10.涙の理由
前回までのあらすじ
お茶会を開催したらリリアーナを泣かせてしまった!
「リリリリアーナ、ごごごごごめん!! 泣かせるつもりは」
「あらあら、お母様を思い出して悲しくなってしまったのかしら……」
そうだよ、私の前ではいつも元気そうに見えたから油断したけど、3歳の子が母親の元から離されて平気なわけがない。
会いたくてもそう簡単に会える距離じゃないのに、安易に思い出させるべきじゃなかった。
「ちがっ、ちがうん、です……」
リリアーナは首を横に振り、必死に涙を止めようと目を擦るが、次から次へと零れ落ちてくるそれは止まる気配がない。
「お嬢様、そんなに擦ったら赤くなってしまいます」
ロシュカが、擦るのをやめさせて、綺麗なハンカチでリリアーナの涙を丁寧に拭いていく。ロシュカは、そのまま一度リリアーナを退席させようと、私たちに許可を求めるが、リリアーナ自身がそれを拒否する。
「ほんとうにっ、ちがうんです。おかあしゃまを おもいだしたのは ほんとうだけど、かなしいんじゃなくて、うれしくて……」
リリアーナは涙が止まらないまま、それでも話を続ける。
「せいじょだって いわれたとき、おかあしゃまもロシュカたちも みんな かなしそうで、おとうしゃまは、すごく おこってて。だから、リ……“わたし”は おかあしゃまと やくそくしたんです」
そう言って顔を上げるリリアーナはまだ涙声ではあるが、もうその目に涙はなかった。
「つぎ あうときまでに、リリは もっと おおきくなります。ハーブティーも のめるようになって、”リリ“じゃなくて ちゃんと ”わたし“って いいます。 しゅくじょに なるから、だから、おかあしゃまは あんしんして ごびょうきを なおしてくださいって……やくそく、したんです」
リリアーナは、自分の手にあるグラスを見つめ、果物がたゆたう様子を眺めてから、口を開く。
「でも、どんなにがんばっても、リリは すぐに ”リリ“になっちゃうし、ハーブティーは にがいままで」
「リリアーナ……」
「でも、きょうはじめて ハーブティーが おいしいかったんです! おかあしゃまに、リリは ハーブティーが のめるように なりました。って、そう いえると おもったら、なぜか、うれしいのに なみだが とまらなくなって」
おかしいですよね。と笑うリリアーナを私はそっと抱きしめていた。
「リリアーナはすごいね。お母様を安心させるために、今まで一人でいっぱい頑張ってきたんだね!! 聖女って言われて自分も怖かっただろうに、それでも周りのみんなのことを心配して……。その優しさが、何よりもリリアーナが大きく成長した淑女の証だよ」
「おねえしゃま??」
突然の行動に驚いた様子のリリアーナが、私を見上げてくる。
「えへへ、リアノリア様がいたら、きっとこうしたいと思ったから。だから、今だけリアノリア様の代わり!」
私が照れ隠し交じりに少しおどけた様子で答えると、リリアーナはふっと力を抜き、肩にそっと頭を寄せてきた。
「ありがとうございます、おねえしゃま。おねえしゃまたちのハーブティー、とても やさしい あじがしました。おねえしゃまがいるから リリは だいじょぶだよって、おかあしゃまに つたえることができます」
そんな私達の様子を見つめていた母が、穏やかに微笑む。
「ふふ、じゃあ私は今だけお父様の代わりをしようかしら。後で拗ねられそうだけど」
母はそう言うと、私ごとリリアーナを優しく抱きしめてくれた。
「ねえ、リリアーナ。そんなに急いで大きくなることないのよ。あなたのお父様もお母様も、ロシュカ達や、もちろんエルーシャや私だって、みんなあなたが毎日元気で幸せでいてくれるだけでいいの」
母は、リリアーナの目をしっかりと見て、それからニコリと笑った。
「だから、今はまだ聖女のこととか、これからのことは気にしないで、私たちと一緒に美味しいお茶とお菓子を楽しみましょう。ね?」
「はい!」
そう言って笑うリリアーナの笑顔は年相応に幼く、全てを照らす太陽のように明るかった。
そこからのお茶会は、和やかにつつがなく進んだ。
母にどうやってお茶の苦味を抑えたのか聞かれたので、私は試作中の料理長と侍女2人の白熱した様子をありのまま面白おかしく伝えた。
ベラとロシュカは恥ずかしそうにしていたが、私は2人を自慢したくて仕方なかったので気付かないフリをした。
途中からは料理長も呼ばれて、母とリリアーナから直接お礼を言わた料理長は終始恐縮しきった様子だった。
あと、ロシュカはこちらに着いてから一度も休んでいないことがリリアーナにバレて、めちゃくちゃ怒られていた。いいぞリリアーナ! もっと言って!
これで今度こそ、ロシュカもちゃんと休んでくれることだろう。
そんなこんなで、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
お茶会も終わりに差し迫った頃、私は、リリアーナが自分のグラスの中に数個だけ残った果物をジッと見つめていることに気付いた。
「お腹いっぱいになっちゃった?」
「いえ、そうではなくて……なんだか、おちゃかいが おわってしまうのが さびしくて」
「またいつでも出来るよ。今度はお父様も誘う? 帰って来たら多分拗ねるだろうし」
というか、100%拗ねる。賭けてもいい。
「あの、おねえしゃま!」
私がまったりクッキーをつまんでいると、リリアーナが意を決したようにこちらを向く。
「おねがいが あって、その、このおちゃのレシピを おしえてほしいんです。おかあしゃまにも のんで もらいたくて……」
「え? そんなこと? もちろんいいよ」
というか元はリリアーナのために作ったものだし、開発にはロシュカも関わっているのだ。
私としては、わざわざ確認を取らなくても好きにしてもらって構わないと思っていたのだが、母の反応は少し違った。
「そうね、まあ、リアノリア様なら大丈夫でしょう」
「……? あっ!! 不作法!! そうだ、私そんな作法があるなんて全然知らなくて」
そうだ。母が何も言わないからすっかり忘れていたが、お茶に後から色々手を加えるのは、この世界の作法としては思いっきりアウトなのだ。
「厳密に言うと、お茶に手を加えてはいけないなんて作法はないの。でも、それを揚げ足取りとして使う貴族はいるわ。だから2人とも、今日のお茶会のことはあまり外では話さないようにね」
「はい」
「分かりました」
私たちが素直に返事をしたのを確認すると、母は一つ頷いでから席を立った。
「さて、それじゃあ私はお先に失礼するわ。エルーシャ、リリアーナ、楽しいお茶会をどうもありがとう。あなた達のマナーも確認できたし、とても有意義な時間だったわ」
「こちらこそ、お越しいただきありがとうございました」
「エレナしゃま、ともにすごせて こうえいでしたわ」
私とリリアーナも席を立ち、母に向けて膝を折り一礼する。
「あ、そうそう、エルーシャ。来週には婚約者との顔合わせもあるのだから、もう少し姿勢に気をつけなさい。身内だけだからと気を抜きすぎですよ」
「あ、はい。気をつけま……って婚約者!!!????」
次回更新:11月13日(水)