表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/79

トキノオワリ

舗装もまばらな街道に、午後の陽が斜めに差し込んでいた。

道の先に佇む一人の男。前に会ったときと変わらず、物腰柔らかく、笑みすら浮かべている。

だが、その場の空気が凍てつくほど、違う

私の額ににじむ汗、勝手に震えだす足が、それを雄弁に物語る。

「やぁ、また会えたね。」

私の心臓が早鐘を打つ、本能が危険だと警告している。

「君のことは忘れていなかったよ。とても興味深い判断をした子だから。」

レヴィアン・クロウヴァー。

時間と空間を操る、私の上位互換者、異形の魔法使い。

「何故、遺跡から出た?どうしてローゼンシュタットへ向かっている?」

喉が張り付き、なんとか絞り出した声。今にも吐きそうだ。

レヴィアンは、ほんの少し首を傾け、目を細めて答える。

「うん、単純な事だよ。……もっと多くの人間を観察したくなったから。」

まるで、珍しい虫をもっと集めたくなった学者のようだ。

その声音に、倫理も情も憐憫も、人としての矜持は微塵もない。

「今度は……王都に拠点を置こうと思ってる。

人も多いし、多様性もある。なにより変化が早い。退屈しないだろうね。」

言葉では言い表せない感情が沸き上がる。私は無理やり言語化する。

「それだけのために……犠牲者を増やすのか?

人の命を、お前の好奇心のために、弄ぶのか?」

声が上ずり震える。それは恐怖か、はたまた……怒りか?

レヴィアンの笑みが、ふっと消える。

「……邪魔を、するのですか?」

声が低く、乾いた。

風は止まり、世界が静まり返る。

彼の目が、まるで氷のように私を射抜く。

「今回は逃げるつもりがないようですね?

どうするつもりかな?観察対象から、阻害要因に格下げされたいのなら。」

言葉の終わりと同時に、彼の周囲の空間がねじれる。

世界が悲鳴をあげるように歪み、光と影が裏返る。

「さあ、選んで?君の答えを教えてくれ。」

私は静かにカタールを抜いた。

「了解だ。始めようか。」

極めて不利な戦いが、今、始まる。

レヴィアンが指を鳴らした瞬間世界が歪む。

私の目に映ったものは地平の果てまで永遠と続く石畳

中空には瞬く星々。ここはどこだ!

「ここなら、邪魔は入らない。君と私だけの時空だよ。

何時間経過しようが元の世界では一瞬で全ては元通り。

私を阻む事が出来たなら……の話ですが。」

先手必勝!レヴィアンが言い終わる前に私は石畳を蹴り宙を舞う。

そしてカタールを刺突!しかしカタールは空を裂く。

「?!」

そこにレヴィアンはいない。後ろから声がする。

「うん。いい動きと判断ですね。相手が全てを言い終わる前に

勝負を決めに来ようとする、卑怯さ!嫌いじゃないですよ。」

振り向くとレヴィアンは微笑んでいる。

クロノスコントロール!スタティック!

時間は止まった。しかし私の四肢は動かない。が、意識はある。

私は確かに時間停止の魔法を発動させた。

時間を止められたのではない。

私が止めた時間の中にレヴィアンが入り込んでいるのだ。

時間停止の上書きか?!

レヴィアンは、時間停止の中をまるで湖の上を滑るかの如く歩みよる。

私の目前へ、ゆっくりとスムーズに。

口元には相変わらず、穏やかな笑み。

「これはね、時空内挿干渉術タイムインターポレイション

君が止めた時間に、別の座標から潜っているんですよ。」

私は格の違いを、まざまざと見せつけられる。

説明しながら、彼の指先が、私の顎へと伸びる。

そしてクイと私の顎を軽く上げる。

命を断つでも、傷つけるでもない

この状況、彼にとっては、ただの講釈だ。

「この魔法、誰に教わったのかな?自己流?いいセンスだ。

でも限界も見える。詰めが甘い。あと、少し核心に届いていない。

今まで無敵だったはず。私と相まみえる前までは。」

その言葉に強く臍を噛む、悔しい。

彼の評価は、力量の差を表し尚、的確だ。

悔しいが……やはり、私に出来る事は何もないようだ……。

私は全身から力が抜けるのを他人事のように感じた。

精神的にも肉体的にも物理的にも降参してしまったようだ。

私に出来る事は一つしかない。

言葉を発しようとするが声が出ない。

その様子を察したのか

「考えが変わったのかな?言葉を発せるようにしてあげよう。」

パチン!レヴィアンが指を弾くと胸元から頭にかけて時間拘束が解かれる。

「降参だ。私の事は好きにしてもらっていい。だが王国だけはやめて欲しい。

それがだめなら、せめてロディーとアメリア様だけでも……」

「はぁ……がっかりしました。期待していた答えとは違いましたね。

あと……降参はするけど条件を付ける?

はぁ……君は立場が分かっていないようですね。」

レヴィアンは、深く息をつき、肩を落とした。

「君が口にした人の名、ロディー、それにアメリア……

知ってますよ。

彼らがどれほど、君にとって価値がある存在かも。

だからこそ……逆に見てみたくなりました。

彼らが私の観察実験の被験者としてどうなるかを。」

レヴィアンの目が細くなる。

「そこに君はいなくてもいい。」

絶望というのは、こういう事を言うのだろうか。

蛇足。今の私に相応しい言葉だ。

私は何と愚かなのだろうか……次はもう生まれ変わらなくていい

煉獄でもどこへでも送ってくれ……

レヴィアンが右手を掲げると空間の歪みが幾つも槍状になり

上方に現れる。

「さよならお嬢さん。」

レヴィアンが右手を振り被ると同時に私は目を伏せた。

さよならみんな。そしてごめん……

ズッズズズシュッ!!

幾本もの空間の槍が刺さる鈍い音が他音無い空間に響き渡る

「なぁぁぁぁっ!!!」

痛みはない。……そしてこの鳴き声は……何が?

目を開けるとそこには全身を貫かれ息絶えた、うさにゃの姿があった。

「嘘……でしょ……なに……これ……」

私の頭の中に直接声が響く……

『あなたとの時間は楽しかったわ。ありがとう……

時の管理人でもある兄に無理やりお願いして駆け付けたの。

あなたは、ここで死んではいけない。

あなたの助けがいる人たちが沢山いる

あなたを待っている人も。

だから……私の命を力に変えて……』

強い光が私を包み込む。全身が動く。

私は立ち上がった。

『あなたは今、全ての干渉から解き放たれています。

どうか、生きて……』

目の前のうさにゃは光の粒子となり宙へと散って行く。

「あ……あ……。」私はそれを唯々眺める事しかできなかった。

私の頬を一筋の涙が伝う。

「そっ!そんなはずはない!何が起こった!」

レヴィアンは何度も指を弾くが、私の時は止まらない。

レヴィアンは、これまで見せたことのない焦りを初めて、その顔に滲ませる。

薄く開かれた唇が、何度も言葉にならない音を刻む。

「お……お前は時間停止の術の中にいるはずだっ!

私が干渉できる座標に、閉じ込めたはずだっ!

観測の結果も、因果の定理も、全て整っている……今も!何故だ!」

彼は、再び指を鳴らす。だが……時間は動いたまま。

世界は、彼の支配を拒んでいるかのように振舞う。

「これは、干渉外の力……

いや、違う……もっと本質的な、何かだ……!」

彼の瞳からは計算できない物への恐怖が見て取れる。

全能の座から引き擦り下ろされた者の姿。

額には玉のような汗。

「この時空は、私のものだ。

私はこの世界の主であり、調停者であり、観察者であり、執行者のはずだっ!!!

にも関わらず……なぜ、許可をしていないお前が!

今ここに立っているというのだ?!!」

少しの沈黙が場を支配した後……

「……だな……お前だな……したのはお前だな

……うさにゃを殺したのはお前だな?」

私は壊れた人形かロボットの様に片足ずつ前に出る

言葉は譫言の様に、ただ紡ぎ出される。

「……理解不能、理解不能だっ……!

これは……奇跡?……違う。……呪いか?

……神の力?……何かの欺瞞か!?

狂っている!世界も!お前もっ!!」

彼はもはや、冷静な観測者でも、管理者でもなかった。

ただ、自らが創った世界の裂け目を前に

抗いきれぬ不安と戸惑いに駆られる、ただの人間。

「……うさにゃを殺したのはお前だな?

……うさにゃを殺したのはお前だな?

……うさにゃを殺したのはお前だな?

……うさにゃを殺したのはお前だな?」

私の体は光を湛えながら心と瞳は深い闇の底に沈んでいた。

濁った濁った深い深い闇の底。

間合いを詰めた私はカタールの刃をレヴィアンの喉元に突きつける。

「ヒィッ!……や……やめ……。」レヴィアンはゴクリと息を呑む。

カチャリ。私はカタールを鞘にしまう。

「うさにゃが言っている。お前を殺してもいけない……。」

私はそう言い放つと棒立ちし中空を見つめる。

「……ふ、ふふっ……こ、こんなバカな……

あってはならない……私は……私は……!」

口元に笑みを浮かべようとするが、引きつったそれは嘲笑でも優越でもない。

自分自身の崩壊に縋る、壊れた機械だ。

「私を殺さないだと?!狂っている!

取り合えず世界の再構成が必要だ……また……整えてやる!全てを!

お前が以前したように……俺は逃げる!!」

空間がねじれ、彼の背後に不自然な闇の穴が現れる。

その穴の先は、彼の根城たる古の遺跡

誰一人帰らぬ、死の迷宮。

レヴィアンは、その暗闇の中へ半身を突っ込みながら

こちらを振り返る。

「いいか!……次は、こうはいかない……覚えていろ……!」

そして彼は、ズリッと地を引き摺るような足取りで

空間の裂け目へと消えた。

レヴィアンの創り出した空間は消え

彼の残した僅かな魔力の濁りが漂っていた。

そして地面で倒れている者が一人。

体から光は消え失せ、瞳は深い闇を湛え

指一本動かない屍の様な女アサシン。

その者が王国から派遣されたアメリア姫と第5騎士団に

発見されたのは十二時間後のことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ