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7/20

入学

あれから一か月たった。

私はもう合格が出ているので、その期間悶々と悩むことはなかった。

しいて言うなら首席で合格しているのかどうかだけが気がかりだった。


結果が郵送されてきたので中を見ると、実技50点筆記試験42点の92点だそうだ。

筆記試験の結果はまぁ妥当なところだった。

そして、私はどうやら首席で受かったようで、しかも歴代最高得点だった。


「よしっ」


誰もいない自室で私はこぶしを握り締めてそういう。

良かった~。これでイベントの消失は免れただろう。

一緒に乗っていた合格最低点や平均点にも目を通す。


平均点は39.3点。

最低点は48点。


さすがに高い。

合格最低点が下手したら例年の合格最高点だ。

もちろん難易度が大幅に簡単になったわけではない。例年並みの難易度だ。

原作でも今年は豊作だと言われていたが、ここまでだとは……


数字で伝えられると、改めて今年がどれほどいようであるかがわかる。

私はそれをしまう。そして、必要なものを買っておくようにセバスに頼んでおく。

それから入学するまでの一か月間は特にすることもなくいつも通りの日常を過ごした。



「さて、行くとしますか」


入学初日。

私はそんなことを言いながら、セバスが運転してくれた車から降りて、私がこれから通うことになった学院へと向かう。すると、セバスが私に声をかける。


「クルーゼ様、どうかお気を付けて。私は一緒に行く事ができませんので、あなた様が自分自身で身の回りのことなどもするんですよ」


「ああ」


私は彼を見て思う。

ここまで彼には本当に世話になったなと。


私に仕えてくれていた人が彼だけだったわけではない。

他にもいろんな人がいた。

王族だから、周りについてくれている人はたくさんいた。


その多くは私の力を見て逃げて行った。

力を見る前まではこの国を支えるのはあなた様、とか言っていたのに、私の力を見た瞬間、手のひら返しで家庭の事情で、とかいって帰っていくのだ。


だが私は決してそれを悪いと非難したいわけではない。

むしろ、それが至極まっとうな判断だと思う。

まだ善悪の区別もつかないような子供が国を亡ぼし兼ねない力を持っているのだ。

もし本気で暴れられたら国王も止める事ができない。


そんな奴に仕えていて、少しでもイラつかれたら腹いせに殺されるかもしれない。

なので少しでも私から距離を置こうとしたことは分かる。

私が同じ立場でも同じようにして距離を取っていただろう。

だから私は彼らの意思を尊重して、その要望通りにしたのだ。


そうやって私の目の前から徐々に人は消えた。

彼らの要望に応えた、そのことに後悔は何もない。

だが、不安はあったし、人への疑念も生まれた。


生まれたころから一緒にいた人がどんどん消えていく。

しかも、赤の他人だけでなくそれまで愛情を注いでくれていた両親でさえも。

原作ではこの数年を特に描写していなかったけど、私にとっては最も精神的にきつかった。


だが、セバスだけは違った。

ちゃんと、残ってくれたのだ。


彼が私の力を見なかったわけではない。

彼は私の力を見たうえで私に仕えることを選択したのだ。

彼は驚きこそしたものの、『凄いですね』と言ってくれたのだ。

それがどれほど私のとって救いとなったことか。


原作でここを読んでいるときに正直に思った感想は『ふ~ん』だった。

所詮は物語の世界。それも敵の一人のサイドストーリー。

身分も違いすぎるので、私はそこまで感情移入できずその程度で終わった。


だが、今は違う。

実際にこの役をしてみたら彼のやさしさが心にたまらなくしみてくるのだ。


結局、実際にその役をやるかどうかが重要なのだ。

どれほど共感も理解もできたと思っても、実際にやっていなければ同じ気持ちは真の意味では理解できない。これは実際にやってみたものにしかわからないのだ。


「セバス、ありがとうな」


「こちらこそです。それでは行ってらっしゃいませ」


「ああ、いってくる」


そう言って私は学院へと向かう。

泣きはしない。ここで泣いたら彼は不安になるだろうから。

私は学院の方へと駆け出していく。



学院の中に荷物を持ったまま入る。

私はどこが寮なのだろうかと、うろうろしていると先輩が私に声をかけてくる。


「君、もしかして一年生かい?」


「はい」


「それなら寮に荷物を置く前に入学式に向かいなよ」


「分かった」


そう言って私は彼に案内してもらって向かう。

入学式はどうやら講堂で行うようだった。

講堂に向かうとすでにたくさんの生徒が着席していた。

私が適当に座ろうとしていると教師が私に声をかける。


「あなたワイズル・クルーゼさんでしょう?」


「はい」


「それなら、新入生代表として前でスピーチを行ってくれないかしら?もちろん、原稿を見たままでいいから」


「はい、わかりました」


私は先生に答える。

ここまで原作通りだ。我ながらしっかりと出来ていると思う。


私は先生に案内されて講堂の登壇の近くで控える。

ちらっと登壇でしゃべっている人を見ると、その人は3年生で眼鏡をかけたいわゆるなクールキャラだ。


そう、彼の名前はモンティ・リ・キャッシュ。

みんなからはモンティと呼ばれている。

彼もそこそこ重要キャラで生徒会の会長をしている。


ぱちぱちと拍手の音が聞こえる。

どうやら、彼の出番は終わったようだ。

私のいる控室に戻ってくる。


それと入れ違いで私は登壇の方へと向かう。

お互い相手のことを一瞬だけ見るが視線をすぐに前に戻す。

手に原稿を持ち皆の前に立つ。


登壇の所にはちょっとした机のようなものがあり、魔道具が置かれている。

この魔道具によって近くで発生して音を増幅し、小さな音でも大きく出せる。

いわゆる、マイクのような働きをするのである。


「新入生代表、ワイズル・クルーゼ。この春が私達の青春の一ページ目となり、かけがえのない友達を作りこの学校での出来事を大人になってから振り返った時に良かったと思えるように過ごしていきたいです。これにて新入生代表の言葉を終わります」


そう言って俺は手に原稿を持ったまま去っていく。

俺がスピーチを終えると拍手が起きる。

控えに戻ると先生が私に声をかけてくる。


「なんで原稿を一度も見なかったの?」


「なんでって……必要がなかったからだ。実際に、俺のスピーチで満足してくれただろう?」


そう、ここでワイズルの脳みそがいかに優れているのかを表しているのだ。

ワイゼルは決して脳筋ではない。知的なこともできるのだと。


「まぁ、そうですね。それじゃ、もう戻って適当に開いている席に座ってください」


「はい、わかりました」


そう言って私は空いている席に戻る。

やれやれ疲れた。

登壇にはこの学校の学院長が出てきた。


見た目はかなりの年のいった老人だ。

おそらくセバスよりも10は年上だろう。

白髪で目は赤色だ。


かなり年がいっているであろうに元気そうな顔だ。

目は精気に満ち溢れて輝いている。

そして、張りの利いたいい声で話し始めた。


「え~、私がこの学校の学院長である。最初にこの学院では身分は関係なく皆マジカル学院の生徒であることを覚えておいてほしい。実力至上主義なので力のないものは色々不便な思いもするだろうが、それが嫌ならば強くなればいい。それだけのシンプルなことだ。これにて私のスピーチは終わらせてもらおう」


そう言って学院長は去っていく。

てっきり話が長いだろうと思っていたのですぐに終わって意外だった。


「学院長からのお言葉でした。それでは、今年度の……」


それからも他の人がいろいろ言ったりして終わった。

その後は学校の様々な場所を案内してもらった。

食堂や特別教室、寮の場所、体育館……等々。


「ふ~疲れた」


それらがすべて終わったころには日の入りが近づいていた。

私は寮の自分の部屋でゴロンと横になる。

寮では二人で一つの部屋を使う。


私も例外ではない。

私とペアの相手は……

私はちらりとその人の方を見る


「ん?どうかした?」


そう言って私に声をかけてくるのはライラックである。

ライラックも私の推しの一人である。


いわゆる、ワイズル・クルーゼの参謀キャラで悪役なのだが、主人公との立場の関係上悪役になっているだけで、根っこは善人だ。立場が違えば、味方ポジにいただろう。


いや、それはクルーゼも同じか。彼は傲慢不遜ではあるが、根っこはいい奴だ。

本当、マジカル王国で主人公の前に直接立ちはだかる敵キャラは恨める奴がいない。


みんな闘ったのには理由があってそれぞれに立場があったのだ。

だからこそ、この章はすべてを知った後に見ると悲しい章でもあった。

みんな仲間になれたんじゃないかと思わずにはいられなかった。


と、話がそれてしまった。

私は原作通り彼に質問する。


「そういえば、王族である俺に敬語を使わないんだな。心なしか、態度も前よりも緩和しているように見えるが……なぜだ?」


一応一国の王族である私に貴族ではあるがこの国の国民でもある彼が敬わないのはなぜなのかという質問だ。彼はそれに笑って答える。


「なぜって……私は確かにこの国の一因だけど、同時にこの学院の生徒だ。学院長も言っていただろ?この学院の生徒であることを自覚しろって」


自分の力を見せてもこんな風に対等に接してくれてのはおそらく彼が初めてだろう。

周りの人はもちろん、親は俺のことを恐れていた。

セバスも俺に普通に接していたが、主従関係があり、到底対等だとは言えなかった。


対等な相手がいなかったクルーゼにとって彼は好奇の存在だった。

面白い。その感情が真っ先に来たのだ。

そして、クルーゼはライラックに手を差し出す。


「そうだな。これかもよろしく頼む」


「ああ、よろしく」


そう言ってライラックも手を差し出して二人で握手をする。

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