7.お茶会の準備
リリアーナと図書室でしばらく遊んだ後、礼儀作法の授業が入っていた私は、午後のお茶会で再び会う約束をしてリリアーナ達と別れた。
授業が終わった後は、私室で侍女長のベラと午後のお茶会の相談をする。
今回の主催は私なので、開催する場所や紅茶の種類、一緒に出すお菓子などは私が考える。といっても、ベラがその都度的確なアドバイスをくれるし、身内だけの気軽なものだから、そんなに身構える必要はない。
身構える必要はないが、私はリリアーナに楽しい思い出をいっぱい作ると約束したのだ。手を抜くつもりも一切なかった。
「今日は天気もいいし、庭の花も綺麗に咲いてたから、場所は東屋にしようと思うの。お菓子は、紅茶との組み合わせにもよるけど、小さい子でも簡単に食べられるものがいいかな」
リリアーナはきっと食べ方も綺麗だろうけど、幼い身体は想像以上に扱いが難しい。私も数年前に苦労したからよく覚えている。リリアーナにとっては私と母との初めてのお茶会だ。あまり気負わずに食べられるものが良いだろう。
「承知いたしました。紅茶の種類は何にいたしましょう?」
「それなのよね……」
母の好みは大方理解しているから、問題はリリアーナだ。
先ほどの図書室の会話で、私はリリアーナの好みをしっかりリサーチしていた。
「いつもは ミルクティーを のみます」
「飲みやすくて美味しいものね。私も好きだな」
「はい。でもさいきんは ハーブティーを のむれんしゅうも してるんです」
「ハーブティー? なんで?」
「えっと、おかあしゃまがいつも飲んでて……でも、リ…わたしは、まだのめないから……えへへ。このさきは おねえしゃまにも まだ ひみつです!」
「そっか〜〜♡秘密か〜〜」
秘密だと笑うリリアーナのあまりの可愛らしさに思わずデレデレしてしまう。
こうして話してみるとリリアーナはとても一生懸命で努力家だ。一人称も“リリ”から“わたし”に矯正中らしい。
でも気を抜くとすぐ“リリ”に戻ってしまうらしく、現在のところ9割ぐらいは“リリ”のままだ。
時々思い出したように“わたし”と言い直す姿が何ともけなげで応援したくなる。
「ハーブティーって子どもが飲んでも大丈夫なのかな?」
「種類にもよりますが、大丈夫なものもございますよ。今回はハーブティーになさいますか?」
「うーんと、リリアーナのお母様、リアノリア様が飲んでらしたハーブティーって何か分かったりする?」
「私は存じ上げませんが、先ほどちょうどリアノリア様の屋敷の侍女がこちらへ着いたようなので、その者に聞けば分かるかと思います」
「じゃあ、出来たらそれを小さい子でも飲みやすくして出したいな」
「そういうことでしたら、料理長を呼んで参りましょう。お茶の種類もその侍女に聞いて参りますね」
少しの間部屋で待っていると、ベラはすぐに料理長と初めて見る女性を連れて戻ってきた。リリアーナと同じ真っ白な髪でメイド服を着ているから、おそらくこの人が例の侍女なのだろう。
スラリと身長の高い20代後半くらいの女性が、疲れを感じさせない見事なカーテシーを披露する。
「お初にお目にかかります、エルーシャお嬢様。リアノリア様の屋敷から参りました、ロシュカと申します」
「着いたばかりなのに、呼び出してしまってごめんなさい。お茶会を開くからリリアーナの好みやお茶の種類を知りたくて」
「いいえ、お気になさらず。侍女長のベラさんからお話を聞いて大変感銘を受けたため、私から手伝いたいと申し出たのです。私に出来ることでしたら、何なりとお申し付けください」
私は2人に改めて事情を説明し、試作が作りやすいようにキッチンへと移動した。リアノリア様が普段愛飲されているハーブティーもロシュカが向こうから持ってきてくれていたので、早速みんなで試飲してみる。
「あ、確かに独特の味だけど美味しい」
「香りがいいですね。とても落ち着きますし、丁寧に作られたものだと分かります。少し苦味と渋みがありますが、それがクセになるというか嫌な感じではないですね」
「この香りはミルトの葉ですね。他にも数種類のハーブがブレンドされているようです。……主なものはリンドの実とシュカの花でしょうか?」
ベラが香りと味についての感想を述べ、料理長がハーブティーの原料について言及する。
「さすが料理長ですね。おっしゃる通りリンドの実をベースに、ミルトの葉とシュカの花、そしてニジリア根と葉を少量加えてブレンドしています」
「なるほど、ニジリアは捨てるところがないと言われるほど、栄養価が高い薬草ですからね。ご健康の優れないリアノリア様にはぴったりのお茶です」
「しかし、お嬢様はこのお茶の独特な味が苦手なようでして……」
確かにこの味は子どもはあまり得意ではないだろう。子どもの舌は大人よりも渋みや苦味を感じやすいとも言われている。
「単純にお砂糖を入れて誤魔化すんじゃダメだよね」
「おそらく、ここに砂糖を加えても余計に苦味が引き立つでしょうね」
ものは試しと、少量のお茶に砂糖を加えてみたが、確かに料理長の言う通り苦味が引き立つだけだった。
「料理の場合、ニジリアの苦味を相殺するにはリコラの果汁を使うのですが……」
「お茶に果汁ですか……」
「まあ今回のお茶会はお身内だけの気軽なものですし、それで苦味が抑えられるなら……」
「あれ? お茶に果汁を入れるのってダメなの?」
思った以上に難色を示す3人に私は素直に聞いてみる。
「お茶というのはその昔、この国に病が流行った時に、当時の聖女が民衆のために薬として配ったのが始まりとされています。ですからその聖女に敬意を示して、なるべくお茶本来の味を楽しむことが伝統的な作法とされていますね」
「なので、実を乾燥させてお茶の原料にすることはあっても、後から果汁を加えることはありません。入れるとしてもせいぜい、砂糖か牛乳くらいでしょうか」
今まで気にもしなかったが、確かに思い返してみると父も母もいつも紅茶をストレートで飲んでいた。ただの好みの問題だと思っていたが、あれは伝統的な作法だったのか……。
今まで両親からも礼儀作法の先生からもそんな話を聞いたことがなかったため、次の授業で先生に確認しようと思いながら、私は不安に思ったことをベラに尋ねた。
「……不作法になるなら、諦めてミルクティーにした方がいいかな?」
ベラは私と視線を合わせるようにしゃがんでから、ニコリと微笑みを浮かべた。
「お嬢様が今回、このハーブティーを使いたいとお思いになった理由はなんですか?」
「それは、リリアーナがリアノリア様と同じお茶をのんでみたいって言ってたから……」
「それが答えですよ。礼法とは突き詰めれば、相手を思いやる気持ちそのものです。ですから、今回の場合は多少不作法であっても全く問題はございません」
「そっか」
ベラに背中を押してもらった私は、勇気を取り戻す。
せっかくのお茶会なのだ、どうせなら思いっきり楽しくてリリアーナの思い出に残るものにしたい。
それに、私は今までそんな礼儀作法の話は聞いたことがなかった。ということは、子どもだからと見逃してもらっていたか、現代ではあまり重要視されていないのかも知れない。
母がもし今回のことで怒るとしても、後から多少たしなめられる程度で済むはずだ! 多分! きっと! そうであって欲しい!!
「だったら思いっきり不作法でいっちゃおう!」
次回更新:11月6日(水)7:00