第5話 天然の城塞都市
「約束したからには女に二言は無いよ、何だって聞いておくれ」
先ほどの一件があってからと言うものマリーダの態度が一変、友好的でにこやかに話しかけてくる。
「そうだな、じゃあまず半年前このバスタ村であった勇者と魔王軍の戦闘で何が起こったかを聞きたい」
この質問を聞いた途端マリーダの眉が一瞬だがピクリと動いたのを俺は見逃がさなかった、だが彼女はすぐに元の柔和な表情に戻った。
「あんたも知ってるかもしれないけどこの村を占拠していた魔王軍の先遣隊の将軍と勇者の一騎打ちがあったのさ、その時は勇者が勝利し魔王軍は撤退を余儀なくされた……ってところさね」
「一騎打ち? それは初耳だな」
「おやそうかい、最初こそ勇者と魔王軍の兵士が戦っていて勇者が優勢だったんだけどね、魔王軍の将軍が前線に出て来たら勇者から一騎打ちを提案したって話だよ」
この旅の出発前王都で聞いていたのと話しが違う。
これは村人から聞き込みした時にも感じた違和感だった。
なぜ勇者アデルは一騎打ちなんて提案したんだろう、魔族なんて逃がそうものならまた後で攻め込んで来るかも知れないのに。
剣術学校でも魔族に情けを掛けるなと教わっていたはずだ。
しかも学校で主席であったアデルがそれを実践したいなかった事に驚きを隠せない。
そうだ、先ほど村人に事情聴取したメモも検証しなければな。
俺はびっしりと文字が書き込まれたメモ帳をカウンターの上に広げた。
「へぇ、あんたもう村人に話しを聞いていたんだ、まめだねぇ」
マリーダが俺のメモ帳を覗き込む。
さっきマリーダが動揺したのが感じ取れた、明らかに何かを隠している。
このままだと彼女は当たり障りのない情報しか喋らないだろう、ならばこちらからつついていかなければな。
まずはメモからマリーダがまだ口にしていない情報の確認からだ。
「魔王軍将軍の名前はガリュウ、間違いないか?」
「ああ、間違いないよ」
「勇者が現れるまではバスタ村を占拠していたけど大規模な破壊行動や略奪行為は無かったって本当かい?」
「そうだねぇ村人の村外への外出制限はしていたし最低限の食料や軍が駐留するのに必要な宿泊施設とかは要求して来たけどそれ以上は無かったねぇ」
「へぇそれは意外だったな」
文献などによると過去の魔王軍との戦いでは占拠した町や村はほぼ例外なく略奪や大量虐殺が起こっていたと記されている。
となるとこの村の復興が早かったのはそこまで損害が出ていなかった事にも原因があるのではないだろうか。
何故かこのマリーダの酒場の外壁だけは例外だが、もしやこのズタズタの外壁はわざとやっている可能性もあるのか。
「で、その魔王軍の将軍、ガリュウとか言ったっけ、そいつはどちらの方角に軍を撤退させたんだ?」
「西だよ、魔王侵攻軍がバスタより前に拠点にしていたペンデ村ってのがあるんだ、大方そこへ引き返したんだろうさ」
「なるほどね、それを聞けただけでも助かったよ」
「いいって事さ、また何かあったら聞きに来なよ、アタイたちの方でもまた情報を仕入れておくからさ」
「ありがとう」
俺は残っていたジョッキのエールを全て飲み干すと席を立つ。
じっとりとした怨めしそうなランデルと下っ端たちの視線を受けつつ店を後にした。
さて、時間もいい感じに過ぎてやや日が傾いて来た。
昨晩一睡もしていないのもあり今日はこの村に宿を取り体力の回復を図るか。
宿を探すために村内を歩いている時だった、俺はある気配に気づく。
誰かに見られている……実は昨晩の王都からバスタ村間の道中から感じていた事だ。
しかもかなり巧妙に気配を殺している、並みの冒険者だったら気づきもしない程の微かな気配、俺ほどの上級者でなければ見逃してしまっていただろう。
見張られている心当たりはいくつかある、一つは当然魔王軍からのものだ。
これは俺の推論、まだ憶測だが勇者アデルが失踪した件は魔王軍に知れ渡っている筈。
何故そう思うのか、それもいくつか理由がある。
当たり前だが勇者が魔王軍との戦いで命を落とせば当然魔王軍に知れ渡る事になる。
そうでなくとも魔王軍とて一向に勇者が攻めて来ないとなれば勇者に何かがあったと疑念を抱く事だろう。
そうなれば補欠の勇者候補が第二の勇者として擁立され新たに自分たちに仇成すというのだ、ならば出発の地である王都周辺に密偵を潜伏させておき最初から見張って動向を探ればいい、そう考えるだろう。
そして他に考えられる要素二つ目は身内、要するに国だ。
俺が繰り上げ勇者として勇者アデルの捜索の旅に出る切っ掛けになった男、貴族のレンドル、勇者は孤独でああるべきと念押ししてきた男だ。
古来から勇者は単独で行動し単身で魔王軍を、魔王を打ち倒す者とされているのは剣術学校出身なら、いやこの国の国民ならみんな知っている常識だ、しかし今回の様なケース、勇者の行方不明で代役を立て捜索するなど今迄聞いた事が無いし文献にも載っていなかった。
なので俺はてっきり複数人で分担して情報収集や捜索を行うのだとばかり思っていたのだ。
しかし現実はどうだ、その捜索と魔王討伐迄の一連の使命を俺一人が担う事になってしまった、それを恫喝にも似た口調で俺に強要して来たのがどうも腑に落ちない。
きっと俺の事を疑っているのだろうさ、いつその伝統を破るのではないかとな。
くそっ、これというのも俺が勇者選抜試験でアデルに負けたのが全てのケチのつき始めだったんだ、俺が一番の勇者だったのならこんな悶々とした気持ちで旅に出なずに済んだものを。
はぁ今更言った所で始まらない、気持ちを切り替えて前向きに行こう、まだ旅立って二日じゃないか。
取り合えずその謎の監視者にはこれからも警戒しつつ事に当たるしかない。
程なくして街はずれに宿を見つけた、丁度部屋の空きがあり今日はそこで一泊する事にした。
翌日朝早くから旅立つ事にした、朝食としてふた切れのパンと水筒を持って出発する、目指すは西、魔王軍の前線基地であったペンデの村だ。
ペンデの村に関しての情報は実はそんなに多くは無い、ここから先は王国軍と魔王軍の一進一退の攻防が特に激しく戦況が不透明なため現在の状況がはっきりと掴めないのだ。
整備がされていない林道の中を歩きながらパンに噛り付き水筒から水を飲む。
魔王軍ガリュウの部隊が撤退してから約半年が経っているが果たして今もペンデ村に在留しているのだろうか? アデルもそこを目指した以上再び戦闘になったのかも知れない、そうだったとしたらそれからどうなった?
こればかりは実際に村に足を運ばなければ分からない事だ、どんなに今思案しようとも真実には辿り着けない。
それに魔王軍の拠点だった所である、戦闘になる可能性が大だ、ここからは気を引き締めなければならない。
バスタからペンデまでは王都からバスタまでの距離とそう変わらないと聞く、順調に行けば日が傾く前には着くだろう。
しかし妙だな、恐ろしい位に静かだ、何も起こらない。
昨晩の様に魔物の襲撃もなければランデルたちの様な野党も現れない。
多くの魔物が夜行性って言うのもあるがここまで何も現れないのはある意味不気味さまである。
このままなら予定より早くペンデに着く事だろう。
「見えた、あれがペンデだな」
俺は崖の上から下を見下ろす、ペンデの村は周りを岩場に囲まれた低い土地にあった。
途中林道からどんどん草木の無い岩場に景色が移り変わっていくものだから本当にこの先村なんてあるのかと不安になったがこんな所にあったとは驚きだ。
まるで岩盤をくり貫いてその底に村を開いたの様だ。
天然の城塞……これなら周囲から発見されづらいし外敵の侵入も防ぎやすい。
ただ裏を返せば敵に侵入されてしまえば自分たちの逃げ場がないとも言える。
だがこんな土地を拠点にしているんだ大方その点にも抜かりは無いのかもしれないが。
俺は張り出した岩場に背中を預け顔だけを外に出し村を見渡していた。
村の中心にひと際高い円柱状の塔が立っており頂上には周りを見渡せるよう窓が全周囲にある、恐らくあれは見張り台だ、実際中には複数の人影らしきものがあり辺りを警戒していると見受けられる。
困った事にペンデには今俺が立っているこの岩場の入り口ひとつだけ、ここから下に向かって岩を削り出して造られた階段があるりここを通らないと村の中には入れない様になっている。
その構造上常時こちらに監視の目が向けられているのだ。
このままのこのこと出て行っては、はい見つけて下さいと言っている様なものだ。
さてどうしたものか、今出て行くのは自殺行為に等しい、こうなったら日が沈む夜になるまで待つか? いやここに長く留まって後ろから別の魔王軍の部隊が戻ってきたらどうする。
それに暗くなったらなったで構造の分からない基地に入り込むのは難しい、仮に潜入出来たとしてうまく立ち回れるかどうか。
仕方ないここは一度で直すしかない、そう思い立って踵を返そうとしたその時だった。
上空から燃え盛る火の玉がまるで流れ星の様に尾を引きながら落ちていくではないか。
そしてその火球はあろう事か塔の見張り台目掛けて落下し直撃、大爆発を引き起こした。
それにより塔は大きく吹き飛び残骸が雨霰と村に降り注ぐ。
中に居た兵士が喚きながら逃げ惑う、これはまるで地獄絵図だ。
「これは一体……俺は夢でも見ているのか?」
あまりの急展開に頭が追い付いて行かない。
これは一体全体誰の仕業なんだ?
俺は火球が降ってきた先に目をやった、するとそこには何と人影らしき姿が空に浮かんでいるではないか。
その姿は腰までの紺色のマントを纏っており風でたなびいている、そしてそこからすらっとした二本の脚が見て取れる。
マントが邪魔でよく確認できないがあれは、美しい曲線を描くそれはきっとミニスカートから露出しているものだ、ではあの人物は女なのか?
顔を確認しようにも帽子を被り、妙なマスクを目の部分に着けているお陰で素顔が確認できない。
右手には長い杖を持っている所から魔法使いなのだろう、という事は先ほどの火球は彼女が放った炎の魔法という事になる。
炎の魔法……俺の脳に二日前の夜の狼型モンスターに襲われた時の事が甦る。
数頭のモンスターが何かの原因で焼かれて死んでいた、まさかあれもあいつの仕業なのか?
そして昨日からずっと続いていた怪しい視線、まさかあれも?
今迄起こっていたことが次々と思い起こされ点が一つの線に繋がっていく。
あの女魔法使いは一体? 敵なのか味方なのか ?