当主の異変
バッドエンドが嫌いな方は読まない事をお勧めします
私はダンジョンに潜っては宝箱を開錠しマジックアイテムを入手
それをマジックアイテム屋に売り生活費としている。
それは宛らリーマンが会社に行き仕事をし家で寝るサイクルと同じで
余程イレギュラーがないと唯のルーティンワークで語ることが無い。
変化のある話と言えば気分転換に行う冒険者ギルドの依頼話。
私は冒険者ギルドで依頼を請け、とある貴族の館へ来ていた。
黒く凝った意匠の門の付近で女性使用人が掃き掃除をしていた。
私は声をかける。
「冒険者ギルドから参りました依頼主の方はお見えでしょうか?」
掃除をしていた女性使用人は人差し指を唇に当て
『しーっ』のポーズ、小声で話しかけてきた。
「依頼主はメイド長様です…メイド寮舎へご案内いたします…。」
そういうと辺りを気にしながら私を先導してゆく。
屋敷の横に、そんなに大きくない小奇麗な建物があった。
「こちらがメイド寮舎でございます、中へどうぞ…」
やはり小声だ。何か仔細がありそうだ。最上階3Fの部屋の前で止まる。
コンコンコン!
「クラリス様ギルドから冒険者様がみえています。」
扉の中から声が聞こえる
「どうぞお入りいただいてください。」
使用人は扉を開け私を部屋へ通す。
「冒険者ギルドから参りましたアリシアと申します。」
私が挨拶すると
「お待ちしておりました。わたくしクラリス・フォンタネルと申します。
どうぞお力をお貸しください。」
椅子を立ち丁寧に挨拶をされる。凛とした声に佇まい。
THEメイド長という感じだ。
「お掛け下さい。」
「失礼します。」私は促されたソファーに腰掛けながら言った。
私が座るとクラリスさんも椅子に座った。
「単刀直入に申し上げます。我が主エドワルド・ヴァルムート様は
鏡に幽閉され、瓜二つの何者かが主様に成り代わり生活をしています。
本日はその何者かが出かけている為、貴方様に来ていただきました。
エドワルド様のお部屋にある鏡を午後5時に検めてください。」
その後話をもう少し聞いた後、寮を後にし使用人に先導され
屋敷の主エドワルド氏の部屋に来た。
コンコンコン!
「エドワルド様。」使用人が声をかけるが返事はない。
当然だ出かけているからこそ私が来たのだ。
ガチャリ。使用人がドアを開け一緒に中へ入る。
「こちらの鏡になります。」そう言って手の先が向いてる方には
細工の施されたフレームに嵌った全身が映る鏡がある。
鏡を覗いてみるが、普通に私と使用人が映っている。
「5時になると、この鏡に本物のエドワルド様が映りこまれる
そういう事で宜しいですか?」
私が聞くと
「左様に御座います。」と使用人は答えた。
「それでは、私は時間まで待機しています。
万が一偽物と思わしき瓜二つの何者かが戻られた際
足止めと連絡をください。
部屋での鉢合わせるのは宜しくないと思いますので。」
私はそう言うと
「承知しました私は屋敷の入り口で掃除をしております。
万が一の場合は足止めをし、他の使用人があなた様に
連絡を差し上げるよう手筈しておきます。」そう言うと一礼をして
使用人は部屋から出て行く。
現在は午後3時、まだ二時間ある。部屋を調べて30分。
鏡を念入りに調べて一時間30分。時間は午後5時となった。
鏡に朧気に人影が見える。
「エドワルド様でございますか?」私は声をかける
人影は、はっきりとした姿となり
「そうだ、君はギルドで依頼を請けた者か?」
「はい、クラリス様の手配で参りました。」
「そうか…。して話の方はどのくらいまで聞いているのか?」
「先ほど数時間に亘って説明を受けました故
ほぼ把握しているかと存じます。」
「ならば話は早い。偽物を葬り、どうか私を助け出して欲しい。」
「具体的には、どのようにすれば?」
「残念ながら私にもそれは分からない…
しかし偽物を亡き者にすれば、あるいは…」
「そうですか、それではそのように…」言いかけたとたん
シャッ!私の頬の横をレイピアが掠め、パリーン!レイピアの突きで鏡が砕け散る。
「な…」私は恐怖に顔を強張らせ後ろを振り返る。チャキン。偽物はレイピアを鞘にしまう。
そこには鏡の中のエドワルドそっくりの何者かがいた。
嘘…だろ…気配もなければ鏡にも映っていなかった
勿論使用人からの報告もない。どうやって…
この時私はこの者が偽物である事を状況判断から50%確信した。
「さて、私の部屋で何をしていたのかなお嬢さん。
賊といった感じでもなさそうだ。風体は怪しいが。」
会話を聞かれていなかったか鎌をかけられているのか。
「クラリス様に雇われまして、エドワルド様のご様子がおかしいと。
その調査のためギルドから罷り越しました。」
「ほう。私に嫌疑がかけられている…と、そういう事で良いのかな?」
その者は椅子に座りながら片肘をつき拳に頬をのせる
「僭越ながら。幾つか質問をさせて頂きたいのですが。」
「構わんよ。」その男はそのまま人差し指を伸ばし言った。
そうして幾つか本人に関する質問をぶつける。
全てクラリスさんのいう通りの答えだ。
恐らく記憶もコピーされているのだろう。
しかしとっておきの質問があった。
「貴方にとって大事なお方はみえますか?」
「いないね、私は天涯孤独の独身貴族だ。」
男は目を瞑りながら、そう言い切った瞬間
ザッ!私はその者の元へ跳躍し瞬時にカタールで心臓を貫く。
「ガフッ…何を…。」
「誤算だったな。エドワード様には大事なお方がみえるのだ。」
「なん…だと…」
(時は遡る)
「記憶までコピーされているとしたら、見分けがつかないと思いますが。
クラリス様のお考えを疑うわけではないですが
万が一鏡の中の本物のエドワルド様が本物ではなかった場合は?」
「心配には及びません、私とエドワルド様は元々唯の主従関係でした。
ところが鏡の中のエドワルド様を見た時私は思わず涙してしまったのです。
そしてエドワルド様は私を慰め、本当かどうかは分かりませんが
エドワルド様も私の事を慕っておられ、事件が解決した暁には
婚姻しようと。約束をなされました。これが昨日の話です。
偽物はこの情報を知りません。質問をしてみてください。
エドワルド様はレイピアの達人です。身体能力も同じでしょうなるべく戦闘前に
確実に正体が見分けられた時不意を突いて亡き者にしてください。」
「分かりました。必ずや御救いしてみせます。」
「はい、あなただけが頼りです。どうぞ宜しくお願い致します。」
(時間は戻る)
「二人の絆は昨日互いに語られたばかりのものだ。
従って貴様の記憶にはない情報だろう。」
「クッ…しくじったか…まぁよい…ハッピーエンドは無いぞ…
私が鏡を割った時点で…エドワルドは消滅している。
残念だったなぁハッハッハ!ゴフッ!」そのまま偽物は床に倒れ永遠の眠りについた。
わたしは慌ててフレームだけを残し割れて粉々に砕け散った鏡に駆け寄り
エドワルド氏に何度も呼びかけたが返事は無かった…。
私はエドワルド氏の救出という最も大切な任務
クラリス様との約束を守れなかったのだ…。
私の心に重荷がのしかかる。
報告せねばならない。
コンコンコン!
「アリシアに御座います。」
「開いていますお入りください」冷静にクラリスさんは言う
「よいお知らせと悪いお知らせがります。
良いお知らせは無事偽物を排除できたこと。
悪いお知らせは
………エドワルドさんを救出できなかった事です…誠に申し訳ありません…。」
「いえ、あなたは最善を尽くして辿り着いた結果だと思います。
私も納得せざるを得ません。御助力有難う御座いました。
残りの事は私が取り仕切ります故、此れにて報酬をお支払いしたいと思います。」
「いえ実質この依頼は不完全で失敗と考えております。報酬は辞退させていただきます。」
「いいえ、それはいけません、私はギルドに依頼をした一応解決をした。
それなのに報酬を払わなかったとしたら、ギルドからの信用は地に落ちるでしょう。
受け取ってもらわねば困ります。」
そう言うとクラリスさんはテーブルに金貨5枚を置いた。
「ご査収ください。」そう言うと私の方に手で金貨を押した。
「委細承知しました、私としては不本意ですが頂く事にします。」
私はバックパックに金貨5枚をしまった。
クラリスさんは立ち上がり
「この度は当家の問題を解決して頂き改めてお礼をさせて頂きます。」
そう言うと深々と頭を下げる。」
「こちらこそ未熟なお力添えで面目次第もありません。」
私は一礼し、いつまでも長居するのも何なので部屋を後にした。
最後の最後まで凛としていて気丈な人だそう思いつつ私は階段を降りると
「いやああああああっ!エドワルド様っ!!私はどうしたらいいのですか!!
ああああああっ!!」
クラリスさんの泣き叫ぶ声が聞こえる。
来客の前でみっともない所は見せられないと我慢をしていたのだろう。
私の心臓は拳で握り潰されるような苦しさを感じた。
私のせいで鏡が砕かれたのが悔やまれる。
極めて難しい事とはいえあの時細心の注意を払っておけば…こんなことには…
私は屋敷の門を出る。門を閉める時
ギィィィと音がした。心に響く悲しい音だ。




