表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/35

20.お父様

 木の上からシルキーに降ろしてもらった私は、戦々恐々としながら父の前まで歩いていく。


「あ、あの……お父様」


 父は馬から降り、その場に立って私を見下ろしたまま何も言わない。


 父は基本的に私に甘い。しかし、ただワガママに甘やかすのではなく、私の教育にもしっかりと関心を持ち、悪いことをした時はしっかりと叱る。


 しかし私が今まで叱られたのは、貴族のルールに反していた時や、例の魔法無断使用事件の時ぐらいなので、父にそこまで厳しく叱られた経験はない。


 だが、リリたんと同じく凛とした雰囲気を持つ父は、普段の甘さとのギャップも相まって、少し無表情になっただけでもめちゃくちゃ迫力があるため、見下ろされると自然と背筋が伸びる。


 そして、今回私は事前に父としていた顔と正体を隠し、シルキーの側から離れないという約束を全て破り、結果、賊に拐われるという失態まで犯している。どう考えても役満だ。


 父の手がぬっと動く気配があり、思わずビクリと目を瞑る。


 すると、父の手が、まるですぐに壊れてしまうガラス細工にでも触れるかのように、そっと私の頭を撫でた。


「エルーシャ……本当に、無事で、よかった」


 そう言う父の声も手も、はっきりと分かる程に震えている。

 私がびっくりして目を開けると、そこには私と視線を合わせるようにしゃがんだ父の、今にも泣き出しそうな笑顔があった。


「あっ……」


 大きな手から、ぬくもりと共に父の心からの安堵が伝わってくる。その瞬間、無意識のうちに張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れた。


 心の奥底から何か急激に熱いものが込み上げ、目から溢れ出す。ラウルに正体がバレた時も、司教達と対峙した時も、一人で小物達に捕まって売られそうになった時だって全然平気だったのに、何故か父の顔を見たら全部全部ダメになった。


 自分の中で何かが決壊してしまったかのように、次から次へと感情が溢れて来て止まらない。人前で泣くなんてこんな子どもっぽいこと今すぐやめたいのに、何をどうやっても涙が止まらないのだ。


 ああもう、ちくしょう……だから子どもの身体は嫌なんだ。


「お゛、お父様ぁ゛……」


 涙と鼻水で、見るも耐えない酷い顔になっているであろう私を、父が優しく、そして力強く抱きしめてくれる。


「怖い思いをさせて、すまなかった……」


「う゛ぅ゛〜〜」


 父のせいではないと言いたいのに、もはや喋ることすら出来ず、首を横に振るしかない。

 そんな私を、父は「大きくなったなぁ」と言いながら抱き抱え、泣き止むまでの間ずっと優しく背中をさすり続けてくれたのだった。



 ────



「……ご心配をおかけしました」


 父の腕の中で一通り泣いて冷静になった私は、穴があったら入りたい気持ちでいっぱいだった。

 泣き止んだ直後の顔は、目が充血して瞼も腫れぼったくそれは酷いものだったが、父に治癒魔法のヒールをかけてもらうことにより、今は少しはマシな顔になっている。


 シルキーだけならまだしも、ミアとヒイラギの前で大泣きしてしまったことが本当に恥ずかしくて仕方ない。


 私が落ち着いたことを確認した父が、ヒイラギの前まで行き、目線を合わせるように片膝を付く。


「君がヒイラギ君だね。私の名はロヴィガレス・ロスヴェルト。陛下からは侯爵の地位を賜っている。娘を助けてくれて本当にありがとう。ぜひ、何かお礼をしたいのだが」


「え、は!? 侯爵……様!?」


 ヒイラギが聞いてねぇぞと言いたげな目でギッとこちらを見る。そういえばヒイラギに対してまだちゃんと名乗ってなかったし、お礼も言いそびれたままだったな。


 私は背筋を伸ばし、スカートの両端を摘むと、ヒイラギに対して最大限の感謝と敬意を込めてカーテシーを披露する。


「ロスヴェルト侯爵の娘、エルーシャ・ロスヴェルトと申します。この度は危ないところを助けて頂き、心より御礼申し上げますわ。……本当に、ありがとうございました」


 突然私が侯爵令嬢として振る舞いだしたことで、ヒイラギが完全に固まった。

 まあ、ついさっきまでタメ口で話してたんだから、そりゃそうなるよね。別に隠すつもりも、騙すつもりもなかったのだが、何となく言うタイミングを逃してしまったのだ。


「そういえば先程、エルーシャを助けるために大規模な魔法を使っていたね。マナ不足に陥っていたらいけない。後でちゃんと医者に見せるとして、まずはこれを飲みなさい」


 そう言って父がヒイラギに手渡したのは、魔法などで失ったマナをその場ですぐに回復できる回復アイテム、マナポーションだ。


「マナポーション!? い、いえ!! 俺、マナもそんなに消費していないし、そんな高級品頂けません!!」


「ダメだ。何かあってからでは遅いのだから、いいから飲みなさい」


 マナポーションは手軽にマナを回復出来る便利アイテムなのだが、マナ不足の現在、その需要が高まる一方で、値段も高騰し続けている高級品でもある。


 ヒイラギは最初、躊躇し続けていたが、父がどうしても引かないと分かると、瓶の蓋を開け、恐る恐る一口だけ口をつけた。

 その瞬間、ヒイラギの身体が祈りの部屋で見た精霊草のように輝き、側から見ても分かるほどにその身体にマナが満ちる。


「……すげぇ」


「あの、エルーシャ様……」


 ヒイラギがマナポーションの効果に呆然としていると、ミアがこちらの様子を伺うようにおそるおそる声をかけてきた。


「この度は助けていただき、本当にありがとうございました!! でも、そのせいでエルーシャ様が危険な目に遭ってしまい……私、どうお詫びをしたらいいか……」


「え!? いえ、お詫びなんて全然! どちらかと言うと、私がミ……あなたを巻き込んでしまったというか……。だから、元々私のせいなんです! 危険な目に遭わせてしまって、本当にごめんなさい!!」


 私とミアがお互いにワタワタと謝り合っていると、父が私たちに声をかけてきた。


「お互いに色々聞きたいことも話したいこともあると思うが、今日はもう遅い。後日改めて場を設けよう。後の処理は大人に任せて君たちはもう休みなさい」


 ミアとヒイラギはそれそれ父が連れて来た兵が家まで送ることになり、父はまだやることがあると言うので、私とシルキーは先に馬車で屋敷に戻ることになった。


「お嬢様! この度は危険な目に遭わせてしまい、本当に申し訳ございませんでした!!」


 私がシルキーに今日のお礼と怪我の具合を聞こうと思っていたら先手を取られてしまった。


「ちょっとやめて! 頭を上げてよ、シルキー。今回シルキーがいてくれたおかげで本当に助かったんだから」


 そう言っても全く頭を上げる気配のないシルキーに私は言葉を重ねる。


「ラウルや司教達と対峙出来たのもシルキーが隣にいてくれて心強かったからだし、何よりシルキーがいてくれたからこそ今回ミアを助けることが出来た。シルキー、本当にありがとう。怪我の具合は大丈夫?」


「……全て私にはもったいないお言葉です。安心して下さいなど大口を叩いておきながら、ラウルからお嬢様を守りきることも出来ず、挙句お嬢様の側を離れ、こんな恐ろしい目に」


「ねぇ、シルキー」


 私は、全く頭を上げてくれる気配のないシルキーの方にそっと手を置き、落ち着かせるように声をかける。


「お茶会の時にお母様が言っていたでしょ? 使用人の実績は主人の実績。今回だって、ミアを助けたのは貴方なのに、ミアは私にもお礼を言っていたでしょ? だから、主人……貴族は、使用人の(とが)も自分のものとして受け入れるべきだと思うの。だってそうじゃないとフェアじゃないもの。貴方は今回私の命令に従っただけ。だから、頭を上げて」


 シルキーは震える声で「ありがとうございます」と言った後、ようやく頭を上げてくれた。

 正直、今回の件で私は、シルキーに咎があるとは全く思っていないが、こうでも言わないとシルキーはずっと自分を責め続けてしまう気がしたのだ。


 こうして私とシルキーは、無事屋敷へと辿り着き、長い長い神学校見学はようやく本当に終わりを迎えたのだった。




 しかし、今回の件もまだ全く片付いていないのに、悩みというものは次から次へと降って湧いてくるもので……。


 清々しい朝、私はベッドに入り寝ぼけ眼のまま、今の1番の悩みである隣へと目をやった。


 リリアーナ? 今、私の隣で寝てるよ。

次回更新:12月6日(金)7:00

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ