後悔があるとて、こんな気にかけられたら
返せる言葉は一つだ。
「お任せ下さい。」
私は笑顔で答えた。
「良かった……心の痞えがとれたようです。
今後ともよろしくお願いします。」
当主は頭を下げる。
「いえ至らない者ですがこちらこそよろしくお願いします。」
私はそう答えていた。
豪華な食事が振舞われ、再び顔を出すことを約束し
屋敷を後にした。
たとえ少しの後悔があっても、それを言葉にしないと決めたのは私自身だ。
自分で言うのもなんだけど……私はお人好しだな……。
そんな事を考えながら帰途についた。