ラプスアヴィアリー四層
私はバックパックから、銀の筒ゼフィルダストを取り出す。
効果はまだ持続しているが、上書きをしておいて損はない。
蓋を開け筒を軽く振り、頭上に向けて一振り。
細かな粉末がふわりと舞い、私の頭上から降り注ぐ。
すると足元から穏やかな風が巻き起こり、私を中心に温かな空気が流れ始める。
外気を気にしなくて済むのは助かる。
なにせ私は薄着でいるようなものだから。
これで良し。温度と風圧は問題なし。
けれど、空気の薄さだけは軽減できない。
極力運動量を抑えないと、息切れで敵のいい格好の獲物になってしまう。
元の世界なら携帯酸素ボンベがあるが、こちらの世界にはない。
足元を確かめながら、私はそっと前に踏み出す。
この四層、高山の頂上付近を模した空間は
先の階層とは比べものにならないほど、苛烈な環境に包まれているように見える。
岩肌は白く乾いており、風に晒されて削り取られたように、滑らかで鋭い。
ところどころに剥き出しの石灰質の層が露出し
ひび割れた岩の隙間からは、粉じんが風に乗って舞っていた。
もう既に前の階から植物の気配は一切ないが
より一層、土も草も、命の匂いすらしない。
当に山頂付近の環境が再現されていると言っていいだろう。
あるのは岩と風と疑似太陽光、そして薄い空気
浮き岩は、既にこの層では主な足場となっていた。
三層のような螺旋階段は姿を消し、空間には大小様々な岩が
規則性のない高度差で散在している。
一歩一歩が試される。
ここは、自分の限界の把握、技量と判断力の試練だ。
私は息が切れない程度に緩やかな跳躍で
跳び岩を上って行く。
私は浮き岩の上で一息ついた。急いては事を仕損じる。
ましてやここではそれが命に直結するのだ。
ゴ……ォン……
風の音に混じって、何かが震えるような低い音が響いた。
耳鳴り? いや違う。足元だ。岩がわずかに共振している。
ヘリコプターが上空を飛んでいるのに部屋がガタガタ
した経験はないだろうかあれが共振だ。
更に声に共振してグラスを割るのを前世で見た事があるのを思い出した。
その瞬間、視界の端を鋭い影が横切った。
鳥だ。高空を旋回するその個体は
こちらをしっかり視認したあと、私が立つ岩をめがけて羽ばたいた。
バサァッ!!
私は即座にカタール抜き身構える
空気が震える。嫌な予感がする
私は直ぐ隣の岩に跳び移った。判断は正解だった。
次の瞬間、さっきまで私がいた浮き岩の表面にヒビが走り
ゴガァッ!!と音を立てて砕け散った。
破片は自由落下に任せバラバラと下へ落ちて行く。
なるほど……共振狙いで足場を壊し優位を確保する戦術か
なかなか賢いな。それとも只の培われた習性か。
安全に戦える場所を奪い、こちらが飛び移ろうとした先まで破壊する。
鳥は一定距離を保ちながら、それを繰り返すことで決して近づかせないつもりだ。
厄介だな……。そう思っているとスッと浮き岩がスポーンする。
?!
勝機は出てきた。このまま岩を壊され続けたら成す術もなく
落下してバッドエンドだ。壊れた分岩が湧くならば戦いようがあるというものだ。
鳥は再び羽ばたき私の足元の浮き岩が共振する!
「こっちのターンだっ!!」
私は跳んだ。
再生成された新たな岩へと移り、その勢いを利用し強く蹴り飛ばす。
鳥は動揺したように方向を変えるが、もう遅い。
間合いは既に詰めた!
ザシュッ!!
鳥が最後の羽ばたきを残し、私のカタールの一閃に沈んだ。
滑空の勢いを保ったまま、死骸は弧を描いて遠くへ落下していく。
よし。足元が崩れる前兆も把握できるし、ある意味他の階の敵に比べて。
探索はしやすいかもしれない。
早速近くの浮き岩に宝箱がある。
私は近寄りピッキングする。意外と複雑だな高難易度の宝箱だ。
今までで一番難易度が高いかもしれない。
カチリ!音を立てて外れる。
ギィと宝箱を開けマジック鑑定をする。
全てSRだ。四層はPT用のダンジョンでもなから気軽に来れるものではないし
ソロで実力がないと話にならないのが理解できた。
受付嬢のアドバイスは的確だったという事だ。
私は引き続き会敵し討伐、鍵を開け続けた。
「うそでしょっ!!」思わず私は口走ってしまった。
なんとSSRのマジックアイテムが出たのだ。
もうここ、私の金稼ぎ専用御用達ダンジョンとなる事は
間違いなさそうだ。
私は次の浮き岩へと跳躍する。
その先でも、例の鳥たちは執拗に足場を狙い
接近を拒むように飛び交っていた。
しかし、こちらも慣れてきている。
振動の予兆、岩の軋む気配、風圧の変化全てを感じ取りながら
私はタイミングを計り、鳥の攻撃を躱し、わずかな隙にカタールを突き立てた。
ザシュッ!
滑空の勢いを残したまま、鳥は下方へ落ちていく。
死骸が空に弧を描いて消えるたび、私は静かに宝箱に向かう。
「……よし、次。」
ピッキングに指先の感覚を集中させる。
カチリと音がして蓋が開く。
中身をマジック鑑定で確認すると、またしてもSRアイテム。
まぁ、そうそうSSRは出ないよね。
この繰り返しが続いた。
一歩跳び、一羽倒し、一箱開ける。
私はてっぺんを目指し跳び岩を上り続ける。
少しずつ空気が変わっていく。
風が弱まり、岩の間隔が広がり、上空にはこれまでと異なる輝き。
「……よっと!」
最後の跳躍先に見えたのは、他の岩とは明らかに異なる構造物
岩ではなく鈍く青銀に光る金属製の浮遊台だ。
まるで自然の流れに逆らって浮かぶ人工の祭壇のよう
表面は滑らかに磨かれ、何かの意匠のように複雑な魔法陣が刻まれていた。
常時、魔力の循環を感じる。
見上げると、空しかない何もない。上方にはピンク色の結界が見えている。
ダンジョン内部、作られた環境高山の頂きに達したのだ。
私は考えた。この魔法陣は何なのだろう。
よくわからないまま何時もの流れで私はリーブの書を
バックパックから取り出しリーブを唱えた。
私は宿屋の前に戻っていた。
丁度ゼフィルダストの効果が切れ霧散した。
私は唐突に思い出した。
入り口の半分崩れた鷲の姿をした石像!
ダンジョンの出現する敵が鳥だと教えてくれていたのか!
なんだか、あのダンジョン作成者は
捻くれてるのか優しいのかわからないな。
収穫品のマジックアイテムを売ると
金貨3500枚近くとなった。
収入としてはとてつもなく凄い事なのだけれど
満足度は、実はそうでもなくなる可能性が高い。
確か前世でも年収800万で幸福値の伸びは鈍化。
2000~3000万円付近がピーク、それ以上はむしろ下がる
そんなデータを見た覚えがある。
金貨3500枚って……多分前世では億越えだよね。
やっぱりお金に困らない限り
今後の活動は依頼にしたほうが良さそうだ。




