6.図書室見学
「いらっしゃい、リリアーナ! また会いにきてくれたの?」
私は席から立ち上がり、リリアーナ達を出迎える。図書室の入り口まで行くと、シルキーがオドオドしながら私に頭を下げて来た。
「申し訳ございません、エルーシャ様。どうしても、調べ物をされている様子を見学したいとおっしゃって……」
「ぜったいに うるさくしないし、ちゃんとすわって いいこにします! おねえしゃまの おそばにいたいです!!」
リリアーナがドレスのスカートをぎゅっと握りしめながら真剣な瞳でまっすぐこちらを見つめてくる。
「ぐはぁっ!!!」
「お嬢様!?」
そのあまりの破壊力に思わず胸を押さえてその場に倒れ込む。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫! 少し眩暈がしただけだから……」
主にリリアーナの可愛さに。
心配して駆け寄って来たシルキーに笑顔で返しながらリリアーナの様子を見ると、リリアーナな真っ青な顔をして震えていた。
「も、もしかして、おねえしゃまも、ごびょうき なんですか……?」
なあああああしまったああああああああああああ!!!!
そうだよ! リリアーナのお母様はお身体が弱いんじゃん!!!!
「全然!! 元気元気!! もう元気だけが取り柄ってくらい元気だから大丈夫だよ!!」
私は急いで立ち上がり、リリアーナの前で力こぶを作って猛アピールをする。
「で、でも きのうも くるしそうに たおれて……」
「えーとあれは、何か急に床に這いつくばりたい気分になったんだよね!! 世界の全てに感謝を捧げたくなったというか!!」
主にリリアーナと出会えた奇跡に。
「だからね! 本当に大丈夫だから、そんな泣きそうな顔しないで〜〜〜」
「リリアーナ様! このお屋敷の図書室は色んな本が揃っていてとーっても広いらしいですよ! 見学させてもらいましょう!」
私が今にも泣き出しそうなリリアーナに戸惑っていると、シルキーがリリアーナの気を逸らすためにそんな提案をしてくれる。ありがとうシルキー! ナイスアシスト!!
「そうそう! ちょうど調べ物も終わったところだから案内してあげる!! ね、一緒に行こう!」
そう言って手を差し出すと、リリアーナはまだ悲しそうな顔をしながらも、私の手の上にその小さなおててをちょこんと乗せてくれる。
ああああああああああおててちっちゃい……可愛っ……尊い……。叫びたい……!! リリアーナがこの世界に生まれて来てくれた事実に今すぐ全力で感謝を捧げたい!!
私は心の中で狂喜乱舞しながらも、これ以上リリアーナに心配をかけないよう鋼の精神力で、貴族の嗜みとして身につけた感情を読ませない穏やかな微笑みを維持する。
「うわぁ……!!」
図書室の中に入ると、リリアーナの目が少しだけ輝きを取り戻した。
「ここにある本は全部好きに読んでいいし、気になるものがあったら部屋に持って行って、夜寝る前とかに読んでもらっても良いからね」
読書好きな両親によって、図書室の中は快適に過ごせるよう、充分な採光を取り入れながらも、本の状態を保護するために、本棚には高度な劣化防止魔法が組み込まれている。
図書室の入り口に近い側に絵本や児童書などの子ども向けの本があり、奥に行くほど専門的で難しい内容の本が増えていく。
図書室の一番奥には、会議も出来る鍵付きの小部屋もあるが、私はもっぱら、窓辺にある読書机か、絵本コーナーの近くに敷いてある大きなラグの上で本を読むことが多い。
図書室の中を一通り案内し終えてた私は、2人を絵本コーナーのラグへと案内する。ここだったらリリアーナも楽しめる絵本が揃っているし、退屈しないだろう。
物珍しそうに絵本を眺めているリリアーナに、好きな絵本を選んでおいでと声をかける。
嬉しそうに絵本を選びに行ったリリアーナの背中を見送りながら、私は靴を脱いでラグの上に座り、シルキーにも同じように促す。
「ねえ、シルキーは確かお母様の実家のお屋敷から来たんだよね? リリアーナのお母様──リアノリア様のお屋敷から来た使用人はいないの?」
「今のところはまだいらっしゃらないですね。なんでも、転移魔法陣の使用許可がリリアーナ様一人分しか取れなかったとか」
転移魔法陣は各地に設置され、一瞬で遠くの街まで移動できる優れものだが、マナを多く消費するため今は個人利用が厳しく制限されている。
「リアノリア様のお屋敷からここまでだと馬車で4日くらい? お父様がいるとはいえ、リリアーナ寂しいだろうな……」
「あ、いえ。実は向こうのお屋敷の侍女が一人、早馬を乗り継ぎ不眠不休でこちらに向かっているらしくて、今日の午後にはこちらに着くと」
「今日の午後!?」
ちょっと待てそれはいくら何でも早すぎないか。
「忠義にとても厚い方らしくて、お嬢様をお待たせするわけにはいかないと。私も見習わなきゃですよね!」
そう言ってシルキーが気合を入れているが、いくら忠義があっても出来ることと出来ないことがあると思う。
リリアーナを大切に思ってくれる使用人が増えるのは嬉しいが、無理はしないで欲しい。
「おねえしゃま えらびました」
そんなことを話していると、絵本を選び終えたリリアーナが小さい身体で絵本を抱えながら戻って来る。
「あ、これにしたんだ! 可愛いよね」
「はい とっても なかよしです」
リリアーナが選んだのは『いたずら精霊ピピとルル』という、どんな時もいつも一緒の小さな精霊が色々ないたずらを仕掛けるお話だ。
「おいで、読んであげる」
そう言って私はリリアーナから本を受け取るが、リリアーナは立ったままモジモジとしており、座る様子がない。
「えっと……良かったら、来る?」
そう言って私が自分の膝をポンポンと叩くと、ぱあああっとリリアーナの顔が晴れて、嬉しそうに私の足の間に腰を下ろす。ああ、もう可愛すぎて泣きそう。
「いたずら精霊のピピとルルは、いつでも一緒。面白おかしいことが大好き。今日はどんな楽しいことをしようかな──」
読み聞かせをしていると、リリアーナな幸せそうに身体を揺らしながらニコニコと笑う。
「?」
「あ、ごめんなしゃい。なんだか、うれしくて」
「嬉しい?」
思わず首を傾げると、リリアーナはゆっくりとうなづいた。
「はい。リリずっと おねえしゃまが ほしかったんです。おとうしゃまは ゆっくり なかよく なりなさいって いってたけど、でも、リリは ななつに なったら、きょうかいに いかなきゃいけない っておかあしゃまが いってたから……」
「リリアーナ」
この子は分かってるんだ。まだこんなに幼いのに、家族と居られる時間はもうあまり多くないと。
「だから、おねえしゃまが こうやって えほんを よんでくださるのが、なんだか ゆめみたいで うれしくて」
私は気付いたらリリアーナを後ろからギュッと抱きしめていた。
「おねえしゃま?」
「……」
そうしていないと胸が苦しくて、何とかこの小さな女の子に夢じゃないよと伝えたくて。
「楽しい思い出いっぱい作ろう!! これから! リリアーナが聖女になってからもずっと!! ずっと一緒にいよう!!」
「おねえしゃまと、ずっと?」
「そう! この絵本のピピとルルみたいに! 約束!!」
リリアーナはしばらく私の勢いに気圧されていたが、少し俯いた後、ふんわりとした笑顔で小さく「はい」とだけ返事をした。
リリアーナが私の言葉をどう思ったのかは分からない。
でも、もう決めた! リリアーナの正体が何だって、利用されてたって構やしない!!
私はずっとこの子のそばにいる!
そして、絶対絶対、リリアーナの未来を明るく幸せなものにしてみせるんだ!!
次回更新:11月4日(月)7:00
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