変貌
私は朝もぞもぞと起きる。
昨日はあの後夜中に銃火器を作った。
なので、あまり長く寝ておらず非常に眠たい。
私はあくびをする。
それを見て先に起きていたライラックは私に声をかける。
「眠そうだね。ちゃんと寝たのかい?」
「お前は俺の親かよ」
「まぁ、そういうなって。朝ごはん作ってあるけど、一緒に食べる?」
「ああ、もらおうかな」
そう言って私は彼の作ったご飯を食べ始める。
ううん、おいしい。これは将来もてるだろうな。
私はご飯を食べた後に今日の授業で使うものを用意する。
そして、持ち物を持って校舎へ移動する。
校舎と寮は同じ敷地内にあるのですぐに到着した。
「少し早く着きすぎたかな」
ライラックはそう言う。
時計を見ると今は授業が始まる30分前ぐらいだ。
確かに早いがさして気にすることでもないだろう。
「いや、大丈夫だろう。早くついてこまることなんてことなどないはずだ」
「それもそうだね。せっかくだし、近くを散歩でもするかい?」
私は彼の意見に賛成して教室から出ていく。
前に張り出されていた自分の席に授業の用意を置く。
歩いていると少し離れたところで生徒同士で口論しているのが見える。
「あぁ?だから、なんだってんだぁ?」
「先ほどの発言を取り消さないということでいいんだな?」
片方はガタイの良い男性だ。俺よりも身長は高く、目つきも鋭い。
言葉も荒々しく獰猛な印象を受ける。
対照的にもう一人の男性はいかにも紳士という感じだ。
言葉遣いは丁寧で身体は先程の男性と比べると華奢で眼鏡をかけている。
これは単なる私の勘だが、彼は貴族ではないだろうか?
育ちの良さが目に見える。
どちらも私は知らない。
用は原作の重要人物ではない紹介もされないモブなのだろう。
私はめんどくさいなと思い、回避の道を取ろうとする。
この喧嘩に介入しなくてもストーリー自体には差支えがないと考えたからだ。
だが、ライラックはわざわざ自分から渦中に飛び込んでいく。
彼らのもとに近づき、話しかける。
「失礼。二人とも何やらもめているようですがどうかしましたか?」
「あぁ?」
ガタイの良い方がライラックを見下ろす。
もう一人の男性もライラックに視線を移す。
「てめぇには関係のないことだろうが」
「そうです。君が誰かは知りませんが君がこの件にかかわる必要はありません。これは彼と私の問題なのですから」
どちらも強い口調でライラックを拒否する。
まさに一触即発という感じでピりピりしている。
だが、ライラックは一歩も引くことはない。
「そうですね。確かに私には直接は関係のないことです。しかし、この国の貴族の一員として国直属のこの学院で死者が出る、などという最悪な状況は防ぎたいんですよ」
もっともらしいことを言うと2人とも黙ってしまう。
特に眼鏡をかけている方は。
彼は恐らく貴族だから、ライラックの言っていることに思うところがあるのだろう。
「とはいえ、それではお二人とも満足できないでしょう。そこで決闘すればよろしいのではないかと思うのですがどうでしょうか?」
「ああ、いいぞ」
「構いませんよ。なら審判は君がしてくれますか?」
「はい、もちろんです」
そう言って彼らは訓練場へと移動をはじめる。
決闘、それは貴族同士の間で行われる何らかの約束を取り決めて行われる闘いの名前だ。
決闘するときにはその約束が順守されるようするために、そして公平なけっかをくだすためにかならず審判がいる。今回はその役がライラックにだったということだ。
私は彼らについて行く。
彼らは軽く体を動かして戦闘前の運動をしているようだった。
「それでは双方とも決闘にお互い勝ったら何をするのかを宣言してください」
「おらぁ、今度からは分をわきまえてくれればそれでいいぜ。田舎もんは田舎らしくしてろ」
「そうですね。失礼だった先ほどの失言を訂正してもらいましょうか」
「それでは双方とも準備はよろしいでしょうか?」
ライラックは二人に尋ねる。
すると二人とも互いに、距離を取りにらみ合った状態で答える。
「「いつでも」」
「では、始めてください」
「おらぁ!」
開始の合図があった瞬間にガタイの良い方が突っ込んでいく。
小細工も何もない。ただ殴りに行ったのだろう。
見た目の印象そのままだ。
それに対して相手は対照的に動かない。
このまま勝負が決まるかと思った瞬間、突っ込んでいった方の動きが止まる。
「な?」
彼の足首ぐらいまで泥に埋まっており、踏ん張りがきかないようだ。
眼鏡をかけている方が動けない相手を見て眼鏡を上げながら言葉を放つ。
「これが貴様のバカにした古臭い田舎の貴族の実力だ」
「てめぇ、せこいぞ。決闘なんだから、こぶしで語り合うべきだろ」
「せこい?どこが?立派な魔術だよ」
話している間にもどんどん泥の中に足が入っている。
今やもう膝ぐらいまでは泥の中だ。
「勝負あったな」
私はぼそりとつぶやく。
おもったよりもあっけなかったな。
お互いの実力がもう少し近いものだと思っていた。
だが、両者には決してすぐに埋められない差があったというわけだ。
「ぐらぁぁ」
泥から抜け出そうともがいている。
だが抜け出せず、むしろ暴れるほど泥の中に引き込まれていく。
腰まで泥がきそうになったところでライラックは止める。
「そこまで。勝負は決しました。この泥の魔術を解いてあげてください」
「ああ、わかった」
そう言って泥の魔術をその人はとく。
そうしてその泥の魔術からその生徒はでる。
「くそ、足いてぇ」
そう言って自分の足を抱えている。
ライラックは勝った方の人に尋ねる。
「それで失言とはどんな内容なんでしょうか?」
「ああ、それは『お前のところは田舎で体を売ることでしかやっていけない、貴族の恥さらし』っていう言葉です」
「それは……ひどいですね」
そう言ってライラックは負けた先輩の方に後ろから近づいていく。
負けた先輩は何もない宙を見つめており、何やらぼそぼそとつぶやいている。
「くそ、おかしいだろ……なんで、俺があんなやつに……」
「それでは負けたので、勝者の言う通り自分のした失言について謝って訂正してください」
ライラックがそう言うとぼそぼそと言っていたのをぴたりとやめる。
そして、ぐるっとライラックの方を向く。
明らかにおかしい首の回転をして。
「お、おがじいんだ……おかしい、おかしい、何か卑怯なんだ。ずるいずるい!」
言葉はどんどん用地になり、体の方にも異変が起き始める。
相手の筋肉が盛り上がっていく。
上腕二頭筋はどんどん膨れ私の体の横幅と同じくらいのサイズになる。
足はそれよりもさらに太くなり、肩甲骨のあたりの筋肉も膨れ上がる。
服は当然破れ彼の異様なまでに隆起した筋肉が顔を覗かせる。
これはまずいと判断したのか、ライラックは相手から距離を取る。
そして、私は近くに来たライラックに話しかける。
「あれ、何かやばいことになってるけど、どうなってんの?」
「さぁね。ただ明らかに何らかの異変が彼の体で起こったとみるべきだろう」
私たちが話している間にも筋肉は膨れていく。
顔も歯がどんどん伸びていき、目は黒い部分がなくなり白くなる。
全身が筋肉という天然の鎧でおおわれている。
そして、こちらを白目の状態で向く。
「お前ら、を……殺ず!」
明らかな殺意を体で感じ取る。
そして次の瞬間、相手は目の前から消える。
「は?」
その直後後ろから鈍い音が聞こえる。
後ろを見ると、眼鏡をかけた先輩が頭から血を出しながら倒れている。
そして筋肉だるまになった元先輩はうしろにおり、こいつがやったのだと分かる。
いや、それよりもなんという速度だ。
私は決して肉弾戦が得意なわけではない。
だが、最低限は鍛えているし、同世代の平均は優に超えているだろう。
にもかかわらず、今の速度には全く反応できなかった。
相手は口からシューと空気をはいている。
私たちに攻撃を加えるつもりはないのだろう。
こちらには見向きもせず、皆がいるところへ行こうとする。
その時ライラックが声を私にかける。
「速度とパワーが段違いに上がっている!先ほどまでとは比べ物にならないぞ」
ライラックはそう言ってそいつの後を追いかけていこうとする。
私はそれを呼び止める。
「待ってくれ」
「なんだ、あいつが誰かを殺してしまう前に止めなければならないんだが……」
「今回は行かない方がいいと思う」
「なに?」
「流石に俺たちの手に余る。現に俺たちはあいつの速度に反応すらできていなかっただろ?俺たちが行っても被害者になるだけの可能性が高い。あの相手は教員に任せるべきだ」
私はライラックに言う。
私たちはこの学院にいる間はこの学院の学生でいなさいと言われた。
それは裏を返せば、何かあったら先生に頼れ、ということ。
この場で私たちがすべきなのは相手を食い止めることではなくて教員を呼びに行くことだ。
「はは、面白いことを言うね」
私の意見を聞いてライラックは笑う。
そしてすぐさま真剣な表情に戻る。
「私たちが教員よりも強いことはもう入学試験の時点で分かっているだろ?」
「そ、それは、まぁ」
「教員よりも強い私たちが自分たちよりも弱い教員に任せて逃げろというのか?それはダメだろう。
強き者は弱き者を助ける。強き者は弱き者を助ける、これが家訓なんでね」
そう言ってライラックは相手の方に行ってしまった。
正直、周りのモブがいくらやられようとも私は構わない。
ストーリーに差支えはないだろうし、モブを助けに行って私たちが死ぬ方が嫌だからだ。
だが、ライラックが死ぬのは阻止したい。
ストーリーに差支えがあるだろうし、私の推しでもあるからだ。
私はそう思い、ライラックの後を追いかける。