30.囮
エルーシャは激怒した。必ず、かのド腐れうさんくさ司祭を除かねばならぬと決意した。エルーシャには政治がわからぬ。けれども美少女オタクとして美少女の危機に対しては、人一倍に敏感であった。
「ふざけないで!! そんなの認められる訳ないでしょ!!」
淑女としての体裁も何もかもかなぐり捨てて私は怒鳴った。ミアは既に一度私のせいで危険な目に遭っているのだ。それなのに、これ以上囮なんて危険な役割をさせられる訳がない。
「エルーシャ、とりあえず一度落ち着きなさい」
「いいえ、まずはミアさんに関する発言を撤回させて下さい」
父が冷静に私をなだめようとするが、私は一歩も引く気はなかった。
「……ただ感情のままに怒鳴り散らすのは愚策でしかありませんよ。それしか出来ないのであればまずは座ってよく状況を見極めなさい」
「でも!!」
「ロシュカ」
「はい、奥様」
私が母の言葉に有効な反論も思い浮かばないまま粘っていると、ロシュカはリリアーナに失礼しますと一声かけてから父の膝の上から抱き上げ、私の上へとリリアーナを置くことで半ば強制的に私を座らせてきた。
こうなってしまっては私にはもうどうすることも出来ない。父が名残惜しそうにこちらを見ているが、母のたった一手で私の動きは完全に封じられてしまったのだ。
「おねえしゃま だいじょうぶですか?」
「うん、大丈夫だよ。大きい声出してごめんね」
リリアーナの頭を撫でることで、私はようやく少し冷静さを取り戻す。
「エルーシャ様、私のために怒ってくださりありがとうございます。でも、ここに来る前から私自身が決めていたことなんです。どうか一度、お話を聞いては頂けませんか?」
私が落ち着いたことで、ミアがこちらの様子をうかがうように話しかけてきた。可憐で優しい雰囲気を纏ったミアに聖母のような微笑みで問われれば、黙って聞く以外の選択肢はない。
とりあえず、母の言う通りまずは全体像を把握してから、うさんくさ司祭をとっちめてやろう。私がそう決意を固めていると、猫になっても相変わらず感情の読めない笑みを浮かべたままラウルが話を続ける。
「申し訳ございません、私の言葉が悪かったですね。しかし、エルーシャ様が加護を、それも、精霊との結びつきが強いものを授かったと教会側に知られてしまうと、その身が非常に危険なのです」
「ミアさんが誘拐されそうになったように?」
「いえ、おそらくあれ以上の強硬手段も辞さないでしょうね。目的まではまだ分かりませんが、どうやら教会側は過去に加護を受けた者を攫い何らかの研究を行なっているようです。そして、その被害者の共通点が、女性で、強い魔力を持つ、精霊と結びつきが強い者であること。エルーシャ様もこれに当てはまります」
「誘拐された人達は大丈夫なの?」
「……現在、こちらで総力をあげて調査中です。あまりご自覚がないようですが、精霊が見えて会話出来るいうことはエルーシャ様の魔力は現在相当高まっているはずです」
思わず自分の手をジッと眺めてみるが、特段これといった変化は感じない。
「ですので、代わりにミアを導きの加護を受けた者として発表しようと思うのです。幸い、ステラは協力的ですし、加護は本人が強く望んだ能力が与えられる。弟が迷子になったばかりのミアが導きの加護を得るのであれば辻褄も合う。公に発表しても魔力の高まりもないと分かれば、教会側から狙われる心配もございません」
もちろん何かあれば私が全力で守ります。と付け足しながらラウルが微笑むが、名を明かせぬご主人様に忠誠を誓っているコイツの言葉がどこまで信用できるかなんて、分かったものじゃない。
「だったら魔力を何とか誤魔化して、私が導きの加護を授かったことにするのはダメなの? わざわざミアさんを危険に巻き込む必要はないでしょ?」
「加護の内容に関わらず、貴方様と女神様の繋がりは隠すべきでしょうね。貴方様は聖女様の……異母姉様ですから」
「……? あ! フロスト派!?」
そこまで言われてようやく私もピンと来た。
「そうです。フロスト派閥の貴族は聖女でありフロスト王家の血を引くリリアーナ様の正当性をもってその権力を示そうとしています」
そこに母親が異なる、フロストの血を引かない私が女神の加護を受けたと知れたらどうなるだろうか。
「私が加護を受けたと知られると、フロスト派ではなく、逆にお父様の皇帝派閥の威光を強めることになってしまうってこと……?」
「そうなる可能性が高いでしょうね」
なるほど、現在の私は、教会側にとっては貴重な研究材料で、フロスト派にとっては、何がなんでも消し去りたい目の上のたんこぶということだ。
「ご自身のお立場がどれほど危ういものか、ご理解頂けましたか?」
「…………」
理解はした。理解はしたが、だからと言ってミアを身代わりにすることに納得はしていない。
本当に危険な目に遭わない保障は何もないし、リリアーナの邪魔になると判断してフロスト派が仕掛けてくる可能性だってある。
何より美少女オタクとして我が身可愛さに、素朴で可憐な美少女を危険な目に合わせるなど、オタクとしての信条に反する。
全ての少女はいついかなる時だって守り慈しむべき存在なのだ!!
「困ってるなら、俺が手を貸してやろうか?」
私に手を差し伸べて来たのは、ずっと黙って話を聞いていたリュウと名乗る男性だった。隣に座るヒイラギが「師匠?」とリュウを不思議そうに見上げている。
「危険だって言うなら、俺が嬢ちゃんと妹ちゃんの護衛を引き受けてやるよ」
「護衛!?」
「……今まで私が散々頼み込んでも断っていたのに、一体どういう風の吹き回しですか? 先輩」
降って湧いた幸運に私が思わず飛びつくと、父が訝しげにリュウに問い返す。
リュウは父の鋭い視線を気にした様子もなく飄々と答える。
「いくら可愛い後輩ロビィの頼みでも、貴族や教会に関わるのは真っ平ごめんだ。けど、そこのお嬢ちゃんとメイドさんには、ミアや街の子ども達を助けてもらった恩もあるしな」
そう言ってリュウは私とシルキーの顔を交互に見てから、ニヤリと笑った。
「それに何より、あのラウルに真正面から噛み付く度胸が気に入った。俺が嬢ちゃんの味方についてやるよ」
「あまり勝手なことはしないで頂きたいのですがね」
ラウルがリュウに対して冷めた声で苦言を呈するが、リュウもそれと同じくらい冷めた瞳をラウルへと向ける。
「うるせえ。そもそもお前ならミアを祭り上げなくとも、いくらでも誤魔化す手段はあるはずだ。それなのにわざわざミアにリスクを負わせようとするのは何故だ? 派閥間の争いや教会との軋轢を手っ取り早く解消したいからだろ? そんなくだらねぇモノのために子どもを巻き込もうとしてんじゃねぇよ」
リュウがギロリとラウルを睨みつけた後、すぐに穏やかな表情でこちらへ向き直る。
「まあ、俺も色々やることがあるからずっと護衛に付くわけにはいかねぇけどな。その代わりに普段はコイツを護衛に付ける」
「はあ!?」
リュウがポンと肩を叩きながらヒイラギを示し、突然巻き込まれたヒイラギが抗議の声を上げると、ラウルがさっきの仕返しとばかりに問う。
「ヒイラギもまだ子どもですが?」
「コイツは俺が鍛えてんだ。そこらの衛兵よりずっと強くて役に立つ。何より修行にもなるからコイツ自身にとっても悪い話じゃねぇんだよ」
ポスポスと頭を軽く叩きながらお師匠様に強いと褒められ、ヒイラギが満更でもない顔をしている。
普段はどこか背伸びしたいお年頃のように見えたが、こうしていると年相応に子どもらしい。どうやらリュウには大分懐いているようだ。
「それに、本当に危ない時には俺が何がなんでも助けに行ってやる。どうだ? 嬢ちゃん、乗るか?」
とにかく、リュウが私たちの護衛を引き受けてくれるらしい。私はまだ彼のことをまだよく知らないが、父が元々護衛を依頼していたようだし、ヒイラギやミアの様子からも悪い人物ではなさそうだ。
何よりミアを危険から遠ざけて、神殿に行くための護衛が欲しい私にとっては渡りに船である。
「もちろん──」
「お待ちください」
私がすぐにリュウの話に乗ろうとすると、後ろからロシュカのストップがかかったのだった。
次回更新:1月10日(金)7:00




