23.糸電話と錬金術
リリアーナは糸電話をずいぶん気に入ったようで、その日は1日中糸電話を持ち歩いていた。
流石に午後の授業の時間にも持っていくと言い出した時には、家庭教師の先生に怒られるのではないかとヒヤヒヤしたが、先生は父と母が選んだだけあり、子どもの心にもしっかりと寄り添ってくれる人で、ロシュカがここ最近の事情を説明するとちゃんと分かってくれた。
「せんせい、おこらないでくれて ありがとうございます」
リリアーナが糸電話越しに先生にそう言うと、先生は笑って答えてくれた。
「こんなことでは怒りませんよ。それに、どんなことも全て学びに繋がっています。この、いとでんわも錬金術の仕組みを用いて作られたものですね」
「れんきんじゅつ?」
リリアーナが首を傾げるのと同時に私も心の中で首を傾げていた。そんな大層なものを用いたつもりはない。
「はい、リリアーナ様にはまだ少し難しいお話だと思いますが、音というのは波のように、空気や物を震わせることで相手に伝わります。このいとでんわは、糸を通じて音の震えを相手に伝えているのでしょうね」
先生の説明を聞いて、私はようやく納得した。錬金術とはいわば前世の科学や物理の前身だ。
文系の私でも薄らぼんやりと音の仕組みについては習った記憶があるし、そういえば、こちらの世界でも一度錬金術という言葉に惹かれて本を開き、その内容を見てそっと本を閉じた覚えがある。自分とは縁遠い分野すぎてすっかり忘れていた。
「こちらのいとでんわを考えて下さったのは、もしかして奥様、エレナ様でしょうか?」
「いいえ、おねえしゃまです! おねえしゃまは なんでも しっていて すごいんです!!」
「エルーシャ様が?」
先生が驚いた様子でこちらを見つめて来たため、私は深く追求されてボロが出る前に話題を逸らす。
「先生は、どうして母だとお思いになられたのですか?」
「奥様は学生時代、特に錬金術の分野で素晴らしい成績を収めておいででしたので。しかし、よくよく考えずともロスヴェルト侯爵家のご令嬢方に私ごときが錬金術を説くなど、おこがましいことでしたね」
先生はそう言って、リリアーナの文字の勉強へと入っていったが、両親が出来るからと言ってその子どもも出来る子だとは思わないで貰いたい!!
まあ、今回は私が糸電話を作ってしまったことが元凶なのだが、リリアーナの中でも私の評価が爆上がりしているし、いつかボロが出そうでヒヤヒヤする。
授業が終わった後も、リリアーナは糸電話を肌身離さず持ち歩き、すれ違う使用人にそれは何かと問われる度に、糸電話を片方渡して、「おねえしゃまが つくって くださったの」と小声で話し、「良かったですね」と言われる度に嬉しそうに微笑んでいた。
「……エルーシャ様、お顔が大変なことになっていますよ」
「えぇ〜だって〜〜」
そんな愛らしいリリアーナの様子にデロデロになっている私をロシュカが呆れたように見つめてくるが、リリアーナが可愛すぎるのだから仕方ない。
バスクに会いに厨房に行った時には、
「今日の夕食のメニューは、リリアーナ様の好きなホワイトシチューですよ」
と言われ、嬉しそうに飛び跳ねていたが、その後すぐに思い出したかのようにコッソリと
「リリのお皿はキロット少なめにして?」
と苦手な野菜を減らす交渉を糸電話越しにしていた時には、可愛すぎてぶっ倒れるかと思った。
というか実際倒れたが、その前にシルキーに支えられロシュカが上手くリリアーナの視界から隠してくれたため事なきを得た。
侍女2人の私に対する“慣れ”と連携速度が凄まじい。
その後は、トーマに完成した糸電話を見せて畑の手伝いをさせてもらったり、休耕中の畑の一角を借りてリリアーナと一緒に砂遊びをして1日を過ごした。
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「あーもう、久しぶりに書類仕事をしたら肩が凝って仕方がないわ……」
夕食時、母がバスクの作ってくれたホワイトシチューを食べながらそんなことを嘆く。
ちなみに、リリアーナのお皿には星やハートなど可愛い形に切られたキロットがしっかりと入っていて、リリアーナは怒っていいのか喜んでいいのか複雑な表情をしていた。
「すみません、お母様、私がお父様のお仕事を増やしてしまったばっかりに」
「いいのよ。たまにはちゃんと領地の様子を把握することも大事だしね」
どうやら父はまだ帰って来ていないようで、母は父の代わりに侯爵や領主としての仕事を一日中代行していたらしい。
侯爵夫人はそんなことまでやるのかと以前ベラに聞いたことがあるのだが、通常はそんなことはなく父が母の能力を信頼して、いざという時のためにある程度仕事の裁量を任せているのだと言う。
「そんなことより、あなた達が今日どんなことをして過ごしたのかを聞かせてちょうだい?」
母がニコニコとしながらこちらに問いかけてくる。
「今日は、ロシュカに作ってもらったひんやりタオルをトーマとバスクに渡して、それから……話すよりも、実際に見てもらった方が早いですね」
私の隣にピッタリとくっついて座っているリリアーナは、早く母と糸電話で話をしたいらしく、ずっとソワソワしている。
「もしかして、リリちゃんがずっと手に持っているそれ?」
母は時々リリアーナを親しみを込めてリリちゃんと呼ぶ。
リリアーナも嫌ではないようで、私や母に食事中に席を立っても大丈夫か視線で確認してから、嬉しそうに私と手を繋いで母の元まで歩いていく。
「お母様、その木のコップを耳元にあてて下さい」
「こうかしら?」
リリアーナが差し出したコップを、母が耳元にあてたのを確認してから、私とリリアーナは糸がピンと張るくらいの距離を取る。糸の長さは丁度大人が両手を広げた程の長さになっていた。
「聞こえますか? エレナしゃま」
「まあ! すごい!! 聞こえるわ、リリちゃん!」
母もリリアーナが喋らなくなってしまったことを心配していた為、その声には驚きと同じくらい安堵や喜びも含まれていた。
リリアーナも母の反応に、嬉しそうにニコニコしていた。
「お母様も何かリリアーナに話しかけてあげてください」
私がそう促すと、リリアーナは要領を得たようで、早速自分のコップを耳にあてる。
「ふふ。とっても素敵な遊びね。一体誰が教えてくれたのかしら?」
そう問われたリリアーナの目がキラリと光り、今までよりもハッキリとした声でコップに向かって話す。
「おねえしゃまです! おねえしゃまは なんでも しっていて すごいんです!!」
「まあ、エルーシャが?」
母が驚いたようにこちらを見る。
「えーと、図書室の本に音の伝わる仕組みが載っていて、それを遊びに取り入れられないかなーって思って……」
本日2度目のやり取りのため、私は知識の出どころを疑われない程度にあやふやに答える。
「エルーシャが読める本となると、錬金術基礎とかかしら?」
「ああ、きっとそれです」
実際は開いた瞬間、数式を見ると頭が痛くなる前世からの奇病を発症し、ほとんど読めていないのだが。
「なるほど、音の振動する仕組みを利用しているのね。今回の場合は、コップの中で発した声の振動が糸を通してもう片方のコップに伝わるといった感じかしら?」
母に問われた私は曖昧に答えるが、母はそれを気にした様子もなく興味深そうに糸電話を見つめながら、何やらブツブツと呟いている。
「でも、本当におもしろい仕組みね。糸の太さや種類によって聞こえ方に違いが出るのか気になるところだし、コップの形もまだ検討の余地がありそう。風魔法を取り入れれば長距離の会話も……」
「あの、お母様??」
私が少し不安になり母に声をかけると、母はにっこりと笑ってから糸電話を通してリリアーナにとんでもないことを言い出した。
「ねえ、リリちゃん。自分のお部屋にいながらエルーシャとお話できるようになったらとっても素敵だと思わない?」
「っ!! お、おもいます!!」
リリアーナもすぐさま糸電話に向かって、母に言葉を返すが、私がそれに横からストップをかける。
「ちょ、ちょっと待って下さい!! それはいくらなんでも無理ですって!!」
たかが糸電話でそんな複雑で長い距離の会話が出来ずはずがない。
期待するだけさせて、やっぱりダメでしたとリリアーナを落胆させたくない私は、母を必死に止めるが、何かのスイッチが入ってしまった母は全く止まる気配がない。
そして、ある種の威圧感すら感じる笑顔でにっこりとこちらに向かって微笑むのだった。
「無理かどうかは、やってみなきゃ分からないものよ。何事もね」
次回更新:12月13日(金)7:00




