オーバーフロー
私は昼食を終え部屋に戻る。
トート様は気持ちよさそうに寝ている。
そんな姿を見ていたら欠伸が出た。
腹も満たされたし眠気がある。私も昼寝しよう。
ベッドに横になると、考える間も無く
あっという間に眠りに落ちていた。
目が覚めると部屋に入る光の具合から察するに
夕方よりまだ前、眠っていたのは時間にして2時間ほどだろうか。
私は上半身を起こすとトート様の方を見た。
窓際、アストラクロノスの上に佇むトート様が
こちらをじっと見下ろしている。
『目覚めたか。』
脳内へ直接声が伝わる。が、先ほどまでの様な
脳内にキーンと響くような感じではなく
なんというか優しい声だ。
『良き眠りであったな。まさしく僥倖である。』
静かな満足と、僅かな優しさを纏っている。
さっきまでは寝不足だったのかな?
私はお腹が満たされて寝てしまったのだけれど。
トート様はお腹が空かないのだろうか?
「トート様はお腹空かないの?」
『うむ。そなたの今回の召喚時の強い願い完璧であったからな。
儂は、ほぼアストラル界と同様の能力で依り代に顕現しておる。
従って食事の必要は無い。
立派な聖座も用意してもらった。
褒美として、お主に我が知の一部の恩寵を授けよう。
覚悟は良いか?』
知識を受け取る覚悟って事かな?
「はい。」
一際大きく羽ばたき、そのまま羽を広げる。
『行くぞ!』
トート神の宣言とともに脳内に立体的なイメージが展開される
それは文字列ではなく当に脳内に注ぎ込まれる
いや浴びせられる情報イメージの濁流と言った方が正しい。
中心部のイメージへ向かい眩く輝く光の回路
その奔流を伝い私の脳内メモリに凄まじい容量の情報が夥しく流れ込む!
様々なイメージがめくるめく展開される。
それはホログラフの様な簡素なものではなく
とても複雑で鮮明な映像と共に再現されている。
そしてそれは処理限界から溢れ出す!
「う……ぁ……ぁ……」
イメージに激しくノイズが混じり始める!
人間の情報処理能力の限界。オーバーフローだ。
『頃合いか。』
トート様は静かに羽を折りたたむ。
暴走していた私の情報デバイスが
トート神の意識に呼応し制御信号を受け取る。
直後、膨張し溢れ出していた情報群は
まるで自動最適化アルゴリズムが走ったかのように整列を始め
それぞれが光の粒子へと収束し、静かに空間から消えていった。
ひとつ、またひとつ
……それはまるで、巨大な情報樹の葉が
自然に散り落ちていくように。
輝きに満ちた仮想デバイスは緩やかに終息してゆく。
最後には中心に残った一滴の青白い光が
静かに、その存在を消した。
「はぁっ……はぁっ……。」
これはヤバイ、続けていたら多分死んでいた。
『以上である。よくぞ耐えた。褒めて遣わす。』
「はぁっ……はぁっ……ふぃーっ……」
私は深くため息をつき呼吸を整える。
トート様は本当に神様なんだと私は
この時、自らの身をもって知った。
50年間の前世の脳内情報処理ノウハウに
12歳の脳の柔軟性をもってして、この体たらく。
人間には過ぎたるものだという事がよくわかる。
『さて、情報が伝わっておるか確認をするとしよう
脳内でイメージを纏めてみよ。
今暫くだけ再び思考を読み取らせてもらう。』
纏める…か、正直な所トート様が言った
知の一部なんだろうけれど、その一部の中で
私が処理をし理解出来たのは更に一部だ。
要約するとこうなる。
霊的世界アストラル界は階層に分かれていて
レベル0を頂点とし10段階に分かれている。
レベル10・9は煉獄や地獄と呼ばれており
長期に亘って魂の責め苦が行われる安らぎの無い階層
レベル8・7・6・5・4は知性を持たない生命体
レベル3・2は知的生命体
レベル1は神へと至る試練の階層
レベル1では高ランクの知的生命体でさえ
耐えがたい苦痛と献身によって
知的生命体の軛から解き放たれた時
レベル0の神へと至る
当然トート神もセシャト神もレベル0だ。
その後は唯、信仰によってのみ霊的強度が強まる。
信仰なく忘れ去られてしまった神はその座を降ろされ
レベル3の知的生命体から再挑戦となる。
そして神は時として願いにより召喚される。
願いが弱ければレベル低く現界し
願いが強ければレベル0のまま依り代にて現界する。
前者はセシャト神うさにゃであり
後者はトート神だ。
だからトート様は食事の必要がない。という解釈でいいはず?
『よくぞ解した。儂の知を注いだ甲斐があったというもの。
ならば確認を終えた故、お主の望み通り再びリンクを切るとしよう。
用があれば呼びかけるがよい。』
目を閉じ、再び嘴をそっと羽の中へと埋め眠りについたようだ。
そうそう、眠るとアストラル界へと一時戻るらしい。
それでトート様は度々寝るのだろうか。
まぁ、これから長い付き合いになりそうだし
そのうち、わかるよね。
日は傾き窓際のトート様の白い羽がオレンジ色に染まっていた。
さて夕食に行きますか。
私は階下へ降りて行く。
夕食を済ませ部屋に戻ってもトート様は依然スヤスヤと寝ている。
私はすっかり帳の下りた部屋にランタンを灯す。
そして私はベッドに腰掛けながら、ぼんやりと明日の予定を考える。
ここ一カ月は、うさにゃとの引き籠り生活だった為
冒険者としての腕は相当鈍っているだろう。
何とか感覚を取り戻していかないとね。
ところでトート様は冒険についてこられるのだろうか?
『儂はここで休息を取っておる。』なーんて言いそうな気がしないでもない。
まぁ、明日になればわかるよね。
私は夜のルーティーンをこなしベッドで横になった。




