22.ウツロギの木とタコ糸
朝食を食べ終わった後、私はトーマとバスクにお礼の品を準備してからリリアーナと手を繋ぎ、まずは畑作業をしているトーマの所へ向かった。
「トーマおはよう。マトマの実ありがとう! すごく美味しかったよ!!」
「エルーシャ様! ご無事にお戻りになられたようで、何よりでございます……」
トーマは通いで家に来てくれているから、戻って来てから顔を合わせるのはこれが初めてだ。
「心配かけちゃってごめんなさい……。トーマがリリアーナを収穫に誘ってくれたんだよね? それで、これもし良かったら使って」
そう言ってトーマに渡したのは、魔法布という、マナの豊富な植物を原料として作られたタオルだ。
この布には魔法を込めると、原料に使われている植物のマナが尽きるまで魔法の効果を発揮し続けるという特性がある。
本来は冒険者の装備品として耐火魔法などを組み込んだり、貴族がドレスの下に着る下着に風魔法を組み込んで暑さを和らげたりすることが多いのだが、今回私は、ロシュカにお願いして、水で濡らしたときだけ魔法が発動するひんやりタオルを作ってもらった。
水に濡らした時だけと条件を指定することで、少しでもマナの消費を抑えて、長く使ってもらいたかったのだ。
「こりゃ……こんなに上等なもの、本当に頂いてしまって良いんですかい?」
「もちろん! 今の時期外は暑いし、トーマに倒れたれたら大変だもの。水で濡らすと冷たくなるから、ちゃんと首に巻いて使ってね?」
使うのがもったいないと話すトーマにちゃんと使うよう念押ししながら、私はここに来たもう一つの目的について話を移す。
「それで、今日はお願いもあって、伐採したウツロギの木ってあったりする?」
「ええ、ございますが……。おままごとにでも使用するんですかい?」
「うーん、まあ似たような感じ。ちょっと遊び道具を作るのに使いたくて」
ウツロギの木は前世のウツギの木のように枝の中が空洞になっている木なのだが、その見た目はどちらかというと竹に似ている。
幹がちょうどコップより一回り大きいくらいの太さで、中が大きな空洞になっており所々に節があるため、切って加工したものをそのままコップとして使用したり、よく子どものおままごとの道具になったりしている。
私たちは材木置き場に移動して。ウツロギの木をコップの形に二つ切り出してもらった。遊びに使うと言ったからか、トーマは私たちが怪我をしないよう丁寧にヤスリがけまでしてくれた。
「こんなもんでいかがでしょうか? お嬢様」
「ありがとう! あと、コップの底にそれぞれ小さい穴を1つずつ開けて欲しいんだけど、お願いできる?」
「へぇ、構いませんが、本当に開けてしまって良いんですかい?」
「うん! お願い」
トーマはまだ不思議そうにしていたが、私の望み通り、キリを使ってコップの底の中央にそれぞれ小さな穴を開けてくれた。
それからコップの中に入る小さな端材をいくつかもらい、トーマに再びお礼を言って、私たちは次は料理長のバスクの元へと向かった。
「バスク、今ちょっと時間大丈夫?」
「へい、今度はどうなさいましたお嬢様」
ちょうど皿洗いを終わらせた所だったらしいバスクに、私は先ほどと同じように、アイスのお礼を言って、ひんやりタオルを渡す。
厨房は火を使うし、この時期は外と同じぐらい過酷だろうから、ちゃんと身体を冷やして、水分補給もしっかりして健康に気をつけて欲しいと私が伝えると、バスクは感心しきった様子で言葉を返してきた。
「しかし、お嬢様はこの時期の厨房なんて殆ど入ったことないでしょうに、よく想像が付きますね〜。やっぱ俺らとは頭の出来が違うんですかね」
「えっ!? いや、だって厨房って火を使うし、これぐらい誰でも思いつくよ〜アハハ……」
今回私がこのプレゼントを思いついたのは、別に気が利くからでも何でもなく、ただ前世でくっそ暑い猛暑日に素麺を茹でながら暑さに呪詛を吐いた実体験からなのだが、当然そんなこと言えるわけないので笑って誤魔化すしかない。
「あ、そうだ! タコ糸って余ってたりしないかな?」
私はこれ以上の追求を避けるためにも、もう一つの目的へと話題を転換する。
「ええ、ございますが、今度は肉料理でも作るんで?」
「いや、ちょっと遊び道具を作るのに使いたくって」
そうして、バスクからタコ糸を無事ゲットした私は、道ゆく途中で、昨日泣いていたメイド達に心配をかけたことを謝りながらリリアーナの私室へと戻ってきた。
まあ、場所は図書室でも私の部屋でもどこでも良いのだが、リリアーナにとっては自分の部屋が一番落ち着くのではないかと思い、今日はここで作業をすることにする。
私はリリアーナを自分の膝の上に呼んで座らせると、早速作業に取り掛かることにした。と言っても集めた部品をただ組み立てるだけだから、そんな大したこともないのだが。
コップの穴へとタコ糸を通し、抜けないように端材を結び、もう片方のコップもに同じように穴にタコ糸を通してから、紐が抜けないように端材を結びつける。最初はちゃんと出来ているか分からないから糸は短めでいいだろう。
リリアーナだけでなく、シルキーやロシュカも私の様子を不思議そうに眺める中、私は完成したばかりのそれを掲げる。
「テッテレー! い〜と〜で〜ん〜わ〜」
「いとでんわ?」
「何ですかそれは?」
シルキーとロシュカから当然の疑問が上がるが、説明するより実際にやってみせた方が早いだろう。
「まあ、ちゃんと出来ているか分からないし、物は試しで。シルキーそっち持って、糸がピンと張るくらい離れてもらえる?」
「こうですか?」
「そうそう、それでそのコップを耳に当ててもらえるかな?」
シルキーにコップの片方を渡して少しだけ離れてもらい、糸がピンと張ったのを確認してから私はシルキーに話しかける。
「シルキー、聞こえる?」
「……!! 聞こえます!!」
「良かった、今度はそっちから話してもらってもいい?」
「はい」
糸電話越しに、シルキーの「お嬢様、聞こえますか?」という声が聞こえてくる。うん、ちゃんと完成出来たようだ。
その様子を不思議そうに見ていたリリアーナに、コップを渡す。
「リリアーナも聞いてごらん」
リリアーナが私がしていたようにコップを耳にあてると
「リリアーナ様、聞こえますか?」
リリアーナはコップ越しに聞こえてくるシルキーの声に目をまんまるく見開いて驚き、そして──
「すごい……」
小さな声で確かにそう呟いたのだった。
私が屋敷に帰ってきてから、リリアーナの声を聞いた初めての瞬間だった。
「リリアーナ様……」
ロシュカとシルキーも驚き、そして安堵の表情を浮かべている。
「ねえ、リリアーナ、今度はリリアーナがロシュカに話しかけてみたら?」
私がそう提案すると、リリアーナは少し考え込んだ後コクリと頷く。ロシュカがシルキーからコップを受け取り、耳へと当てる。
そして、リリアーナはコップを自分の口元へと持っていくと、小さくも自分の意思を持ってしっかりと言葉を発した。
「……ロシュカ、きこえる?」
「っ……ええっ!! ええ……聞こえます、お嬢様!!!」
そう答えるロシュカの声は半分ぐらい涙声だったが、私もシルキーもロシュカと同じ気持ちだった。
(リリアーナがまた喋ってくれた)
たったそれだけのことが、こんなに震えるほど嬉しい。
「この糸電話はね、もっともっと糸を長くしてもお話出来るんだよ! リリアーナも一緒に作ってみる?」
そう聞くと、リリアーナはコクリと頷く。
リリアーナはまだ私の側から離れようとしないし、以前より表情も乏しいままだ。
でも、それでもまだ私にも出来ることがある!!
やっぱりどんな時でも、私に希望をくれるのはリリアーナ自身なのだ。
次回更新:12月11日(水)7:00