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29.来客

「おとうしゃま!!」


 母からの連絡を受けて私達がエントランスに向かうと、そこには久しぶりに会ったリリアーナを抱き上げる父と、一つに束ねた紅色の長髪が印象的な父と同い年ぐらいの男性、そしてヒイラギと金色の瞳の黒猫を抱えたミアが立っていた。


「ヒイラギ!? ミアさんも!!」


「おう」


「お久しぶりです、エルーシャ様」


 思わぬ来客に驚いていると、上から父の大きめの咳払いが聞こえてきた。隣にいる男性が「構われたがり……」と小さく呟く。


「お父様も、お帰りなさい。あと、私のせいで沢山お仕事を増やしてしまってごめんなさい」


「そこは素直にお帰りなさいだけでいいよ。エルーシャも色々不安だっただろう? 今日はその話もしようと思ってね」


 父が苦笑しながら優しく私の頭を撫でてくれる。

 そうこうしていると、ベラと一緒に母もエントランスへとやって来た。


「お帰りなさいませ、あなた。アレックス先輩もお久しぶりです」


「久しぶりだね、エレナ嬢。いや、嬢は失礼か。何と呼べば良いだろう? 侯爵夫人? 俺のことはリュウと呼んでくれると嬉しいな。……その名は捨てたからね」


 リュウと名乗った長髪の男性は、身なりは平民というか冒険者のような雰囲気が漂っていたが、母に向ける所作は貴族の洗練されたそれだった。


「エレナで構いませんよ、リュウ様。さ、他の皆様もお茶の用意が整いましたのでどうぞ奥へ」


 そう言われて私たちは、奥の貴賓室へと通される。

 ヒイラギとミアは、屋敷の中でも特に豪華に飾り立てられた貴賓室の装飾に圧倒されっぱなしだった。


 目の前に置かれた紅茶とお茶菓子のタルトにも手を付けられない様子だったため、私が先にタルトに手を付け、2人にも食べるよう勧める。


 最初は2人とも恐るおそるといった感じだったが、一口食べた後は夢中になってタルトを頬張っていた。

 そんな二人の様子に、シルキーがニコニコしながら紅茶を淹れ、少し大きめに切ったタルトのおかわりを用意していた。


「さて、食べながらで良いから、話を進めようか」


 2人の緊張が解けた頃合いを見計らい父が全員へ声をかける。


 ミアが抱いてきた黒猫はいつの間にか父の椅子の肘掛けへと移動しており、父の膝の上に座っているリリアーナが、好奇心を抑えられずそっと手を伸ばすが、逃げることもなく素直に撫でられていた。


「あれ?」


 先ほどは見た時は確かに金色の瞳だったはずだが、光の加減なのか今は水色と金色の綺麗なオッドアイに見える。


 父に近い側の席に母が座り、その隣に私、テーブルを挟んで向かい側の席に、リュウと呼ばれた男性と、ヒイラギとミアが座っている。


 父の後ろには父の従者も務める執事が控えており、私達の後方には、侍女長のベラを筆頭にロシュカとシルキーが並んで控えていた。


「そうだな、どこから話そうか……。まず、教会へ赴いた時、エルーシャが女神様から加護を授かった」


「え!? そうなのエルーシャ!?」


 初耳だという母が私に向かって確認する。


「はい、黙っていてすみません」


先程ロシュカ達には勢いで話してしまったが、母には伝えるタイミングが無く今日まで隠していたことを素直に謝る。


「私も今まで報告出来ず、申し訳ございませんでした」


 そう言ってシルキーも母に頭を下げていた。


「シルキーには、私から誰にも口外しないよう口止めをしていたんだ。それでエルーシャ、加護の内容は分かったのか?」


「はい、おそらく『精霊の姿を見て、会話が出来る』というのが与えられた加護の内容だと思います。と言っても今のところ姿が見えたのは、ステラとシルフとエアの3体だけですが」


「そうか」


「これは厄介なことになりましたね」


 父がため息を吐きながら頭を抱えていると、何処からともなく聞き覚えのある声が聞こえてきた。声をした方に顔を向けると、例の黒猫が感情の読めない笑みを浮かべながらこちらに向かって話しかけてきた。


「お久しぶりです、エルーシャ様。ラウルでございます」


「うさんくさ司祭!!??」


 私が思わず席から立ち上がって叫ぶと、リュウとヒイラギが笑いを堪えきれなかったように吹き出す。


「エルーシャ……」


 母に呆れたように嗜められるが、今はそれどころではない。何でコイツがここにいるんだ!?


 可哀想なことにリリたんは、今まで撫でていた猫がいきなり喋り出したことに驚いて固まってしまっている。


 というか、コイツついさっきまでリリたんの撫で撫でを無言で享受していたということか!? そんなうらやまけしからんこと断じて許すわけには──


「あ、この身体は私のものではなく、教会近くに住む猫の身体を一時的に遠隔でお借りしているだけですのでご安心を」


 私の思考を読み取ったかのように、あっさりと返したラウルは、そのままその場を仕切るように話を続ける。


「今回のことは全て私の慢心、失態が原因ですので私からお話ししましょう。本来であれば私自身がそちらに赴くのが礼儀ですが、それでは障りが大きい為このような姿で失礼します」


 そう言うとラウルは猫の姿のまま居住まいを正して、丁寧にお辞儀をする。


「改めまして、私の名はラウルと申します。主人の名は明かせませんが、とある方の命で教会内部の情勢を探る役割を担っております。今回、エルーシャ様が神学校を見学するにあたり、教会内部との軋轢を起こすことなく無事に見学を終わらせよとの命も受けておりました」


 主人の名は明かせないと言っているが、この場でその話をすると言うことは、おそらく父と同じ皇帝派閥の人間で、侯爵である父よりも身分が上の者ということだろう。

 そんな者、数えられる程しかいないし、高確率で皇族かその縁者だ。主人が誰かなんて知りたくもない……。


「ご存じの通り、教会は聖女であるリリアーナ様を手中に収めようと躍起になっております。今回エルーシャ様を誘拐した賊も、どうやら教会関係者と繋がっており、あのレベルの小物が持っているとは到底思えない幻惑の魔道具を使用していました。自作自演で事件を起こし、それを理由に教会での聖女保護を訴えようとしたのでしょう」


 私が誘拐された街から小物達が潜んでいた森は、距離的にはそこまで離れていない。それでも捜索が難航したのは、どうやらその魔道具が原因だったようだ。


 星と導きを司る精霊ステラは、迷える者を正しい道へと導く幻惑無効の効果を持つ。

 もしもステラがヒイラギに助けを求めてなかったらと思うと、今更ながらゾッとする。


「あの日は、皇帝派と教会の軋轢を広げないためにも万全を期すため、司教達を教会内から追い出し、誰も祈りの部屋に入れないようあらかじめ扉に魔法をかけていたのです」


「だから神学校の子ども達もみんな、あの日は祈りの部屋に入れなかった?」


 当時の子ども達の様子を思い出して私が呟くと、ラウルが肯定するように一つ頷く。


「ええ、しかしそれでも女神様はエルーシャ様を祈りの部屋へと招き入れ、加護を授けた。それは完全に女神様自身のご意志であるため、私如きにどうすることも出来ませんでした」


 ということは、やはりこの世界に私を転生させたのは女神様なのだろうか?

 その割には、そこまでして与えられた加護の内容が言語チートなのが解せないのだが、女神様は一体私に何をさせたいのだろう?


「加護が与えられると、マナの流れから教会関係者にはそれが伝わってしまいます。そして、その後すぐに教会から出る者がいた場合、誰が加護を受けたのか特定されてしまう恐れがあった為、少々強引な手段を取らせて頂きました」


「……少々?」


 色々ツッコミたいことはあるが、まあ今はいい。


「しかし司教達は、加護を受けたのが誰かまでは分かりませんし、祈りの部屋の扉にかけられた魔法も、祈りの部屋に入った者ではなく、扉に触れた者しか読み解けません。ですので、扉に触れたのが私1人であれば、いくらでも誤魔化せるという慢心があったのも事実です」


「けど、実際はそうはならなかった?」


 リュウが責めるようにラウルに言葉を投げかけると、何処からともなく甲高い声が響いた。


『全部ステラが悪いんですの〜〜!!』


「うわ、出た」


 ミアの頭上に女児向けマスコットキャラクターのような見た目のステラが姿を表す。シルフもエアも割と妖精や精霊っぽい見た目をしているのに、なぜステラだけこうも世界観が違うのだろうか。


 私が現実逃避気味にそんなことを考えていると、ミアが小さな声で語り出す。


「あの日は、弟のことでどうしても女神様にお礼を言いたくて、でも何度お願いしても扉が繋がってくれないから、私が精霊様に女神様の元に導いて下さいってお願いしてしまったんです。そうしたらステラが私の願いを叶えてくれて」


「私のかけた幻惑魔法を見事打ち破ってしまったという訳です」


 なるほど、それで全部ステラが悪い、か。

 しかし、今の話を聞いていると、私が教会にさえ行かなければミアもステラも巻き込まれることはなかったのだ。どう考えても諸悪の根源は迂闊な行動をした私だし、次点で女神様だと思う。


 私が2人にどうお詫びをしようか考えていると、ラウルがとんでもないことを言い出した。


「しかしこれは好機でもあります。教会側が勘違いをしているのならこのままミアを囮とし、加護を受けた者として発表してしまいましょう」


 ……


 …………はっ?


「はああああああああ!?!?!?!?」

次回更新:1月8日(水)7:00

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