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26.胡蝶の夢

 朝起きると、推しが隣で寝ている。

 長いまつ毛に彩られた愛らしい寝顔をしばらく眺めていると、瞼がゆっくりと上がり、綺麗な青い瞳がこちらを捉え、幸せそうに微笑む。


「おはようございます おねえしゃま」


「……おはよう、リリアーナ」


 これは夢か? 私は起きたと錯覚しているだけで、自分の都合のいい夢の中に浸っているのかも知れない。現実の私は満員電車に揺られる社畜か、はたまた花畑の中を飛び回る胡蝶か。その二択だったら胡蝶が良いなぁ。


「おはようございます、エルーシャ様。そろそろ現実に戻ってきて下さい」


「おはようロシュカ。リリアーナのあまりの可愛さに軽く意識が飛んでたよ」


「そんなことだろうと思いましたよ。もう2週間なんですからそろそろ慣れてください」


「いや、慣れたからこそ余計にって言うか」


 私が帰って来た日から数えて2週間目の朝を迎えた。


 帰って来た当日はとにかくリリアーナが心配で心配で仕方なくて、その後数日もリリたんのアイスに興奮したり、糸電話を作ったり、シルフのことがあったり、なんだかんだと忙しかったが、流石に2週間も経つと、リリアーナの表情も以前と変わらないほど明るくなり、私もリリアーナが元気になった安心感から余裕が出てくる。


 そして余裕が出てきたことで、推しと共に寝るという異常事態にオタク心がキャパオーバーを起こし、今の幸せすぎる現実を受け止めきれずにいたのだ。


「おはようございます、エルーシャ様。クラウス様から贈り物が届いてますよ」


 ベラが愛らしい猫の顔の形を彩った花束と、真新しい小説本を持って、部屋へと入ってくる。


 あんなことがあったため、当然クラウスとの顔合わせは延期になった。クラウスからはその日の内に私の体調を心配する手紙と、小さな花束が届き、先週も焼き菓子が送られてきたが、こうしてまた贈り物をしてくるとは、本当にマメな男だ。


「わあああ! このおはな、ねこちゃんですよ!! すごい! かわいい〜〜!!」


「くっ、宮廷お抱え作家アレン・ジャンヌ先生のミステリー小説最新刊!! まだ宮廷内だけで、巷には出回ってないはずなのに……!!」


 しかも毎回、物語の中に出てくる重要アイテムに似せた花束や、小説のモデルとなった焼き菓子店の焼き菓子など、こちらの欲しいものをピンポイントで送ってくるため、本当に7歳児なのか疑わしくなってくる。


 アレン・ジャンヌ先生の最新刊は素直に嬉しいが、猫の形の花束をリリアーナがいたく気に入っている為、私の中の勝手なライバル心もふつふつと燃え上がりプラマイ0だ。

 リリアーナが笑顔になることは大変喜ばしいが、それをさせたのがクラウスだと思うと悔しい気持ちがどうしても隠しきれない。


「気に入ったのなら、花束の方はリリアーナにあげるよ」


「え!? でも、おねえしゃまが いただいたものなのに」


「よろしいのですか?」


 ベラが心配するようにこちらを伺うが、私としては小説本さえ手に入れば満足だ。だったら私よりも可愛がってくれそうなリリアーナの元にあった方が花も幸せというものだろう。


「うん、リリアーナが気に入ってくれたなら私の代わりにお世話してあげて欲しいな。クラウス様には私から手紙を書いておくから」


 それに、クラウスはリリアーナの運命の相手かも知れないのだ。だったらこういう小さなことからコツコツとフラグを積み重ねて行った方が、今後の展開としても良かろうという打算もある。


 そう、リリアーナも私も侯爵令嬢である以上、将来的には誰かと結婚しなければならない。


 リリアーナがお礼を言ってから、シルキーと一緒にどこに飾ろうかと部屋の中をウロウロとしていると、ベラがリリアーナには聞こえないようコッソリと話しかけて来た。


「リリアーナ様も大分お元気になられたご様子で、良かったですね」


「うん、そうだね」


「エルーシャ様の寝室のベッドも毎日整えてはございますが、どうでしょう、そろそろお戻りになりますか?」


 そして、本来貴族の令嬢が結婚の誓いを結んだ相手以外と床を共にするなど、決してあってはならない。

 例えそれが、幼い姉妹であったとしても。


 リリアーナの精神面が安定してきたのなら、そろそろ、この夢のような生活から覚めないといけない時期に来ていることは私も薄々感じていた。


「……分かった。でも、もう少しだけ様子を見てからでも良いかな? お父様もまだ忙しいようだし、リリアーナとちゃんと話がしたいんだ」


 父はあれから何度か屋敷には帰ってきているが、私のやらかしの後始末で何度も城に呼び出されているらしく、話をするどころか、まともに顔も見れない日も多い。


 それに、リリアーナが糸電話で私にだけこっそりと伝えてきた言葉の真意もまだ聞けていない。


「かしこまりました。私もそれがよろしいかと思います」


 ベラもただ私の意思を確認したかっただけで、強く促すような意図は無いようだ。丁寧にお辞儀をした後、朝の支度をするため自分の職務へと戻っていった。


 私は、嬉しそうに花を飾るリリアーナを見ながら、この夢の終わりをどう告げたら良いか、ひっそりと思い悩むのだった。


 ────


「さて、今日は何して遊ぼうか」


 朝食を食べ終えた私達は、今日の過ごし方を考える。


 母は父の仕事を手伝うかたわら、今日もシルフちゃんの力を借りて糸電話を改良するのだと張り切っていた。シルフがだいぶ協力的なようで、最終的には屋敷内全部を繋ぐ内線電話のようなものを作ろうとしているらしい。

 母が楽しそうで、私もここ2週間分のおやつを犠牲にした甲斐があったというものだ。


「おねえしゃま! まずは おだんごのようすを みにいきましょう!」


「ああ、そうだったね」


 “おだんご”とは、昨日リリアーナと一緒に作った泥団子のことだ。


 昨日は天気が良かったため、またトーマに頼んで休耕中の畑の一画を借りてリリアーナと砂……というよりは、畑の土と水を使って泥遊びをした。


 リリアーナは土で山を作ったり、水を流して川に見立てたりと楽しそうに遊んでいたが、私がふと懐かしくなり、ピカピカの泥団子を作ってみせると、目がまんまるに輝き、自分もピカピカのおだんごを作りたい! と、すっかり最強の泥団子作りに夢中になったのだった。


 私が、時間を置いてから布で磨けばもっとピカピカの泥団子になると言ったら、やりたいとのことだったので、昨日は基礎となる丸いおだんごを作り、それを乾燥しすぎないよう袋に入れ、屋敷の裏口の日陰へ寝かせておいたのだ。


「おねえしゃま! はやく ピカピカのおだんごを つくりましょう!!」


 リリアーナは余程ピカピカのおだんご作りが楽しみなようで、私の手を引きながら普段の1.5倍くらいの速さで裏口へと向かう。しっかりと繋がれた手からリリたんのワクワクとした抑えきれない気持ちが伝わって来て、自然と顔が緩みニヤけてしまう。


 裏口へ続く廊下の角を曲がろうとした辺りで誰かの話す声が聞こえてきた。


「ねえ、これ何だと思う?」


「さあ? ……泥?? 誰かの捨て忘れとか?」


 角を曲がると、裏口の前にメイドが2人、泥団子を入れた籠を持って首を傾げているのが見えた。


「ダメーーーー!!!」


 メイドの姿を見つけた途端、リリアーナが私の手を離し勢いよく走りだす。


「リリアーナ様!?」


「それ、わたしたちの おだんごなの! かえして!!」


「え!? も、申し訳ございません……てっきり誰かが置き忘れかと」


 メイド達は、リリアーナに泥団子の入った籠を返し、もう一度、申し訳ございませんでしたと、丁寧に頭を下げる。


「ううん、こんな所に置いてた私たちが悪いんだし、こっちこそ、ごめんなさい。ちゃんと伝えておけば良かったね」


「……わたしも、おこっちゃってごめんなさい」


 私が謝ると、リリアーナもメイド達に素直に頭を下げ、自ら仲直りの握手を求めていた。


 はあ、今日もリリたんが世界一いい子で尊い。


 メイドたちが去った後、リリアーナはそっと籠を床に置き、中のお団子の様子を確認する。


「良かった、割れたりはしてないみたいだね」


「よかった、わたしのおだんご」


 中の泥団子は、昨日と同じ綺麗な球体を保ったまま、丁度良い具合に乾燥していた。しかし、誰も気にしないだろうと、こんな場所に籠を放置したのは本当に迂闊だった。


 まかり間違って泥団子が捨てられるような事態になっていたら、リリアーナをもっと悲しませることになってしまった。

 

「でも、このままここに籠を置いて置くのは危険ですよね」


 シルキーも心配そうに呟く。

 裏口にも人通りはあるため、例え周知したとしても間違って蹴られたりする可能性もある。


 しかし、私の部屋もリリアーナの部屋も侯爵令嬢の寝室なだけあって大変日当たりも風通しも良く、泥団子の保管には向かないのだ。


「これは、いよいよ作るしかないか、秘密基地を!!」


「ひみつきち?」


「今度は一体何をやらかすおつもりですか?」


 後ろに控えていたロシュカに呆れたように問われるが、例の事件以降は特に何かをやらかしたつもりはない。


 毎日リリたんに楽しんでもらうために、絵本の『いたずら精霊ピピとルル』の真似をして屋敷の色々なところに可愛いイタズラを仕掛けたり、メイドごっこと称してシルキーをお嬢様扱いして困らせたくらいだろうか。


 秘密基地といえば世界共通、子どもの憧れスポットナンバー1!! それは異世界だろうと変わらないはずだ!


 作る場所もおおよその見当は付いている。


「そうと決まれば、必要な道具を取りに行かなきゃ!!」


「ふふ、今度は何が始まるのか楽しみですね、リリアーナ様」


「うん!」


「ベラさんに怒られることじゃないと良いんですけどね〜」


 勢いのまま突き進む私にすっかり慣れた様子の3人は、和気あいあいと話しながら、ゆっくりと後ろをついてくるのだった。

次回更新:12月20日(金)7:00

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