18.満天の、星空
知らない、天井だ────。
いや、嘘。言ってみたかっただけ。
気が付くとそこは、満天の星空だった。
私は身体を縄で縛られ転がされているらしく、殆ど身動きが取れない。
近くの焚き火がパチパチと辺りを照らしており、そこから少し離れた森の中では、2人の男達が何かを言い争っている。
確か、授業が終わったのがお昼頃だったから、あれから大分時間が経っているようだ。
(案外、冷静でいられるもんだなー……)
少なくとも、前世で有名だったネットミームをかますくらいの余裕はある。
今まで沢山の異世界モノ小説を読んできたのだ。
シルキーから離れたらどういう事になるか、薄らぼんやりとした予感はあった。
(でも、あの場では他に選択肢はなかったしな……)
実際、シルキーが間に合ったのもかなりギリギリのところだった。あの場で私が一瞬でも我が身可愛さに判断を遅らせていたら、最悪私もミアも両方捕まっていたことだろう。
(そう考えたら、ミアだけでも助かって本当に良かった)
幸い、言い争いをしている男達は小物っぽい。どうやって逃げ出すかの算段はまだ全く付いていないが、まあ、何とかなるだろう。
それに、私はリリたんと約束したのだ。
『ずっと一緒にいる』という約束を守るためにも、絶対に家に帰らなければならない。
推しの存在はどんな時でもオタクを強くしてくれる。
さて、そうなればまずは情報収集だ。私は、男達に気付かれないよう、気絶しているフリをしながら言い争う声に耳を傾ける。
「ふざけんな! お前が聖女だって言うから捕まえたのに全然違うじゃねえか!!」
「はあ!? この時期に顔を隠して教会に行くガキなんて聖女に違いねぇ! って乗り気だったのはそっちだろ!? くそどうすんだよこのガキ!!」
……なるほど、私はリリアーナと間違われて捕まったのか。
そもそも姿絵のリリたんはどう見ても私より幼い子どもだろとツッコミたくはあるが、とりあえずリリたんが怖い目に遭わずに済んで本当に良かった。
しかし、そうなるとこの小物達は、ラウルや、ミアを捕えようとしていた司教と謎の男とはまた別口なのだろうか?
ラウルは私をエルーシャだと把握していたし、胡散臭くはあるが、私達に危害を加えるつもりはなさそうだった。
司教達が探していたのも、祈りの部屋を開け女神の加護を受けた者であるからして、聖女のリリアーナではない。
(そもそも、何でコイツらはリリアーナを捕まえようとしているんだろう?)
「聖女を渡したら、莫大な金をやるって話だったのに、これじゃ働き損じゃねぇか」
おう……、説明ありがとう。
そのまま取引相手の情報とか流してくれてもいいんだよ。今後のリリたんの安全のために。
なんて考えてたら、話は私が思っていた方向とは真逆へと進んでいく。
「で、このガキどうするよ? 貴族っぽいが、どこの家のガキか分からねし……。奴隷商人にでも売り渡すか?」
「ちっ……聖女より値段は下がっちまうが、それしかねぇか。まあガキの割に顔は良いみたいだし、案外高く売れるかもな」
あ、これ早く逃げないとマズイやつ??
夜が明けたら移動するぞと話しながら、男達がこちらへ戻ってくるのを感じたため、私は気絶したフリを続けながら、さりげなく男達とは反対側を向き、具体的にどう逃げ出すかを考え出す。
(まあ、展開的に一番可能性がありそうなのは女神様の加護だよね……)
相変わらず、加護の内容は全く分からないが、ここで使えなかったらいつ使うんだって話だ。
(今の所は何の変化もないから、やっぱり魔法関係とかなのかな?)
以前隠れてこっそり魔法を使った時は、今日教室で見た子ども達とほぼ同じ惨状だったと思う。
手の上にほんの少しだけ水を出すつもりだったのだが、魔法を初めて使うという超一大イベントにテンションが抑え切れず、その影響がもろに精霊へと伝わってしまったのだ。
結果、私の手からは大量の水が噴水のように吹き出し、自分だけでなくベッドや床まで水浸しにした上に、止め方も分からず、勝手に魔法を使ったことを母にめちゃくちゃ怒られたのだった。
(流石に、あの頃よりはマシだとは思うけど……)
ラウルの授業を聞き、実際に魔法の練習を見た今なら、あの頃よりは上手く精霊と意思疎通が出来る気がする。
しかし、仮に加護が魔法強化系の物だった場合、チートモノによくある、初級魔法を使ったら上級魔法並みの威力が出てしまい、とんでもない事態を引き起こす……なんてことも考えられる。
縄を切るために風の精霊エアに力を借りて初級魔法を使ったら、自分までスッパリなんてことは絶対に避けたい。
……うん、魔法を使って脱出するのは、最終手段にしよう。
(あと、やっぱり女性向け系の定番といえば、主人公が捕まってピンチに陥った時に、颯爽と現れてカッコよく助けてくれるヒーローの……存在……)
ここまで考えて私はサッと青くなる。
その場合、私を助けにくる可能性が高いのは誰か?
考えるまでもない! 当然、婚約者のクラウスだ!!
しかし、そんな恋愛物ド定番イベントを起こしたら、私とクラウスの仲が深まりルートに入ってしまう恐れがある。
それだけは絶対にダメだ!!!
クラウスは良いやつだ。良いやつだからこそ、リリアーナの幸せに繋がりそうなルートは一つでも多く残しておきたい。
あと私は勝手にクラウスをライバル視している。そういう意味でもクラウスに助けられるのはごめんだった。
ずっとリリたんの憧れのお姉様でいるためにも、もうこれ以上アイツには負けたくない!!
そうと決まれば善は急げ。
一か八かで魔法を使って、助けられる前に自力で逃げ出そう。
「ぐはっ!」
「うっ!!」
そう決意した瞬間、背後で小物達が突然苦しみバタバタと倒れだす。
「……」
(フッ……遂に私の中に眠る封印されし能力が目醒めてしまったか。これも女神の加護を受けた選ばれし者の宿命──)
「おい、大丈夫か?」
私が半ば現実逃避気味にそんなことを考えていると、背後から声をかけられる。
(……ちくしょう、展開が早すぎる)
私が心の中で泣き言を言いながら恐る恐る振り向くと、そこにいたのは、穏やかでキラキラしたクラウス少年ではなく──
「なんだ、割と元気そうじゃねえか」
そう、あの窓辺で黄昏ていた一匹狼くん
「ヒイラギ少年!!!!????」
次回更新:12月02日(月)