魔喰らいの猟犬アルヴァケルヴァ
コンコンコン!
私は大体ノックの仕方で来客が誰かを聞き分ける。
ロディーなら強めの、いい加減なノック
あーちゃんなら落ち着いた気品高いノック
今回の音は2人とも該当しない。
控えめで遠慮がちなノックだ。
「はいどちら様でしょうか?」
ガチャリ!と扉を開け来客を見る。ロディーだ。
意外な結果に私は驚く。
「何かあったの?」
「中に入ってもよろしいでしょうか?」
「いいも何も何時も勝手に入ってくるでしょ?
しかも敬語で、どうしたの?」
どういった風の吹き回しだろうか?
腰低く部屋に入ると、ササーとそのまま窓際の
トート様の聖座の下へ行き平伏する。
「トート様にはご機嫌麗しく謁見恐悦至極に存じます!」
「ちょっとロディー……あんた……」
そして私の前では初めてトート様が発声する。
「カッカッカッ、ガァーッグァー、カッカッ、グアー」
なんというか……カラスの鳴き声を汚くした感じだ。
そういえば動物をモチーフにしたアニメでトキは音痴だった事を思い出す。
なるほど。そういう事か。
「ははーっ!ありがたき幸せ!本日は、これにて失礼いたします!」
そう言うとススッと扉の方へ行く
そしてこちらをちらっと見て小声で
「じゃあな。また。」そう言って外へ出て行く。
嵐のような男だな、悪い意味で。
トート様の方へ目をやると
胸を張り両の翼を広げご満悦だ。
「あのー……トート様、ご機嫌ですか?」
『左様!あの者は儂に畏怖の念を抱いておった。
名を覚え、畏怖をする事!それ即ち信仰である!
これで悦に入らずして何を悦と断じられようか!』
ロディーは私の記憶をしっかり覗いたのだろう。
あいつは長い物には喜んで巻かれに行くタイプだ。
そういえば、神様システムは信仰を力にしているんだよね
……というか人で言う所の栄養みたいな感じだから
嬉しいのかな?
「あの、トート様、私も畏怖による信仰したほうがいいですか?」
私はトート様に向き直り言う。
『その言葉の言い回しの時点でお主には無理だろうて。
それに、お主は我が妹セシャトとの触れ合いが
生きがいとなっていたのであろう?
儂は、それを埋めるのも役割だと思っておる。
お主は、お主のままでよい。』
トート様そう告げると聖座にて体を丸め鎮座した。
それで昨日スキンシップを取っても怒らなかったのか
トート様は私が思うより私を気にかけてくださっているのだな。
私は天を向かい目を瞑る
『うさにゃ……あなたのお兄さんは人想いの、とても良い神様ですね。』
私は心で呟く。
『はい。自慢の兄ですから♪』
そう……セシャト神の声が聞こえたような気がした。
私はローブを目深に被りトート様の聖座に近づく
「よいしょ。」丸まっているトート様を肩に乗せる。
「依頼に行きましょうか。」
『うむ。良きに計らえ。』嘴を少し上下に振る。
冒険者ギルド掲示板へと到着掲示板を見る。
流石にちょっと戦闘が混じった依頼がいいな。
昨日は全部トート様にやってもらっちゃったから
ウォーミングアップにならなかったし。
掲示板を眺めると、とある依頼が目に留まる。
依頼ランクC+という事はパーティーを考慮してC+
ソロならB+かA+ってところだろう。
リハビリには持って来いの依頼かな。
内容はエリオスフィアの花。
※完全開花時のみ有効。花弁を傷つけずに採取。
その条件以外で採取の場合内包する魔力が失われるため注意。
報酬は花一つにつき金貨5枚。
採取地は黎明の星森の東部の霧渓谷
確かに魔力密度の高いあの地の土なら
魔力を内包した花が咲くのも納得だ。
その地を塒にする魔喰らいの猟犬との遭遇に注意。
全長2m程の大型モンスターで魔力気配察知に優れ
対象が魔力を帯びていると捕食しようとする。
魔力を糧とし生きている為その行為は我々の食事と同様。
うん。丁度良さそうだ。
「これなんかどうでしょう?」
私は肩のトート様に依頼書を見せる。
『儂はどんな依頼でも、ついていくだけである。
良きに計らうがよい。』
肩の上で丸まったまま返答が来る。
決まりだ。私は受付へ行き署名をする。
私はエリオスフィアの花6個収容可能の
保存用容器を受け取りバックパックにしまう。
私は街はずれの人気のない所へ行く。
バックパックからリーブの書を取り出し説明をする。
「この書は言葉を唱える事で私の脳内の記憶場所へ
瞬時にして移動できる巻物です。」
そう伝えると直ぐに返答が来た。
『儂は書記を司る神でもあるが故、時間と空間とも所縁が深い。
従ってそれも儂の庇護下にあると言っても過言ではなかろう。』
はえ~やっぱりトート様って凄いんだね。
「リーブ!」私達は黎明の星森の湖へと飛んだ。
そこから東方面へと足をすすめる。
道中感じたのは、湖方面から東の方へ魔力が流れている。
小さな水の支流が、そこかしこに散見される。
肌を撫でる風が僅かに湿り気を帯びてくる。
ザァ……ッ。
耳に響いたのは、ただのせせらぎではなく
大量の水が一気に落ちる、圧倒的な音圧。
私はその水音に導かれるように、支流を遡っていく。
徐々に足元を流れる水は一本の川となり
前方に見えてきたのは霧渓谷だ。
幾重にも重なる岩盤の断層。
そこを穿つように、上方から水が降り注ぎ滝の様相を呈していた。
その飛沫は辺り一面を白い霧で包み
浮遊する魔素の粒子と合わさって、まるで幻のような景色を作り出していた。
霧渓谷の名は、この幻想的な滝の霧に由来する。
滝壺を取り巻くように開けた平地。
そこには……無数のエリオスフィアの花が静かに揺れていた。
大量の虹色の花が揺れる様は
巨大な虹が草原に映し出されているかのようだ。
「……咲いてるのは、まだ一部だけみたい。」
開花時間は夜なのだが、この花は魔力の流れと湿度に敏感なため
咲くタイミングもそれぞれ微妙に異なる。
歩みを進め周囲の蕾には指一本触れず
満開になった個体のみを丁寧に摘んでいった。
三つ摘み終わった所で
『警戒せよ!魔力の歪みが、こちらへ向かっておる。』
トート様が警告を発する。
魔力を食う魔物、魔力の歪みが向かってくるという事は
つまりは、そういう事だ。
私は花々を避け素早く森へと戻る。
魔力の花々を荒らしたくはないからね。
木々の隙間から見えた。アルヴァケルヴァだ!
相手からも、こちらが視認できたようだ。木々を避け向かってくる。
突進は相手に有利し、こちらの手が減る。
迂回せざるを得ない森に入ったのは戦術的にも正解だったかも。
シャラッ……!
私は久しぶりにカタールを抜き構える。
ガギィンッ!
アルヴァケルヴァの爪撃をカタールで往なす!
しかし爪撃の軌道が変だ。こいつ……トート様を狙ったのか!
「不敬な奴め!!」私は叫んでいた。
トート様はバサリと肩から後方へ降り
『心配には及ばぬ大事ない。』
バサリバサリ!と羽根を羽ばたかせ
「グエーッ!」と奇妙な鳴き声を上げたトート様のから
金と銀の羽根が放射状に広がり、空間に幾何学の光輪が浮かび上がる。
その中心から発せられたのは、言葉にならぬ神性の振動。
軽い……いや、違う。重さを意識せずに身体が動く。
それも違う……私の思考を先回りして体が動いている!
この認識が一番正しい。
空間の輪郭をくっきりと感じる。
相手の魔力の波、筋肉の動き、足裏に伝わる地面の振動。
全てが見えている。
まるで、世界が自分に何もかも合わせてくれるような異様な感覚。
ギィイインッ!
それは一瞬の閃き。私は元の位置より遥か前方
アルヴァケルヴァの頑強な鱗に火花が散る。
ザザーッ!
私が着地したのを見て敵は私に攻撃されたことに気づく。
瞬時自らの対応が遅れた事に激怒し
「ガァァァルガゥガァ!!」
アルヴァケルヴァが咆哮する。
踏み込み、回転、逆手の一撃
こいつの最初の一撃を鑑みるに、こいつは素早い。
だのに、私が体を翻し滑り込ませるよう動いた後に攻撃が来る。
私は確実に精密なる刃の走りで
アルヴァケルヴァの装甲の隙間を的確に抉る。
もはや、戦っているのは自分ではないかのような
感覚に身が委ねられている。
「……ガァルッ……ガゥ、ゥ……!
鱗の間隙を多数抉られ最早虫の息だ。
「これで、終わりだ不敬者!」
ズッ……カァン!
隙間を抉られ容易く胸部の鱗はカタールによって剝ぎ取られる。
ズシュッ……ガッ…ズズッ……。
心臓にカタールの刃が達する。
肉壁を抜けると筋肉にしては硬いコアのような物を感じた。
それを貫通し裏の心臓肉壁を突き破る。
ドズンッ……!
アルヴァケルヴァの巨体が音を立て地に伏す。
静寂が訪れ風が木々を揺らし、霧が流れていく。
ビッ!
私はカタールについた血を払い。
カチン。
鞘にしまう。
そしてトート様の元に戻る。
トート様はバサバサッと肩に乗ってくる。
『見事であった褒めて遣わす。』
「さっき意識を超えて私の体が動く感覚があったのですけれど
あれは何だったのでしょう?」
『あれか、あれはお主の潜在能力を我が力で開放しただけである。
通常ならば考え動くもの。しかしお主の肉体や感覚は
それを超越し思考を追い越したのであろう。
それだけ、お主には伸び代があるという事である。
喜ぶがよい。』
はえ~!そういう理由だったのかー。
「トート様の助力感謝します!」私はそう言うと
『気にせずともよい。』トート様は答えた。
私は無数のエリオスフィアの花の揺れる草原へ戻り
開花している三つ、先と合わせ計六つ専用容器に入れ
バックパックにしまう。
「さぁトート様戻りましょう。」
『うむ。良きに計らえ。』
私はリーブの書を手にリーブを唱えた。
冒険者ギルドでエリオスフィアの花6個収容保存容器を取り出し
受付嬢に渡す。
私は金貨30枚を受け取り帰途につく。
私は手をぐっぱぐっぱと握る。
結局ウォーミングアップになったのかは不明だ。
まぁでもいっか。私達は宿屋の部屋に戻った。




