祝宴と名誉騎士
宴は本来ならば宴専用の間で開かれるものだが
今回は聖堂に隣接する大広間で行われた。
救国の少女にして信託の聖女と設定したからのチョイスだろう。
設定を大切に守るのは大事だからね。
神聖なる模様の敷物、銀の燭台、壁には戦勝タペストリー。
宴会の開催は俗的なものではなく厳かな空気の中、王の言葉で始まった。
「我が臣下たちよ、今日は、歴史に記されるであろう勝利の日だ。
兵力差の大きな不利な状況下、今回の戦において我らが得た勝利は
神の奇跡を体現したものであると言えよう!
その中心にあったのは、一人の少女――否、『神の御使い』、アリシアである!
我らが軍を覆い尽くそうとしていた敵の大軍勢。だが天は我らを見捨てなかった!
アリシアが天より授かりし深紅の光――あれは天の災いに非ず。神の裁きである!
もはや疑う者などおるまいて。
我が娘アメリアに遣わされた信託の聖女、それがアリシアであると!
今後、彼女の声は我が右腕・左腕、騎士ガルヴァン・ゼノンの如く扱うがよい。
騎士団の諸君――信託の聖女アリシアは我らと共にある!
我らがローゼンガルド王国に栄光あれ!」
王は祝宴前の演説を終える。
「うおおおおおお!陛下万歳!我らが神の御使いアリシア様万歳!」
騎士達の歓声が上がる。
私が神の御使い…か。…いいのか?
近くの老練な騎士は神妙な面持ちで呟き北叟笑んだ。
「新時代の幕開け…か。」と
何か…すごい期待されている気がする…
私は見た目少女の中身はしがないおっさんだから
ジャンヌダルクのような信託の聖女とやらを期待されても困るのだが!
王自ら祝杯を掲げる。
「我らがローゼンシュタットと信託の聖女アリシアに乾杯!」
王の祝杯号令に
「乾杯!」
騎士達は応じる。
宴も酣になる頃、陛下は私に声をかけられた。
「少しばかり共に外の風に当たらぬか?」
勝利の美酒に酔われ上機嫌なのが見て取れる。
「不肖アリシアお供させて頂きます。」
私は礼をすると。
バルコニーの扉を開け陛下をお通しする。
恐れ多くも共に並び夜空を眺める。
宴の喧騒はドアによって減衰し、静かに夜風が吹くバルコニー
星が輝き、城下には街の灯が瞬いている。
「……此度の戦、こんなにも早く静かな夜が戻るとは露にも思わなんだ。
其方のおかげだ、アリシア。礼を言わせてもらおう。」
私は一礼をする。
「こうして騎士達が杯を交わす姿を見ると、あの瞬間を思い返す。
――天を裂き、紅き光が敵兵を呑み込んだあの奇跡を。」
バルコニーを風が吹き抜け陛下と私の髪を優しく揺らす。
「力ある者は多い。だが、力に溺れず、正しく振るえる者は稀だ。
其方は、その『稀』だと余は確信した。」
「勿体なきおこと…」
私が言い切る前に陛下は優しく手を上げ言葉を遮る。
「逆だ。礼を言わねばならぬのは余の方だ。
アリシア、其方に伝えておきたい事がある。
先ずは非礼だ。知っての通り私はアメリアを溺愛しておる。
どこぞの馬の骨とも知らぬ者にアメリアを任せる事は、あり得ぬ。
はじめ、余は其方を、そのような輩と同一視しておった。」
陛下の言葉は尤もだ。そのような考えに至るのは必然。
私は爵位のある貴族でも王族に連なるものでもない。
ヴァルデン村の村長エルマーが娘、平民アリシアなのだ。
いくら姫様の家庭教師を半年ほど任じられたとはいえ
どこの馬の骨ともわからぬ唯の市井の一市民である。
私がもし陛下の立場であっても、認識は同じだろう。
「だが、アメリアは其方を心から尊敬しており信頼しておる。
城を抜け出し其方に会いに行っている事も…承知しておる。」
あちゃーやっぱりあーちゃんの挙動は、ご存じですよね。
私は目を閉じ頭を下げる。
「そこでだ今後とも、アメリアの力にはなってもらえぬだろうか?」
今回の戦果において私は陛下からの信頼を得た。か。
若しくは、穿って考えれば敵に回してはならぬ者としての警戒だろうか。
その為アメリア様を任せておけば離反は無いと。
私にとって、それはどちらでも良かった。
現状の様にあーちゃんの成長を、笑顔を近くで見守れたなら、それでいいのだ。
「ありがたきお言葉。光栄至極に存じます。
この不肖アリシア、身命を賭しましても必ずやアメリア様を
ローゼンガルド王国の姫君として恥ずかしくないよう導き
お護り致すと、お約束申し上げます。」
王はゆっくり夜空を見上げながら言った
「うむ。…しかと頼んだぞ」
王はバルコニーのドアへ向き直る。
「さて…そろそろ、皆が余や其方を探し始める頃だ。
信託の聖女殿を長く独占していては宴も冷めてしまうし。
何より風邪をひかれてもかなわんからな。ハッハッハ。」
王は軽く笑いながら、先に宴席へと戻っていった。
私は暫く街の光を眺め、そして宴席へと戻った。
程なくして宴は、お開きとなった。
(時間経過)
翌日あーちゃんが私の宿屋へ訪れた。
「父上が先生に命があるとの事で、迎えに来ました!」
「分かりました用意をしますので、少し待っててくださいね、あーちゃん。」
「はーい!」
あーちゃんは上機嫌だ。何かきっといい事でもあったのだろう。
私は急ぎ着替え一緒に城へと向かった。
王様からの令が通っているようで城兵は、すんなり私を通してくれた。
「あーちゃんと、ここ歩くの久しぶりだね。家庭教師の時以来。」
私が言うと
「そうですね!ふふふ。」
あーちゃんは小さく悪戯っぽく笑う。
この笑い方は何か隠してるな?私は思った。
玉座の間の前へ行くと騎士ガルヴァンと騎士ゼノンが待っていた。
「アリシア殿、陛下がお待ちです。中へどうぞ。」
そう言われ私は2人に一礼をし中へ入る。
昨夜の喧騒とは打って変わり玉座の間は以前の様に厳かな空気が漂っていた。
騎士ガルヴァンと騎士ゼノンも中に入り王の左右に就く。
絨毯の横には騎士達が整然と控えている。
王は玉座からゆっくりと立ち上がり
こちらに優しく言葉を紡ぐ。
「アリシア。我が国を救ったその偉業に対し先ずは感謝をする。
あの戦場において、其方が齎した奇跡は、まさに天の加護。
王たる我が身として、ただ感謝するのみでは不十分であろう。」
王は一歩前に出て、続けた。
「よって本日をもって、そなたをローゼンガルド王国・名誉騎士に任ずる!
冒険者として自由に歩み乍らも、王城への自由な出入り
余、及びアメリアへの謁見を許可する特権を与えるものとする。」
「?!」
何と!これは王命であり公的に認められたという宣言だ!
驚きつつ思わずアメリア様を見ると
シシシと悪戯っぽく笑っている。さっきの不敵な笑みはこれだったのか…
私もつられて微笑む。
王は近侍に合図し、一振りの儀礼剣が王に捧げられる。
私は片膝をつき、頭を垂れると
王は剣を私の両肩にそっと触れながら、荘厳に宣言する。
「アリシアよ!汝の勇気と忠誠そして功績、王国に捧げられし心に敬意を表し、
我が剣をもって、その身を名誉騎士に任ずる!
この国に光をもたらせし信託の聖女よ、汝に栄光あれ!」
私は顔を上げ真っ直ぐに王を見据え
「ありがたきお言葉。この身に余る光栄に、心より感謝を申し上げます。」
再び頭を下げる。
「ローゼンガルドの名誉騎士として、誇りを胸に刻み、
いかなる時も、この国の為、陛下の為、アメリア様の為
我が力を振るう所存に御座います。陛下。」
王は満足そうに頷き、騎士達は一斉に拳を右胸に当て、ザッと音を立て敬礼をする。
ふと、あーちゃんの方を見ると満面の笑顔で小さく音の出ない拍手をしていた。
かわいいな!
そして王は私の名誉騎士としての任命を終え、穏やかに告げる。
「よき道を進め、アリシア。今後とも、よろしく頼む。」
私は右拳を胸に当てて騎士の敬礼を捧げる。
「はっ。名誉に恥じぬよう、務めて参ります。」
「大儀であった。下がってよい。」
私が静かに立ち上がると。陛下の横に控えていた
騎士ガルヴァン騎士ゼノンは玉座の間の入り口左右に立ち
私を見送るよう敬礼をしてくれた。
私は、ゆっくりと玉座の間を後にする。
列席していた騎士たちの視線が自然と集まる。
玉座を出で暫くすると追いかけてきたあーちゃんが腕を絡ませてきた。
「これからは先生からも来られるね♪」
「そうですね。でも勉学の邪魔にならないよう、基本的には宿で待っていますね。
あと今度からは今までみたいに城門の兵士を気にせず部屋まで、お見送り出来ますね♪」
私がそう言うと
「うんっ!」
あーちゃんは元気よく返事をし私の腕に頬ずりをした。




