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21.翌朝

 シルキーと共に屋敷へ帰って来た次の日の朝、私は朝食の後に出されたデザートに感動に打ち震えていた。

 なんとリリアーナが自分で収穫したマトマの実を使って私のためにアイスを作ってくれていたのだ。


 リリアーナの情操教育の一環として庭師のトーマの助力を得て、私達は芽かきや水やりなど簡単な畑仕事の手伝いをさせてもらっていた。


 まあ、トーマが毎日丁寧に世話をしてくれていたため、私たちが手伝い始めた時点で既に前世のトマトにそっくりなマトマの実は、立派な青々とした実をつけていたのだが、子どもの一日いちにちは、その子の基礎や土台を作っていく大切な時期だ。

 少しでもリリアーナの糧になればと思って始めたことだったのだが、まさかそれがこんな形で自分自身にご褒美として返ってくるとは思わなかった。


「え!? ちょっ、待、スマホ! じゃなくて、しゃ、写真!! もないから、えっと、えーと……そう、画家!! 今すぐ画家をここに呼んで頂戴!! 額縁に入れて玄関に飾りましょう!!」


「訳の分からないことを言ってないで、早く食べなさい。せっかくリリアーナが作ってくれたのだから」


 先にアイスを食べている母から呆れ交じりのお小言を貰うが、リリたんが私のために作ってくれたのだ!! これが落ち着いていられるわけがない!!


 ロシュカから「リリアーナ様がお姉様に食べて欲しいと一生懸命お作りになったのですよ」と聞かされて、「なんでその様子を動画に収めてくれなかったの!?」と泣きながら理不尽な悲しみをロシュカにぶつけなかっただけマシだと思ってもらいたい。


 ともかく、可愛い可愛いリリたんが、一生懸命“私 の た め に”作ってくれたアイスが、今! 目の前にある!!


 リリアーナが作ってくれたアイスを1秒でも早く味わいたい気持ちもあるが、世の当然の(ことわり)として、食べたものは無くなってしまう。

 そして、推しが自分のために作ってくれたものを何とかして形に残しておきたいと思うのも、これまたオタクとして当然の(ことわり)なのだ。


 画家がダメならせめてもと、脳内でいつでも再現できるように穴が開くほどじっくり目に焼き付けておくことにする。


 ちなみに、私がアイスを中々食べないことを最初から見越してか、私とリリアーナのアイスの器には、アイスがすぐに溶け出さないよう強めに氷魔法がかけられてある。流石しごでき侍女はやることが違う。



 そして、当のリリアーナはというと、……大好物だというアイスには目もくれず、私の腰にしっかりとしがみついたまま一言も喋らないのだった。



 ────



 昨日、私達が屋敷に着いたのはもう夜も遅い時間だったが、母だけでなくリリアーナや使用人達まで全員が起きていて、エントランスで私達を出迎えてくれた。


「エルーシャ!!」

「……っ!!」


 母とリリアーナは私の姿を見るやいなや、泣きながら力一杯私を抱きしめてくれた。


「どれだけ心配したと思ってるの!! バカ!!」


「すみません、お母様」


「本当に……無事で良かった」


 珍しく母が感情を荒げるが、今回の件は100%私に非があるため、ぐうの音も出ない。


「リリアーナも、心配かけてごめんね……」


 私は、声も出さずに泣いているリリアーナの頭をそっと撫でるが、リリアーナの震えは止まらず、私の腰に必死に抱きつくその手に更に力がこもるだけだった。


 先ほど父の前で大泣きしたからだろうか、私の方は案外冷静に周囲の様子を見ることが出来た。メイドの中にも何人か安心して泣いている子がいて、本当に色んな人に心配をかけてしまったのだと分かる。後で個別にちゃんと謝りに行こう。


 ベラも目が潤んでいたが、使用人としての立場を弁えるために、今すぐ駆け寄りたい衝動を自分の手の甲に爪を立てることで抑え込んでいるようだった。


「ベラも、帰りが遅くなってしまってごめんなさい」


「……っ、いいえ、お帰りなさいませ、お嬢様。本当に……本当に、ご無事で、何よりでございます」


 視界の端では、この世の終わりのような顔をしているシルキーをロシュカが肩を抱きながら慰めているのが見えた。

 ロシュカと一瞬目が合ったので、私が声を出さずに『ありがとう』と伝えると、ウィンク一つで返してくれる。本当に頼もしい先輩侍女だ。


 その日はもう遅かったし、リリアーナがどうしても私から離れてくれなかったため、お風呂に入ることは諦め、ドロドロに汚れた服を着替え、浄化魔法をかけてもらい、俯いたまま一言も喋らないリリアーナと一緒に、リリアーナの部屋のベッドで寝ることにした。


 そして、寝てる間もリリアーナは決して私の手を離そうとはしなかった。


 ……不遜な考えだとは思うが、おそらく今のリリアーナにとって私は、遠く離れて暮らすお母様の代わりなのだろう。


 いきなり聖女だと言われ、何が何だかよく分からない内に母親と離れ離れになり、そして、ようやく新しい場所に馴染んできたと思ったら、今度は母の代わりとして懐いていた姉が急に行方不明になったのだ。


 大人であっても急激な環境の変化や親しい人との別れは精神に大きな負荷がかかる。

 ましてや、周囲の大人に頼らなくては生きていくことすら出来ない幼子であれば、その精神的な負担──孤独や絶望はいかほどのものだろうか。


 私はアイスの入った器を手に取り、ほんのり赤く色付いたアイスをスプーンで一口掬い、口へと運ぶ。


「──美味しい」


 お世辞抜きに心からの感想だった。マトマの実は見た目はトマトそっくりだが、味はトマトとイチゴの中間とでも言ったらいいのだろうか、酸味があり、さっぱりとしているがトマトよりも甘味が強い。それが濃厚なミルクと絡み合い口の中で溶けていく。


「すごく美味しいよ! リリアーナが育ててくれたマトマの実がすごく甘くて! でもさっぱりしてて、いくらでも食べられちゃいそう!!」


 リリアーナがうずめていた顔を上げ、こちらを見上げる。


「こんなに美味しいものを作ってくれて、ありがとうリリアーナ」


 私はリリアーナがいつも私に向けてくれる太陽のような微笑みをお返しするように、最大限の笑顔でお礼を伝える。

 こちらを見つめるリリアーナの頭を優しく撫でると、その表情が少しだけ和らいだ気がした。


 私はまだ帰って来てから一度もリリアーナの声を聞いていない。

 リリアーナの抱える苦しみが、正に言葉で言い表せない……言葉を失うほどのものであってもおかしくはない。


 だから私は、なるべく普段通り出来る限り明るく振る舞う。

 もう大丈夫だよ。私はどこにも居なくならない。ずっと一緒にいるよと伝えるために。


「リリアーナも一緒に食べよう! ほら、あーん」


 そう言って、アイスを一口すくい、リリアーナの口元まで持っていく。リリアーナは一瞬驚いた顔をしたが、私の顔を見上げた後、おずおずとそれを口へ含んだ。


「どう? 美味しい?」


「……」


 コクリとリリアーナが小さく頷く。


「だよね! 良かったー!! もっと食べる?」


「……」


 私が聞くと、リリアーナはもう一度コクリと頷いてくれたので、私はリリアーナの口元へアイスを運びながら、自分も残りのアイスを食べる。


 ……今の私にできることはあまりにも少ない。別に前世の私は医者でもなければ、子どもに関して特別詳しいわけでもない。


「後で、トーマやバスクにもお礼しなきゃ! もちろん、リリアーナにも!! 何が良いかな〜」


 そして、他の転生者みたいな奇抜な発想力もなければ、特別な力もない。


 頭の中ではずっとリリアーナのために何か出来ることはないかと考え続けているが、思いつくものはどれも平凡で、ありきたりなものばかりだ。

 しかも、それすらもこの世界で再現しようとすると必要な道具が足りない。


 それでも──


「食べ終わったら一緒にトーマ達にお礼を言いに行こっか! 頼みたいことも出来たし」


 リリアーナのためにも歩みを止めるわけには行かない。

 平凡なものしか思いつかないなら、とにかくそれを片っ端から試せば良いし、道具だって他に代用できるものを見つければ良い!!


 そもそも今回の件は全て、私の迂闊な行動が始まりなのだから、その責任は自分で取るのが筋ってものだ。


 それに私は、独りで捕まっている間、リリアーナとの約束を糧に勇気をもらっていた。


 だったら今度はその勇気を、私がリリアーナにお返しをする番だ!!

次回更新:12月9日(月)7:00

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