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24.お母様と実験

 翌朝、私とリリアーナが朝食を食べていると、食べ終わったら庭へ来るよう母から呼び出される。


 昨日のこともあり若干嫌な予感がしながらも、リリアーナと手を繋いで庭へ向かうと、母はベラと共にすでに実験の準備を始めていた。


「いらっしゃい! エルーシャ、リリアーナ!」


「……お母様、これは一体?」


 母の前に置かれた大きな箱の中には、様々な種類の糸や、おそらく糸の代わりにするのであろう、針金のようなものや、筒状の金属、謎の柔らかい素材で出来たホースのような長い筒まで各種太さを変えて用意されている。


 また、コップも、木製や金属、ガラスなど様々な素材の物が準備されており、形も小さなものから、バケツのように大きな物、メガホンのような形状のものまで実に様々だ。


「ベラが一晩で集めてくれたのよ」


(ジェバンニか)


 私が思わず心の中でツッコミを入れていると、リリアーナは

 揃えられた道具の数に圧倒されながらも、興味深そうに箱の中を覗いていた。


「ふふ、先にベラと少し実験をしていたのだけど、いとでんわって本当に面白いわね。素材を変えるだけで聞こえ方が全然違うの! 昨日のお返しに、リリちゃんにも聞いて欲しいわ」


 そう言って、母が柔らかいチューブのような物で繋がれた糸電話の片方をリリアーナへと差し出す。


「どう、聞こえるかしら?」


「!!」


 糸電話を耳にあてたリリアーナは、チューブを通して聞こえてきた母の声に驚いた様子で、すぐに糸電話を通して返事をしていた。


「き、きこえます! こえがワアアってなって、すごいです!!」


「ふふ、おもしろいわよね〜」


「はい!」


 リリアーナが、私にも聞いて欲しそうにこちらを見上げて来たため、糸電話を受け取ろうとすると、その前に母の言葉が糸電話を通じて聞こえてきた。


「ねえ、リリちゃん。これでエルーシャとお話ししたらもっと楽しいんじゃないかしら?」


「!!」


 母がいる場所までは決して遠くない。3歳児の足でも走れば数秒で着くだろう。

 だが、今のリリアーナは自らの意思で離れようとはしないし、正直私もどうしたら一番リリアーナの為になるのか、まだ迷っている節がある。


 リリアーナの顔には、私と糸電話で話してみたいが、離れるのは不安だと言うように迷いが浮かび、私のドレスを握るその小さな手にはギュッと力が込められている。


 声も出さずに一人不安に耐えるようなリリアーナの様子に庇護欲が刺激され、気付いたら私はその小さな手をそっと握り返していた。


「ねえ、リリアーナ、怖い時はこわいって言って良いんだよ? そして、やりたいことがある時は教えてくれたらもっと嬉しい」


 こちらを見上げてくるリリアーナと視線を合わせるようにしゃがみ、なるべく穏やかに聞こえるよう意識しながら語りかける。


「リリアーナは今、私と糸電話でお話ししたいけど、離れるのが怖かったんだよね?」


 私が気持ちを言語化しながら尋ねると、リリアーナはコクリと小さく頷いてくれた。


「じゃあ、離れなくても一緒にお話し出来る方法を考えよう! お母様、その糸電話は丸い円のような形にしてもお話し出来ますよね?」


 糸であればピンと張る必要があるが、チューブであればその必要もない。


「ええ、そうね」


 母もおそらく最初から、こうなる可能性も考えてチューブ状の糸電話を提案したのだろう。チューブを途中で折り曲げないよう気をつけながら、私の元へともう片方のコップを持ってきてくれる。


「ほら! これでリリアーナと一緒にお話し出来るよ!!」


 対となるコップを見せ、安心させる為に笑顔を向けるが、リリアーナの表情は曇ったまま晴れる様子はない。


「……どうして」


「え?」


「どうして おねえしゃまは、そんなに すごいんですか?」


 真剣な表情でリリアーナに問いかけられて、思わず面食らう。

 私の持っている知識など本当に全く凄くも何ともないのだが、それを今リリアーナに伝えたところで謙遜どころか嫌味だろうし、実は転生者なのだと明かすのもリリアーナが求めている回答とは違う気がする。


「うーん……リリアーナがいてくれるから、かな?」


「リリが?」


「そう、リリアーナがいるから私は頑張れるし、リリアーナに笑顔になってもらうには、どうしたらいいんだろう? って沢山考えられるんだよ」


 リリアーナは私の言葉をゆっくりと咀嚼して自分の中に落とし込むように、沈黙する。


 そして、


「リリが がんばったら、おねえしゃまは うれしいですか? リリも……。リリも、おねえしゃまみたいに なれますか?」


 不安の入り混じった真っ直ぐな青い瞳に問いかけられ、私はどうかリリアーナの力になれるようにと願いながら、最高の笑顔を作り出す。


「なれるよ! だってリリアーナは私の妹だもの」


 私は大きな箱の中にあったラッピングリボンのような赤いリボンを取り出す。


「リリアーナ、手出して」


「?」


 不思議そうにしながらも差し出してくれた小さな腕に、ブレスレットのようにリボンを巻いていく。蝶々結びを二重にした少しだけ豪華なダブルリボンを作り、端を切る。


 その後、自分の腕に通せる輪っかを作ってから、同じようにダブルリボンを作りリリアーナと同じように腕に通す。


「ほら、お揃い! 私とリリアーナはいつでも一緒だよ!!」


 真っ赤なリボンを見せて、言葉だけでなく目に見える形で一緒だと示す。


 リボンをじっと見つめるリリアーナの瞳に、もう迷いはなかった。


 その様子を見て私は先程受け取ったコップを母へ返し、母は穏やかに微笑みながら元の場所へと戻ってゆく。


 リリアーナは自分のコップを私へと渡すと、覚悟を決めたように全速力で走り出した。


「そう! すごいわリリちゃん!!」


 母は飛び込んできたリリアーナを抱きしめながら目一杯褒める。


 走ればたった数秒の距離でも、リリアーナにとっては大きな大きな一歩だ。


「よく頑張りましたね、お嬢様」


 リリアーナの後ろに付いて来たロシュカも、ニコニコした顔でリリアーナを褒め称える。

 私は安堵と共にちょっぴりの寂しさを感じながらも、リリアーナの成長を嬉しく思っていた。


「さあ、エルーシャに何か話してあげて」


 リリアーナは母から糸電話を受け取ると、嬉しそうな声で私に話しかけてくる。


「おねえしゃま、聞こえますか?」


「聞こえるよ! リリアーナ!! ふふ、お風呂の中にいるみたいで面白いね!!!」


「はい!」


 リリアーナは明るく返事をした後、内緒話でもするように小さな声で私にだけ話かけてきた。


「おねえしゃま、“わたし”きめました」


 チューブを通して、リリアーナの声が反響したように私の耳に届く。


「わたし、おねえしゃま みたいな せいじょになります」


「へ?」


「さあ、リリちゃん!! まだまだ道具はいっぱいあるから沢山実験していくわよ!!」


「はい!!」


 私がリリアーナに、言葉の真意を問おうとすると、その前にリリアーナは母の元へとパタパタと駆け出して行ってしまった。


 ────


 そして、そこからは母の独壇場だった。


 色々な太さの糸や棒状の物を持ってきてはリリアーナと一緒に片っ端から試していく。リリアーナは、使う紐の種類によって聞こえ方が変わるのが面白いのか終始ご機嫌だった。


「ふふ、おねえしゃまのこえがグルグルいってきこえます!」


「魔獣みたいな感じ? ヴォオオォォ!」


「ふふふ、やめてくださいおねえしゃま」


 私がふざけてデスボイスのような声を出すと、糸電話の向こうでリリアーナがケラケラと笑い出す。


「さあ、リリちゃん! 次はこの紐を試すわよ!!」


「はい!」


 元気に実験を楽しむリリアーナに心底ホッとしながらも、私は、先ほどの言葉の意味をリリアーナに聞くタイミングを完全に逃していた。


「……お嬢様? どうかなさいましたか?」


 そんな私の様子に鋭く気付いたベラが声をかけてくる。


「いや、何でもないよ」


「そうですか?」


「……ただ、これリリアーナを励ますって言うより、お母様が純粋に楽しみたかっただけなんじゃないかな〜って思ってただけ」


 私がベラの追求を逃れるように話題を逸らすと、ベラは僅かに表情を変え、言葉を選ぶようにしながら言葉を返してくれた。


「……まあ、奥様の学園時代の専攻は錬金術でしたから、お懐かしい気持ちもあるのでしょう」


「あ、そうだ! お母様の学生時代ってどんな感じだったの?」


「当時の奥様は、とにかく婚約破棄することに躍起になっていましたね……。学園トップを取り、自分の方が優秀だと証明することで世間体の悪さから両家に婚約を諦めてもらおうとしていましたが、旦那様も学園に想い人がいる手前、無様な姿は見せられないと猛勉強し、結果殆どのテストで二人が満点を取得。これでは勝負にならないと猛抗議したことで次回からテストの難易度が急激に上がったと」


「あ、もう大体分かったから良いです」


 私たちがそんなくだらない話をしていると、シルキーがニコニコしながら私に新しい糸電話を持ってきてくれた。2種類の糸を織り込んだような長い長い糸の先には、リリアーナがもう片方のコップを持って同じようにニコニコしながら立っている。


「おねえしゃま、きこえますか?」


 私がコップを耳にあてると、まるですぐ隣にリリアーナがいるかのように鮮明な声が聞こえてきた。


「え!? 何これすごい!!」


 私が思わずコップに向かって素で驚くと、糸電話の向こう側で母とリリアーナが嬉しそうにハイタッチをしていた。コップを通して母の解説する声が聞こえてくる。


「人の声が一番よく聞こえる周波数の糸に、魔法糸を巻いて、風魔法をかけたの。シルフちゃんが興味を持ってくれたみたいで助かったわ〜」


「おねえしゃま! いとでんわに、まりょくを ながしてみてください!!」


「魔法は使っちゃダメよ。魔力だけね」


「分かってますよ」


 前科があるため母に念押しされるが、リリアーナに言われた通り大人しく糸電話に魔力を流す。すると、魔法糸が風属性の象徴である黄緑色に光り、相手方のコップが着信を知らせるように光って点滅していた。


 リリアーナと母は大成功だと言うように大喜びしているが、いや、この短時間に糸電話になんて機能を持たせてるんだよ……。


「リリちゃんの部屋からエルーシャの部屋まで届く長さの物も作ってみたけど、こっちは光りはするけど、会話は風魔法を使っても無理ね。曲げる部分を工夫するか、やっぱり糸以外の素材を組み合わせた方が良いかしら?」


「魔法糸だって貴重なんですから、あまり無駄遣いしないで下さいよ」


 まあ、リリアーナが楽しそうだから良いかと思っていると、どこからともなく、少年のような勝気な少女のような何とも中性的な声が響いてきた。


『いや〜、ニンゲンってのは、面白いこと考えるよな〜』


 どこか既視感のある状況に、声のした方を振り向くと、そこには手のひらサイズの小さな身体に綺麗な羽を持つ、まさに妖精といった雰囲気の子どもの精霊がふよふよと浮いていた。


『おっ! ようやく精霊(オレ)の姿が見えるようになったか!』

次回更新:12月16日(月)7:00


※1月1日 加筆修正しました。

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