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第4話 マリーダの酒場


「着いた、バスタ村だ」


 眼前には小綺麗で立派な家屋が並ぶ清潔感のある人里が見える、朝焼けを背景にその美しさはより強調されている。

 特に頑強な門や扉があるでもなく開けた村の入り口、王都に一番近いからという事もあるのだろう、見渡す限りの広大な敷地は村と呼ぶにはかなり広い部類に入るのではないか。


 しかし王都からこの村まで夜通し歩いたせいもありそこそこの眠気がするのも確か、どこかで休みたいものだが朝っぱらから宿屋に行くってのも気が引ける。

 剣術学校の実習で徹夜で行軍というイカれた授業を乗り切った身、これくらいならまだ何とかなる筈。

 取り合えず腹ごしらえがてらどこかの店で情報収集でもするとしますか。


 ここバスタ村は王都に近いという事もありそれなりの規模の大きな村だ。

 半年前に魔王軍に攻め込まれたと聞いていたが街並みは何事も無かったかのように整っていた。

 いや半年も経っているんだ破壊された建物の修繕は終わっていても不思議ではないか、国からの資金援助もあっただろうしな。

 おっ丁度いい、村人が歩いているぞ、聞き込みを開始するとしますか。

 俺はその二十代後半から三十代前半くらいの年齢の男に声を掛けた。


「なあ、半年前の魔王軍が侵攻してきた時の話しを聞きたいんだけど」


「何ですかあなたは?」


 あからさまに訝し気な表情を浮かべる男、それもそうか何が楽しくて生き死にの掛かった辛い記憶を思い出さなきゃならないんだ、村人にしたら早々に忘れたい記憶に決まっている。

 しかし表立って勇者アデルが行方不明になったから捜索をしているとは口が裂けても公言する事は出来ない、王家との守秘義務があるからだ。


「……実は私、魔王軍との戦闘の記録を付けるよう国王様から仰せつかってまして各地を巡って取材をしているのですよ、もし宜しければお話しを聞かせて頂きたいと主思いまして」

 

 俺は揉み手をしながら愛想よく振舞った。

 ついでに相手が不快にならない様に多少遜った言葉使いに変えてみた。

 どうも俺のぶっきらぼうな言動は相手を怒らせてしまう事があるらしい、情報源(ソース)はミノンな。

 それに少なくとも嘘は言っていない、全てを明らかにしていないだけだ。

 

「そうですか、半年も前の事で少し正確性に欠けるかもしれないけど良いですか?」


「ええ、ええ、もちろん! 些細な事でも何でもよいんです是非お聞かせください」


「それなら……」


 性格上こんなヘラヘラした態度を維持するのは俺には無理だ、ボロが出る前に何とか話を聞き出す事に成功する。

 それから数人の村人に事情聴取をした、メモ帖にも数ページにわたって情報が書き込まれた、普段こんなまめな事をしないのでいつもの数倍疲れたぜ。

 時間もある程度経ち昼に差し掛かる頃か、路地を歩きながらメモ帳に目を通すが落ち着かないな、人にぶつかったりしても面倒だ、どこか店にでも入って情報を整理したいものだ。

 適当に往来を歩いていると一軒の酒場が目に入った、丁度良いこの店にするか。


「マリーダの酒場……」


 年季の入った所々文字が掠れた看板、それに何かで斬り付けられたりぶつけられたりしたであろう派手な傷が至る所に入っている。

 これも先の魔王軍の襲撃の際の爪痕であろうか、しかし何だろうこの違和感は?

 さっき街並みが整っていると言ったが何故かこのマリーダの酒場は看板以外の店の外壁が派手に傷付いている、それも無数に。

 他の建物が美しく修繕されているのにここだけは違う、そこから導き出されるのは修繕後に傷が付いたのかはたまた家主が修繕を拒んだか……。

 どちらにしろ怪しいには違いない絶対に何かあると俺の冒険者としてのカンが告げている。

 しかし店に入る前から異様な威圧感が漂っているな、荒くれ者か訳アリしか入店出来ないぞこれは、だが俺だってこんな事で委縮するような小さい度胸は持ち合わせていない、まるで一般的な店に入る様に平然と店の扉を開けて中に入って行った。


「………」


 店に入ると見るからに柄の悪い男連中がたむろしている。

 酒場だから当たり前だが咽返る程の煙草の匂いが充満し煙で店内が霞んで見える程だ。

 そして客の男たちからの鋭い睨みの視線が俺に集中するのを感じる。

 だがそんな事は意に介さず俺はまずカウンター奥い居る店員と思しき女性の前まで行く。

 

「いらっしゃい、何にする?」


「取り合えずエールを一杯」


 カウンター席に腰掛け一息つく。

 相変わらず殺気に似た視線は背中に集中している。

 それにしても空気が悪い、普段はあまりこういった如何にもな店には来ない質なので居心地が良いとは言い難い。

 程なくして俺の前にジョッキに入ったエールが置かれた。


「お客さん見ない顔だね、旅の人かい?」


 さっきの女性が俺に話し掛けて来た。

 長い黒髪に目鼻立ちの整った顔、特に眼差しからしたたかさが感じられる、 歳の頃は二十代後半かそれ以上だろうか、肩を大胆に露出する際どいワンピースを着ている。


「ああ仕事でね、ちょっとこの村の事を調べてるんだ」


「へぇそうかい、でも気を付けなよ物事には知らない方がいい事ってのもあるからね、程ほどにする事だよ」


 ニィっと口角を上げ微笑む女性、しかし目が笑っていない。

 この村、どうやら思った以上に裏に何かありそうだな、そして一筋縄ではいかない予感がする。

 俺がエールのジョッキに手を掛けようとしたその時、酒場の入り口からどやどやと喧騒が聞こえて来た、複数人の来客が来たのだろう。


「ふぃー……さっきは酷い目に遭いましたねアニキ」


 先頭で入って来た男が首だけ横を向きながらドアを手で押して店に入って来る、 後ろ連れがいるのだろう。


「全くだ、まさかあんな手練れの冒険者に手を出しちまうとはついて無いぜ」


 続いて入って来た男、身体が大きく入り口を頭を下げ潜りながら入って来た、幅も入り口ギリギリだ。

 うん? 何かこの男見覚えがあるぞ。


「……あーーーーーー!!! てめぇ!! 昨日の!!」


 俺の顔を見るなり大男が俺を指差し大声を上げる。

 ああそうか、こいつ昨日の夜俺に襲い掛かって来た野党のボスじゃないか。


「よう、又会ったな」


 わざと普通の知り合いの様に手を上げ挨拶してやった。


「てめぇよくもそんな態度が取れたもんだな!! 舐めやがって!!」


 ズカズカと荒い足取りでカウンターの前まで歩み寄って来る大男。

 物凄い怒りの形相で顔を至近距離まで近づけて睨みつけて来た。


「おっ何だやる気か? いいぜ昨日の続きといこうじゃないか」


 俺は不敵な笑みを浮かべ睨み返す、と同時に少しばかり闘気と呼ばれる主に戦闘時に活用される力、言い換えるなら殺気を開放して見せた。


「ひぃ……!!」


 するとさっきまでの威勢はどこへやら、大男は情けない声を上げながら数歩退いた。

 恐らく酒場に居る客の殆どが顔なじみか仲間なんだろう、メンツの為俺に食って掛かって来たのだろうが奴にとって俺は一度コテンパンにやられた相手、やはり恐怖心が残っているのだ、人間の格下相手に手を上げる程俺も非道じゃない。


「何だい何だいランデル、その様は」


「あっマリーダの姉御!! 済まねぇ!! これは……!!」


 俺の背後、カウンターの女性店員に話し掛けられた途端、そのランドルと呼ばれた大男が狼狽え始めた。

 何だこの闘気……まさかこの女から発せられているのか?

 俺は慌ててその場を飛び退きそのままカウンターの方に向き直った。

 するとどうだろう、先ほどの落ち着いた雰囲気はどこへやら、彼女は不機嫌そうな表情でこちらを睨んでいる、さっきのランデルとか言う大男の睨みとは比べ物にならない恐ろしさだ。


「ランデル、何があったんだい? 言ってみな」


一見普通に話しかけている様だが冗談じゃない、隙を見せたらバッサリやられてしまうんじゃないかと思える程の重圧が女から滲み出ている。

 ここまであからさまなのだ、手練れじゃなくてもちびってしまうだろうさ。

 それにランデルはこの女の事をマリーダと呼んだ、『マリーダの酒場』……彼女が酒場の女主人て訳だ。


「き、き、昨日の晩の話しだ……お、お、俺はいつも通り、た、た、旅人を……」


 ランデルは恐怖の余り激しくどもっている、しかも顔が恐怖で真っ青だ、やれやれ見てらんないね。


「ランデルだっけ? コイツと仲間が昨日の晩王都からの街道で俺に襲い掛かって来たんだよ」


 仕方ないので俺が代わりに言ってやった。


「何だってぇ? お前まだそんな事してやがったのかい!!」


 マリーダは勢いよくカウンターを飛び越えるとそのままの勢いでランデルの顔面に蹴りを入れた。


「ぶべらっ……!!」


 あの巨体のランデルがいとも簡単に蹴り飛ばされ後ろのテーブル席を激しく巻き込み床を転がり壁にぶつかってやっと止まった。


「済まないねぇ私の愚弟が迷惑を掛けちまって」


 マリーダは何事も無かったかのように俺に話し掛けて来た。


「なぁーーーーに、何て事無いさ、冒険にはよくある事さぁ」


 俺は両手を上に向け首を竦めてみせた。


「アタイはマリーダ、あんた名前は?」


「デユーってんだよろしくな」


「……デユーかい、憶えたよ、ほれっ!! お前たちデユーさんに謝んな!!」


「済みませんでした!! デユーのアニキ!!」


 ランデルを筆頭にその手下十数人がずらっと揃い俺に向かって土下座をした。

 そうか、ランドルが何で土下座しなれているのかと思ったらそういう事かい。


「そう言えばデユー、情報を集めてるんだったね、お詫びといっちゃあなんだがアタイ達に何でも聞いておくれ、もし人手が必要ならコイツらを使ってもらっても構わないよ」


「えっ、それは……」


 ランデルたちは納得いってない様子。


「何か文句あるのかい?」


 マリーダがまた闘気を撒き散らし始めた。


「いえっ!! とんでもねぇ!! 喜んで働きますぜ!!」


 打って変わって揉み手をしながら引きつった笑顔を浮かべるランドル、しかし顔から大量の冷や汗が滲み出ている。


 期せずして協力者が大勢出来てしまった、勇者活動はソロでなければならない決まり事があるが情報収集にはやはり人手が必要だ、早く任務を達成するなら尚更だ。

 俺が自分が勇者だと名乗らなければ問題無いだろう。

 これで少しは動きやすくなるだろうさ。

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