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封印されし叡智の精霊

私は冒険者ギルドの掲示板を眺めている。

肩にはトート様。やはりついてきた。

理由は妹から私の事を託されたのに何かあっては

申し訳が立たないから。という事だ。

妹思いなのか、義理堅いのか、責任感が強いのか。

私が思うに全部だろう。

とある依頼が私の目にとまる。

郊外における異常発生地帯の調査

王立管理調査室(自然観測部門)からの依頼

古の旧世代神殿跡周辺

都市郊外の森林地帯において動植物の急激な変異や繁殖の停止

ならびに局所的な魔力の乱れが報告されている。

現地調査を行い状況を報告。と。

報酬は銀貨50枚。

調査なら、報酬はこんな所だよね。

魔力の乱れという所は引っかかるけれど

恐らく戦闘はあっても変異種の動物くらいで危険はないだろう。

久しぶりの冒険のウォーミングアップには丁度いいかもしれない。

トート様の聖座作成で、とてつもない散財をしたが

全財産の半分程度、贅を尽くしても10年くらいは

何もしないでいられる蓄えはある。

私は依頼を剥がし掲示板から少し離れ

肩のトート様に見せる。

「これなんかどうでしょう?」

『古の旧世代神殿跡異変の調査か。

お主が選んだのなら儂は手伝うのみ。良きに計らえ。』

口調こそ落ち着いていたが

トート様は翼をぱたぱたと小さくばたつかせていた。

さらに、普段なら動かさない尾羽までピンと跳ね上がっている。

隠しているつもりなのかもしれないが、どう見てもワクワク感丸出しだ。

知の神様でもあるので、知的好奇心をくすぐられるのだろう。

思わず笑いそうになるのを堪えながらギルド内でサインをし

受付嬢から場所の詳細を聞いた。

精神リンクしていたら例の不敬である!が飛んできた事間違いなし。

手続きを終えた私は、肩にトート様を乗せたまま、街の西門を抜け

ギルド嬢から聞いた目的地へと足を運ぶ。

首都を離れると、風景は一気に開け緩やかな丘と森林が続く。

夏の風が心地よく肌に触れる中、私は歩みを進める。

周囲の草木が風に揺れている。

空は深い青色で遠方には綿菓子のような雲が広がる。

トート様も時折のんびりと羽を広げ

風に揺られながらも落ち着いている

しかし目の端でちらりと、その尾羽が大きく動くのを見るに。

興味が尽きないのは十分に伝わってきた。

暫くすると魔力の流れに異変を感じる。目的地は近い。

「トート様、あれが神殿跡の入口でしょうか?」

私はふと立ち止まり、前方を指差した。

道の先に見えるのは一際目立つ岩壁が続く部分。

上部は、どこか古びた大きな扉が半ば埋もれているのが見える。

周囲は苔むした石と木々に囲まれ

扉自体は、まるで長い年月を耐えてきたかのように

朽ちかけた部分がところどころ見て取れる。

『ほぅ、下部のあれが入口だな。』

トート様が答える。尾羽が少しだけしなるのが見えた。

『それにしても年月を経てなお堂々とした様相を保っておる…興味深い。』

興味を惹かれているというトート様本音が出てしまっている。

ここでも私は笑ってしまいそうなるのを堪えた。

ところが周囲に気を配ると空気が一変しているのを察知。

さっきまでの穏やかな風は無く全てが凪ぎに支配されている。

静寂のみが辺りに存在する。

一方魔力の流れに凪は無く乱れているのがわかる。

確かに感じる違和感。

トート様が肩の上で羽をわずかに震わせる音が聞こえた。

『うむ。確かに魔力の流れにも異変がある。

これは…単なる動植物の奇異だけには留まらぬであろう。

儂の観測を総合すると、これはただ事ではない。心せよ。』

えーっ?!トート様をもってしてただ事ではないとなると

私の思う所の、ただ事ではないを上回ってくる可能性が高い。

このまま調査を続行しても大丈夫なのだろうか?

ここまで来たのだ泣き言を言っても始まらないし

何より私にはトート様が付いているのだ案ずる事は無いだろう。

私は息を飲み、ゆっくりと遺跡の入り口へ向かって足を踏み出す。

扉の前に立つと、その重厚さと歴史を感じる。

手をかけると長年の時を経て、ひび割れた周囲の石が僅かに崩れ落ちる。

力を込めて扉を押すとギギギ……ギギ……ギィ……と歪んだ音を立て

内側へと開くと共に門の横の時を経た石壁の一部は崩れ

パラパラと音を立てて地面に落ちる。

遺跡の中からひんやりとした空気が私達を迎える。

私は外から入り込む光に逆行し、遺跡の奥へと足を踏み入れる。

内側は薄暗く、長い年月を経たためか微かな湿気と土の匂いが漂っている。

足元の石床には苔とほこりが堆積し

時折どこかで水滴の落ちる音が、静けさの中響く。

目の前に広がるのは、朽ちた柱と歪んだ天井が支える幅のある廊下。

古びた石壁には、かすかな模様や刻まれた文字が残っているが

ほとんどは風化している。

トート様はじっと壁を見つめている。

『流石に、ここまで風化が進んでおっては、解読が困難である。

しかし、所々解釈を繋げると、この遺跡は何かを封じている。』

一歩踏み出す度、足元の床石が微かに音を立て冷たい空気が肌を撫でる。

さらに奥へと進むと、壁の文字が目に入った。

先ほどの装飾用文字と違い、意図的に深く刻まれていた為か

クッキリと文字が見て取れる。が私には分からない文字だ。

トート様なら解るのだろうか?

神殿の壁面に刻まれている文字や絵の幾つかからは強烈な魔力を感じる。

静かに足を踏みしめながら更に進む。

奥から常に肌を撫でる様に流れてくる冷たい風は

長い間、外界との隔絶を感じさせる。

道の途中、古びて崩れていたり欠けている石像や彫刻が目に入る。

進んで行くと異変を感じる。

肌を撫でるようだった冷気が、ついには肌を刺すようになる。

「トート様、これ以上進んで問題ないでしょうか?」

『うむ。儂の観測の結果、問題ないと断じよう。

しかし完全なる安全を担保するという意味ではない。』

大丈夫なのか大丈夫ではないのかを聞きたいのだけれど

恐らくトート様とは思考の階層が違うので嚙み合ってないのだろう。

やがて前方に目を引く扉が現れた。

その扉は他の壁や石像と比べても異彩を放っている。

扉そのものは、重厚で漆黒に近い石で作られており

周囲の壁面とは異なる光沢を持っている。

目を凝らすと、扉の表面には幾何学的な模様が浮かび上がっていた。

中央に描かれた魔法陣は、青く落ち着いた光を放っている。

私は扉を開けようと近寄り手を伸ばす。

『開かぬぞ。』

私は手を引っ込める。

「開かないんですか?魔力の奔流は、この奥にありますが。」

『この扉には封印が施されておる。

道中、儂が既に解読済みである。魔法陣に手を触れ言葉をなぞるがよい。

我が命じる。ルーナの光よ、時の封印を解け。均衡を破ることなかれ。』

私は手を伸ばし扉の魔法陣に触れる。

「我が命じる。ルーナの光よ、時の封印を解け。均衡を破ることなかれ。」

扉に描かれていた魔法陣が紡いだ言葉に共鳴するよう光が増す。

『ルーナの創造、そして均衡を守る者よ、闇を払え!』

「ルーナの創造、そして均衡を守る者よ、闇を払え!」

詠唱を終えると魔法陣は目も眩むような光を放ち

幾何学模様と共に消え去る。

ゴウン!!ガゴン!!ガゴッ!!ガゴゴ!!

重厚で漆黒に近い扉は大きな機械音を発し

再び静まり返る。

『封印は解かれた、扉を開けるがよい。』

スッ……?!

見た目に反して、その扉はとても軽く開いた為

暖簾に腕押しの様子を再現してしまう。

「とっとっと。」

私は扉に肩透かしを食らい数歩ケンケンしてしまう。

静寂に包まれたその空間の奥から、響く声がした。

その声に導かれるように視線を向けると

暗闇の中から青白い光を放ちながら神秘的で、儚げな存在が現れた。

トート様は私の肩から降り、ぺたぺたとその存在の方へ向かってゆく。

すると何かやり取りを始めているようだ。

二人の間で何か意思疎通が行われているのだろうが

如何せん、それが何なのか私には全く分からない。

とても手持無沙汰だ。

トート様は時折小さく頷いたり羽を広げたり

バサリと羽ばたいたりしている。

そしてある程度の時が経った後トート様は

こちらに向かってぺたぺた歩いてくる。

足元に戻ってくると羽を大きく広げ

魔力といっていいのだろうか

神力と呼んだほうが良いのだろうかを凝縮させる

その力の塊は、どんどん濃縮されてゆく。

頃合いだったのだろうか?トート様は、その存在に向けてそれを放つ。

その存在は逃げる事なく、その身に受ける。

瞬間、空間は眩い光に包まれ輪の形へ収束してゆく

聖的な力を秘めたそれは宛らエンジェルハイロウだ。

その存在の周りに出現したその光の輪は不規則にクルクルと回転しながら

徐々に高速回転へと転じトート様と意思疎通を図っていたらしき存在を

包み込む球となる。暫し後に光は中心に収束し、ふっと消え去った。

そこにはもう何もなかった。

「えーと……何があったのですかトート様?」

『道中話してやろう。先ずは扉の再封印を行う。』

トート様はバサバサッと肩の上に乗ってきた。

『先の扉を閉め、魔法陣があった場所に掌を置くがよい。』

私は通路まで戻り言われた通り扉を閉め

封印の魔法陣が浮かんでいたところに手を重ねる。

『創造の理に従い、叡智の芽よいざここに眠れ!』

「創造の理に従い、叡智の芽よいざここに眠れ!」

言葉を唱えると幾何学模様が再び浮き上がり

ガゴゴ!!ガゴッ!!ガゴン!!ゴウン!!

物理的なロックがかかる音がする。

『我が命じる。ルーナの光よ、均衡を護り、時を封ぜよ!』

「我が命じる。ルーナの光よ、均衡を護り、時を封ぜよ!」

眩い光が魔法陣を象り青く落ち着いた光となり

扉は封印を解除する前の状態へと戻る。

『これにて終了である。帰途につくとしよう。

それでは今から帰途の間、説明をする。』

私は何時もならリーブで帰るがトート様が

何やら解説してくださるようなので

歩いて帰る事にした。

『結論から言うと、扉の中に封印されていたのは

高位精霊リベルアルマ。既に封印が解けておった為

儂が再封印を施した。

リベルアルマは宇宙や自然界の秩序、殊にルーナじゃな

そして均衡を保つ精霊。

古の文明で人に知恵を授けておった存在だが。

嘗て誇っていた高度な文明は廃れておる。

今の人間には理解できぬ高度な知識故

再び活躍の時が来るまで自ら封印しておったのだ

しかし長い封印で力が落ちてしまったようでの

封印が解けてしまい自らでは再封印できず困っておったそうだ。

儂はその愚痴を聞かされておったのだ……。』

なるほど、意味不明な時間の得心がいった。

「トート様はお優しいんですね。」

そう言いつつ嘴の上部を撫でた。

思わず撫でてしまったが、不敬である!と言われそうだ。

と思ったがそんな事は無かった。

『下位の存在を慈しみ労わるのも、我ら神の務めである。』

そう私に伝えるとトート様は体を窄め丸くなる。

なんか段々親しみがわいてきたぞ!可愛くないか?!

スキンシップも許してくれるみたいだし。

私は丸まったトート様を撫でながら街道を戻っていった。

冒険者ギルドにはトート様に聞いた、ありのままを話した。

ただし封印をしたのは私という事にしておいた。

でなければ話の整合性を合わせられなかったからだ。

報酬の銀貨50枚を受け取りギルドを出て宿の部屋に戻った。

日は傾き夕刻を過ぎていた。

肩で丸まっているトート様を聖座に置き

食事をとりに階下へと降りた。

後日ギルドからの使者が来て金貨200枚を置いて行った。

理由はこうだ。

ギルドへの報告の後、依頼主である王国へと報告が行く。

詳細を聞いた依頼者の部門が王国書庫へ問い合わせたところ

キュレーターから古文書の記載と委細一致していると連絡が入り

再封印の重要性が語られたらしい。

それで、封印まで行われ達成依頼ランクが低過ぎるという事で

急遽それ相応の謝礼がギルドへ送られ

ギルドは私の宿へと報酬を届けたという流れだ。

ナイトルーティーンをこなし

ベッドに横になりトート様の方を見ると

聖座で丸まり嘴を羽根の中に入れて寝ている。

すごいんだか、かわいいんだか。

私はふっと笑みが漏れる。

そのまま布団を被り眠りに落ちて行った。

結局今回、私は何もできなかった。

冒険者のウォーミングアップとしては失敗だ。

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