花の冠
あの件から2か月が経過した。
来月は私の12歳の誕生日だ。
そんな折、いよいよ姫様の家庭教師卒業の日が決まった。
明日1日は休みとなっており姫様から、お出かけの誘いを受けている。
今回の卒業決定の背景はこうだった。
王様との面会があり王様曰く私と姫様の距離があまりに
近づいてしまっている事への懸念。
そして姫様の習熟度について尋ねられ
私の目から見ても姫様の罠解除・鍵外し共に
もう教えることが無いレベルである旨を伝えると
毎日頂いていた給金とは別に慰労金として金貨50枚を頂いた。
これはその時の会話。
「其方の働きは想像以上であった、それに報いる為に褒美を用意した。
金貨300枚、これを収めるがよい。」
侍女が袋に入った金子を私に渡そうとする。
「わたくしめには過ぎたるもので御座います。姫様をお支えできました事
それ自体が何よりの誉れにございます。
しかしながら、王のご厚意を無にすることも憚られます。
一部だけ頂戴し、残りは姫様の後学のためにお使い下さいませ。」
私はそう言うと金貨50枚を賜り250枚は姫様の為にお返しした。
300枚を丸々受け取るのは
姫様からの好意を害するものだと私はそんな気がした。
かと言って断るのは王様の面子を潰す事になる。
その折り合いが金貨50枚という事だ。
私は本日付で、お役御免、明日は姫様とお出かけの後
深夜に城を発つ手筈となっている。
今夜の滞在は王様のご厚意だ。
心苦しいのは、それを姫様に伝えてはならぬとの
王様の命令が出ている事。
私は明日姫様と、どんな顔をして会えばいいのだろうか…
そんな事をずっと考えていたら、いつの間にか眠りについていた。
(時間経過)
「おっはようございまーす!」バフッ!私の上に誰かが覆いかぶさる。
いや誰かというか…誰かは分かっている。
「ん~…姫様…どうなされたのですか?…」私は目をこすり体を起こしながら言う。
「えー!今日はお出かけの約束でしょう?
何時まで寝てるのー?」姫様の言葉で時計に目をやる
何時もならもう修練に出かける時間だった。
昨日思い悩んで夜更かししてしまった為か、寝坊してしまったようだ。
「早く行こう!センセー!」姫様は笑顔で私の手を引っ張る。
その笑顔につられて私も思わず笑ってしまった。心配は杞憂だったようだ。
「ちょっと待っててくださいね、支度しますから。」
私は起き上がり顔を洗いに行く。
ザバッ!と顔を洗い鏡の中で顔を滴り落ちる水を眺め
良い思い出にして差し上げないとだめだな。
そう心に決めるとタオルで顔を拭き姫様の待つベッドの横へと戻った。
2人でのお出かけなので、当然お忍びだ。
姫様は、いつものフードを被った質素な冒険者スタイル。
城中を歩いて行くと通りがかった騎士や衛兵は
胸に右こぶしを当て姫様に敬礼をしている。
初日とは違って、最早誰もが姫様の格好を見知っているためだ。
私の中で4か月前は、まだ昨日の事のように思える。
生前に知識として覚えていたジャネーの法則を思い浮かべ
姫様は長く充実した日々だっただろうか。
私は思いを馳せた。
街中に出ると姫様は私の腕に抱きついてきて
「今日はどこいくー?」と嬉しそうに言う。
街の人から見たら仲の良い姉妹に見えるだろうか?
「そうですね、ちょっとマジックアクセサリー屋に行ってもいいですか?」
私がそう言うと
「いくいくー!」と言い腕に抱きついたまま手も握ってくる。
私…姫様に信頼されてるなぁ…
そう思うと心にチクリと針の刺さるような痛みを感じた。
マジックアイテム屋に入ると、中はとても広い
流石、首都ローゼンシュタット、グリムハルトとは規模が違う。
ペンダントのコーナーへ行く。お目当てはペンダントだ。
エンチャント性能
回避 SRランク
防御 SRランク
魔法防御SRランク
速度 SRランク
器用さ SRランク
幸運 SRランク
深紅の色を湛えた大粒レッドスピネルのペンダントだ。
価格は金貨100枚。うん、これにしよう。
因みにSSRのマジックアイテムは桁が違うため購入不可能だ。
私には4か月分の給金の金貨300枚と
慰労金として金貨50枚の合わせて金貨350枚を持っている。
店員さんを呼んでショウケースから出してもらいカウンターで会計をする。
100枚金貨を出した。
「すみません、薔薇の意匠でプレゼント用に包装して頂けますか?」
私がそう言うと、店員は承知をし後ろのカウンターで包装し始めた。
「先生誰かにプレゼントするの?」姫様が聞く。
「自分へのご褒美というやつです。」姫様に耳打ちすると
「先生にとてもよく似合うと思います!」姫様も私に耳打ちをした。
私はラッピングされたペンダントの箱をバックパックにしまう。
店を後にすると姫様は言う
「ねーねー、この後はどこ行くのー?」
「そうですね、天気もいいですし街から出て
花畑でも見に行きましょうか。」
私が提案すると。
「いくいくー!」と姫様は言いながらまた腕を絡めて手を握ってくる。
そのまま二人は街を出て暫く歩いていた。
「フンフフフフン♪」姫様は鼻歌を歌っている上機嫌だ。
少し離れたところに小高い丘があり少し大きな木が一本生えていて
その周辺には花が咲き乱れている。
「姫様あの木の方まで行ってみましょうか。」
私が言うと姫様は小さくジャンプしながら、うんうんと頷く。
木の根元まで行くと
周囲に咲き乱れる花でフローラルな香りが漂っている。
「せんせー!いい香りね!」姫様は私の前に回り込み笑顔で言う。
「そうですね、姫様みたいにいい香りですね。」
そういうと姫様はちょっと照れ臭そうにしてしゃがんだ
花を摘んでいる。
「何をしているのですか?」と私が聞くと
「先生に花の冠を作っるの。」という。
「よーし!では私も姫様の冠作っちゃいますよ!」
そう言うと私もしゃがんで姫様の冠を作り始めた。
(小時間経過)
難しいな…元はおっさんだから、花の冠とか作り方を知らない。
チラチラと姫様の方を見つつ、お手本にさせてもらった。
お互いに花の冠は出来上がった。
姫様が私の為に作った冠は白と黄色とオレンジの花がベース
私が姫様の為に作った冠は白と赤とピンクの花がベース
互いに被せあう。
「姫様お似合いですよ♪」「先生似合ってる♪」
お互い言葉が被りくすくすと笑う。
「先生!ちょっと足を延ばして座って!」
姫様が言うのでその通りにする。
姫様は黙って冠を胸に抱き私の太ももを枕に花畑で横になる。
「気持ちいい~♪」そう言いながら姫様は目を閉じる。
木漏れ日で光のカーテンがつくられ
姫様の顔に影と光が薄く射している。
私は目を細め姫様の髪を優しくなでた。
(小時間経過)
姫様は突然ガバッと起き上がる。
「せんせーお姫様抱っこして!」
両手を広げ私に抱き着く。
「えっ…でも……」
嫌な事を思いだすのではないかと私が戸惑っていると
「あのときのことでしょ?
あのね、私あの時すごく怖かった。
でも先生は私をいつの間にか、お姫様抱っこをして
助けてくれたでしょう?
あの時私思ったの。先生は神様が私に遣わされた
たった一人のナイト様なんだって。」
姫様はそう言いながら私の瞳をじっと見つめている。
ぽたっ…ぽたっ…。姫様の顔に雫が落ちる。
私の両の目から零れ落ちた涙だった。
「えっ…!先生どうしたの…?!」
姫様は動揺しながら私を心配する。
なんて澄んだ瞳の姫様なのだろう。
「あれっ…?何で…?」私は狼狽えながら呟く
私の目からは止め処なく涙があふれ出る。
「どこか痛いの?苦しいの?」
必死な表情で心配そうな瞳でじっと私の瞳を覗いてくる。
「いえ…そういう事では…ないんです…
ぐすっ…なんででしょうね…分かりません…。」
「じゃあ何で泣いているの?」姫様は言う
「わからない…本当にわからないんです…。」
色々な想いが入り混じっている。
「そっかー…変なの!」そう言って姫様は、くすくす笑った。
釣られて私も笑ってしまった、泣き笑いだ。
私はその後しばらく姫様を、お姫様抱っこをした。
「これ父上に頼んで銅像にしてもらうわ!」
姫様は言う
「流石にそれは恥ずかしいですね。」
私が答える。
そのまましばらく姫様と和やかな、ひと時を過ごした。
「そろそろ帰りましょうか。」
私が言うと姫様は地面に降り、言った
「そうね、また明日も、またダンジョンですものね!」
私は返事が出来なかった。
代わりに姫様の手をとり、手をつないだまま
並んで街へと戻った。
姫様は夕食を街で食べたいといったので
夕食を街の食堂でとった。
姫様にとっては、食べ物どれもこれも珍しかったようで
はしゃぎながら食べていた。
テーブルマナーを気にせず食べれたのも
大きく影響していたのかもしれない。
城門の衛兵が見える頃には手を離し
横に並んで歩いた。
日が傾き城にはオレンジ色の光が差し込んでいた。
城中を進み宮廷へと向かう
宮廷の部屋の分かれ道に差し掛かる
「それじゃ先生!また明日ねっ!」
元気に姫様は言うと部屋の方へ走って行く。
「……。」
私は言葉を返せず笑顔で姫様が見えなくなるまで手を振っていた。
姫様が見えなくなると真顔になり私はその足で侍女の詰め所へ行く。
コンコンコン!ドアをノックし中へ入った。
丁度姫様付きの侍女ベアトリスさんがいた。
「ただいま姫様と共に戻りました。
実は、お願いがあるのですが
この包みを夜、姫様の枕元に置いてもらえませんか?」
レッドスピネルのペンダントのプレゼント箱を渡しながら私が言うと
「え…でもアリシア様が姫様に直接渡されてたほうが良いのでは…?」
少し困惑している。
「私が今夜ここを去るのは御存じですよね?
姫様に渡しそびれまして、あなたしか頼れません。
どうか、お願いします。」
私は深く頭を下げた。
「分かりました…。」
ベアトリスさんは姫様へのプレゼントを受け取ったが
釈然としない様子だった。
自分で渡したかったのは山々だ
でも姫様の前で変に泣いてしまったし
姫様に何かを勘繰られても困るので
こうするしか方法がなかった。
荷物などバックパックに入る程度なので、そのまま夜に紛れて城を出た。
城門も街の門の衛兵も王様からの命は伝わっていたようで
すんなりと通る事が出来た。
私はリターンの書を読んだ。私は王都から去ったのだった。




