12.いざ!敵情視察
次の日、私は帝都の中にある教会では一番大きい、帝都女神教会に併設されている神学校へと向かった。
7歳を迎えた子どもたちは、魔法の使い方を覚えるために週1回、1年間は身分を問わず全員神学校へ通うことになっている。
まあ、貴族の中には平民と同じ場所へなど通いたくないと、司祭を個別に呼び出して自分の屋敷で魔法指導を受ける者も多いのだが、どうやらクラウスは公爵令息でありながらもきちんと毎週、神学校へ通っているらしい。
顔合わせの場ではリリアーナに相応しいかどうかの本性を見ることは難しいだろうと判断した私は、普段のクラウスの様子を探るべく、神学校へ乗り込むことにしたのだ。
リリアーナの件で、教会とは揉めに揉めているため父には猛反対されたが、お父様のために作ったの♡という甘さ控えめ手作りお菓子を引っ提げ、あの手この手で屁理屈を捏ね回し、最近リリアーナが特に好んでいる絵本や遊びの情報を提供することにより、顔を隠し、素性を明かさず、決してシルキーから離れないという条件のもと許可を得ることが出来た。
「んあー! 久しぶりの外だー!!」
馬車で教会のある地区まで着いた私は、広場の近くに馬車を停めてもらい、教会に併設されている神学校までは歩いて向かうことにした。たとえ普段はインドア派だといっても適度な運動は必要だ。
最近は厳重に警備された屋敷の中に籠りっぱなしだったため、久しぶりの開放感に歩きながら思いっきり伸びをする。
「良かったですね、エル様」
「もーエル様じゃなくてエルでしょ?」
隣を歩くシルキーは、いつものメイド服ではなく、落ち着いた色合いのドレスに認識阻害魔法のかかったヴェールを被っている。私も髪を全て纏め上げ、同じように認識阻害付きのヴェールを被っている。外の景色は結構はっきりと見えるのだが、シルキーの顔だけはヴェールに阻まれて全く見えない。
今日の私たちは、教会に祈りを捧げに来たついでに、来年進学する神学校の様子を見に来た中流貴族の親子という設定だ。
教会に祈りを捧げたり寄進する場合は、その信仰心からあえて身分や素性を隠す人も多いため、顔を隠していることを特段不審がられる心配はない。
父が同行者にシルキーを指名した理由も、街に着いてすぐに分かった。
私たちが馬車から降りた時、1人の男が私達めがけてまっすぐに突っ込んできたのだ。後から聞いた話によると、最近多発している貴族を狙ったひったくりらしい。馬車を降りてすぐの無防備なところを狙って来るという。
私はあまりに突然のことで身体が動かなかったのだが、シルキーの反応は早かった。男の腕を掴んだかと思うと、そこから何とも見事な一本背負投げを披露したのである。あまりに華麗すぎて宙を舞う男がスローモーションで見えたほどだ。地面に思いっきり叩きつけられた男は、ついでとばかりに腕の関節を外され、完全に無力化されてから街の衛兵に引き摺られていった。
「それにしても、シルキーがあんなに強かったなんてね〜」
「我が家は代々エレナ様のご実家であるメルソン伯爵家に仕えているため、礼儀作法だけでなくいざという時の護身術も習うのですが、どうやら私はそちらの方に才があったらしく……お給仕はまだまだなのに護身術ばかり上達してしまい、お恥ずかしい限りです」
「なるほど。それでうちに来たってわけか」
とにかくリリアーナの周りの警護を固めたいなら、シルキーほどの適任者はいないだろう。母の実家に代々仕えているのであれば素性も信頼できるし、同性であれば、屋敷の衛兵達が警備出来ない場所にも付き従うことが出来る。
「というか、シルキーがいるならわざわざ護衛を探す必要もないんじゃない?」
「いいえ、私のはあくまで護身術。あの程度の小物なら訳ないですが、本業の方を相手にお嬢様を守りながらとなると、やはり厳しい場面もあると思います……」
私にはシルキーも十分すごいと思うけど、やっぱその道を極めた者にしか分からない壁のようなものがあるのだろうか。
「あ、でも! 暴れ馬とか熊型魔獣くらいなら私1人で倒したこともあるんですよ! だから、今日は安心して任せて下さいね!」
私が考え込んでいると、不安がっていると思われたのか、冗談か本気か分からないことを言ってくる。馬はまだしも熊型魔獣って何!? それは完全に護身術の域を超えてるでしょ……。
そんなこんなでシルキーと話していると、あっという間に教会の前まで着いてしまった。ここからは当初の予定通り、中流貴族の親子として振る舞う。
クラウスに正体がバレないことももちろんだが、その前に教会関係者に私がロスヴェルト侯爵家の者で、リリアーナの姉だとバレないよう気を付けなければならない。
教会は聖女保護の名目で、リリアーナを自分たちの手中に収めることに躍起になっているらしい。出来ればリリアーナのために教会側の情報も聞き出したいところではあるけれど、無理は禁物だ。教会関係者とは深く関わらないようにして、クラウスの普段の様子を探ることだけに集中する。
私とシルキーは、お互い無言で頷き合うと、来訪を告げるベルを鳴らし、教会の中へと足を踏み入れたのだった。
次回更新:11月18日(月)
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