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16.神学校見学②

「フレイム!!」


「うわっ!!??」


「きゃっ!?」


 子ども達が精霊の名を唱えると、教室のあちこちで特大の火柱が上がる。


「フレイム! ……フレイム!!」


「もう! 全然出来ない〜〜」


 しかし、その一方では、どんなに名を唱えても全く変化を起こせない子も少なくない。


 魔法の制御は難しい。そう言われる最大の理由は精霊との意思疎通の難しさにある。


 精霊達は普段魔力の中に込められた感情やイメージを読み取ること意思疎通を行っており、人間からは精霊の姿は見えない上に、一部の上級精霊以外は言葉も理解できない。


 なので私達は、体内にある魔力回路という器官から魔力を生成し、その魔力に使いたい魔法のイメージを乗せることで精霊達と意思疎通を図る。


 しかし精霊達は、放出された魔力から魔法のイメージだけではなく、その子の感情──魔法を使える期待、喜びだったり、怯えといったものも一緒に読み取って影響を受けてしまうため、特に魔力操作に慣れない最初の内は、このように魔法の制御が二極化する傾向にあるのだ。


 そして、制御不安定な子ども達が、そこそこ広いとはいえ室内で炎魔法なんて使ったら、あっという間に大惨事や酸欠になりそうなものだが、そこも問題はないようだ。


 先程から特大の炎が上がるたびに一瞬で水の塊が空気を遮断するように炎を包み込んで消したり、炎が流されない程度の一定の風が常に窓の外から流れ込んだりしている。

 十中八九ラウルの魔法だろうが、もう今はあの男について考えるのはやめた。


 子ども達の中で最初からフレイムを完璧に制御できたのは、2人──クラウスと、窓際の一匹狼くんヒイラギだ。


 クラウスの方は、最初にラウルから指定された『自分の手のひらの上に乗る大きさの炎を作る』という課題の通り、大きさも制御も完璧な炎を作り上げていた。


 顔も良くて、性格も同級生達から慕われており、地位もある上に、魔法の制御も完璧とか女神様はクラウスに二物も三物も与えすぎだと思う。


 ……まあ、それくらいでなきゃリリたんの運命の相手に相応しくないとも思うが、それだったら私だって顔は美少女だし、性格だってメイド達からは……まあ、嫌われてはないと思うし、地位だって公爵の一個下の侯爵令嬢だけど、この世界を生き抜くためには十分過ぎるものだと思うし、魔法だって練習したらすぐにあれぐらい制御出来るようになる予定だ!!


 と、まあ、色々言い訳を並べてみたが、要は私はクラウスに『嫉妬』しているのだ。


 大好きな友人に自分以外の友達が出来てしまった時のような、下の兄弟が生まれて両親がその世話にかかりきりになってしまった時のような。


 クラウスを知れば知るほど、あまりにも完璧すぎて、このままでは見劣りしてしまい、リリアーナの興味関心が私からクラウスに移ってしまうのではないかと──そんな幼く、原始的で、誰もが抱く厄介な感情に支配されてしまうのだ。


 どうやら自分でも気付かぬ内に、大分見た目の年齢に引きずられてしまったらしい。……うん、そういうことにしておこう。


 実際、先程からサッシの隅の埃を探す小姑のようにクラウスの粗を探しているのだが、その粗が全く見つからない。


 今だって、魔法を上手く発動出来ない平民の男の子に自分から声をかけ、魔法を教えている。

 相手の子と両手を繋いで目を閉じ、実際の魔力の流れを感じながら、精霊の存在を感じやすいよう、優しい言葉で誘導していくのだ。


「そう、魔力を周囲に広げるように赤い光を探して。温かい精霊の存在を感じたら、ゆっくり心を落ち着けてから手のひらの上に乗る炎をイメージして。大丈夫、怖くないよ。……精霊がこちらの要求に答えてくれそうだったら、マナを渡してあげて」


「フレイム! ……やった! 出来た!!」


「やったね、ビト! すごいよ!! よく頑張ったね」


「っ……!! あ、ありがとう……クラウス様」


 そして、相手が成功した時は、自分が成功した時以上に心の底から喜んでいた。


 まあ、あえて難癖を付けるなら、あの攻略対象(パーフェクト)限定特殊効果(キラキラエフェクト)スマイルが、複数のいたいけな少年少女の運命を捻じ曲げていそうな所だろうか。


 ビトと呼ばれた少年だけでなく、周囲にいる子ども達の頬まで若干赤くなっている気がする。



 一方その頃、課題をクリアしたヒイラギも集まってきた子ども達に渋々ながら魔法を教えていた。


 まあ、こちらはラウルの課題通りの大きさの炎を作ったわけではなく、反抗的な赤い瞳でラウルをひと睨みした後、人差し指の先にマッチの灯りくらいの小さな炎を作っただけなのだが。


 ラウルは毎度のことなのか、「次もこの調子なら、貴方のお師匠様を呼んで、また三者面談ですよ」と呆れていたが、あえてそれだけ小さな炎が作れるということは、魔力制御が完璧に出来ている証でもある。


 そのため、他の子達の練習を手伝うことを条件に、今回はおまけで合格を貰っていたのだ。


 元々貴族の子は5人しかいないため、ヒイラギの周りに集まっている子は殆どが街の子だが、その中にも2人ほど貴族の子が交ざっていた。


 そして、その内の1人は最初にミアに対して声を荒げていたあの縦巻きロールの良く似合う気の強そうな女の子だ。今はなぜか、そのミアの後ろに隠れるようにして、ぴったりとくっ付いている。


「……いや、ゴドウィンとバレンティナはアーレンバッハに教えてもらえよ」


「いや、貴族って言ってもうちは、父さんが商売でたまたま成功しただけの成り上がり男爵家だから、公爵家のクラウス様には逆に頼みづらくて……」


 苦笑しながらゴドウィンが答えていると、ミアがニコニコしながら、後ろに隠れるバレンティナの方を向く。


「バレンティナちゃんは、クラウス様の前だと緊張しちゃって魔法が使えなくなっちゃうんだよね」


「は? コイツは誰の前とか関係なく、元から魔法ド下手だろ」


「誰がド下手よ!! 良いからさっさと教えなさいよ!!」


「へいへい、お手をどうぞ。お嬢様」


 ヒイラギとバレンティナは、戯れているのか歪みあっているのかよく分からない言い合いをした後、ヒイラギが手を差し出すと、バレンティナはミアの後ろからおずおずと出てきて、先程クラウス達がしていたように両手を繋ぎ、互いに目を閉じた。


「……焦りすぎ。揶揄って悪かったよ、ごめん。お前ゆっくりやれば出来るんだから、もっと落ち着けって」


「べ、別に気にしてないわよ! 集中してるから今話しかけないで!!」


「分かったから……ほら、深呼吸」



「……なんか、いいな」


 その様子を見ていた私から自然とそんな言葉が溢れた。


「そうですね」


 私のその言葉にシルキーが、周囲に聞こえないくらいの小さな声で返してくれる。


 最初はそれぞれが教室の端に固まって座っていたから、あまり仲が良くないのかと思っていたけど、こうして練習している姿を見ると、貴族の子達が街の子達に嫌悪を抱いている様子も、街の子達が貴族の子達に萎縮している様子もない。

 身分関係なく気安く楽しそうに接しており、みんな本当に仲が良いのだと分かる。


「神学校ってどこもこんな感じなの?」


 私も小声でシルキーに尋ねると、シルキーは少し困ったように苦笑し、言葉を選ぶようにしながら答えた。


「そうですね……その場所それぞれだとは思いますけど、少なくとも、私が通っていた所はもっと……身分差がはっきりしていましたね」


「まあ、普通そうだよね……」


 つまり、今のこの教室の状態がとても希少で、特別なものなのだ。


 そして、そんな空間を作り上げた中心人物が誰なのかは、わざわざ聞かずともこの短時間の見学だけで簡単に分かってしまう。


「敵わないなあ……これは」


 私が一人ごちると、丁度ラウルが授業の終わりを知らせる声が聞こえてきた。


 こうして、僅かな敗北感と共に私の神学校見学は終わった。


 しかし、遠足は家に帰るまでが遠足。

 校外学習……いや、屋敷外学習? に行ったら、きちんと家まで帰らなければならない。


 私にとっては、ある意味ここからが本番なのだ。

次回更新:11月27日(水)7:00

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