27.交渉と折り紙
「なりません」
「なんで!?!?」
私が、秘密基地を作りたいから大きな布が欲しいと伝えると、ベラは開口一番こちらの要求を退けた。
「エルーシャ様のおっしゃる“秘密基地”とは、要するに“子どもの隠れ家”のことでございましょう? そんな我々の目が届かなくなるような遊びは許容出来ません」
どうやらこちらの世界では秘密基地は子どもの隠れ家と言うらしい。やはりどこの世界にも似たようなものはあるんだな。
「ちゃんと屋敷の中に作るし、中には入れないけどロシュカやシルキーにも側にいてもらって、絶対危ないことはしないから!!」
「隠れ家って大体家の外に作るものですけど……屋敷の中って一体どこに作るおつもりなんですか?」
隠れ家と聞いて納得がいったらしいロシュカが私に問いかけてくる。
「図書室の一番奥、鍵付きの小部屋や専門書の置いてある本棚に行くための階段があるでしょ? あの階段下の小さな本棚が置いてあるところ」
図書室は一部吹き抜け構造になっており、奥には上へあがるための、大きくしっかりとした造りの折り返し階段が設置されている。
その階段下のデッドスペースには採光のための小さな磨りガラス式の窓と、小さな本棚が一つ設置されているが、中には古い本が数冊置いてあるだけで普段使われている形跡はない。
メイド達により毎日綺麗に掃除はされているが、ひっそりと隠れるようなその隙間は、大人が寛ぐとなると少々狭いだろうが、小さな子どもだったら3、4人ぐらいは入ることが出来そうな丁度良い狭さの空間になっているのだ。
「確かにあそこでしたら、あまり危険は無さそうですけど……」
「でしょ!?」
シルキーの独り言に私は全力で乗っかる。そう、私が可愛い可愛いリリたんを危険な目に遭わせるはずがない。場所の安全性など諸々ちゃんと考えた上で提案しているのだ。
「それに、そういう私的な場所を作ることにより、公私を分ける訓練にもなるし、安全な屋敷内に一人になれる空間があることは悪いことばかりではないと思うの」
教会はリリアーナを引き取るつもりのようだが、私も父も可愛いリリたんを教会へやるつもりなど毛頭ない。
しかし、リリアーナが聖女であることはどうやっても覆せない事実であり、公の場所に顔を出す以上、これから普通の貴族令嬢よりも更に厳しい礼儀作法や教養が求められることは容易に想像がつく。
だから、そんなリリアーナのいざという時の逃げ場の一つになってくれたらとも私は思っている。
「……そういう事でしたら奥様の了承を得られるのならば許可いたしましょう」
「やった!」
「ただし」
母以上にベラが関門であったため、私が喜びが抑えきれず声を上げると、それを遮るようにベラから条件が付け加えられた。
「公私を分ける訓練とおっしゃるのなら、しっかりと公の方の訓練もして頂きます」
「へ?」
────
「うーん」
ベラから出された公の訓練とは、クラウスに宛てたお礼の手紙を書く事だった。
リリアーナはお母様であるリアノリア様へお手紙を書くために、私とは少し離れた所でベラ達と一緒に文字の練習をしている。
元々返事は書くつもりではいた為それ自体は別に良い。
良いのだが、問題は……
「どうやって追放されない程度に嫌われようか」
私は最初、ちぐはぐな手紙を書いて、自分の好感度を下げることで相対的にリリアーナの好感度を上げようとしていた。
しかし、公的な訓練の一環として内容はベラがチェックすると言っていたため、下手なことは書けなくなってしまったのだ。
「あの性格だと、ただ普通に返事を送っただけで好感度が上がりそうだしなあ」
クラウスは、好感度選択式のゲームなら、何も考えずに普通にプレイしているだけでルートに入ってしまう、いわゆるメイン攻略対象のような気がする。
そもそも、誰かを嫌っている姿があまりにも想像できない。
「ベラに見せた後で中身を入れ替えるってのは流石にリスクが大きいか」
ベラに見せる用の当たり障りのない公的なお礼状は既に書き終えた。しかし、これを見せた後であのベラの目を盗んで手紙を入れ替える行為はあまりにも難易度が高すぎる。
私は思考を深めるため、下書き用の薄黄色がかった紙を正方形に切って折り紙を始める。
特段折り紙が得意な訳でもなく、私のレパートリーと言えば、“鶴”と”足の生えた鶴“と”羽の動く鶴“くらいなものだが、何か手を動かしていた方が、アイディアが思い付くのではないかと思っただけだ。
そして、これといったアイディアも思い浮かばないまま、私の目の前にはキメラと呼ぶのに相応しい、足の生えた鶴が1羽誕生したのだった。
「……いっそ、これを手紙に仕込むか」
こんなキメラが突然、婚約者から送られて来たら普通は動揺するだろう。気持ち悪がって好感度が下がってくれたら儲けもんだ。
それに、最初から封筒の中に入れておけば、ベラに見つかるリスクも低い。
「いけるんじゃないか、これは?」
「なにがいけるんですか?」
「うわ!? リリたん!?」
いつの間にか私の座る机にはリリアーナがちょこんと顔と手を乗せていた。
リリたんの前ではいつでも素敵なお姉様でありたいがために、普段はちゃんとリリアーナと呼んでいたのだが、動揺しすぎて思わずリリたん呼びをしてしまった。気持ち悪いと思われていないか心配である。
「おねえしゃま、それは なんですか?」
リリアーナは呼び方を気にする様子もなく、私が先ほど折った、足の生えた鶴を指さす。
「うわ……魔獣ですか? それ」
ロシュカのちょっと引いたような反応を見て、私はこの作戦がいけることを確信する。
「えーと、鶴って言う鳥なんだけど」
「ツル??」
ロシュカやシルキーの反応を見ると、どうやらこちらの世界に鶴はいないようだ。
「空想上の生き物というか、なんというか」
「おねえしゃまが つくったのですか!? すごい! わたしも つくってみたいです!!」
「え!? これを!?!?」
ここで私がバラの花とか折れたら、スマートに花を差し出すカッコいいお姉様を演出できたのだが、そんな高度なものはどう足掻いても無理なため、大人しくリリアーナに足の生えた鶴の折り方を教える。
リリアーナは最初は、ロシュカやシルキーに手伝ってもらいながら作っていたが、何羽も作っている内に最終的に自分1人で最後まで折ることが出来るようになった。
流石リリたん! 手先も器用でかしこい!!
……ちなみに普通の鶴と、羽の動く鶴の折り方も教えたのだが、リリたんの机の上には何故か足の生えた鶴のみが大量生産されていた。
私達の様子を確認しに来たベラがそのシュールな光景を見てギョッとした後、「また余計なことを教えて」という目でこちらを見てきたが、なぜ私だとバレたのだろうか。
まあ、リリたんが楽しいなら、ヨシ!!
私はベラからの手紙チェックにOKをもらい、こっそり足の生えた鶴を仕込んだまま手紙を封筒の中に入れ、封をする。
ベラは母から秘密基地設置の許可を得て、あの場所の安全確認を済ませて来てくれたようだ。ベラも何だかんだ、厳しいように思えて私たちには甘いところがあると思う。
リリたんが大量に作った足の生えた鶴は、熟考の末、父の執務机の上に並べて進呈することにして、私とリリアーナは早速、秘密基地を作るべく図書室へと向かったのだった。
次回更新:12月23日(月)7:00




