授業
「君たちに一体何があったのかそれを聞かせてほしいんだ」
少し浮ついたようなそんな声が私たちに問いかけてくる。
私達は学院長室にいる。
目の前には入学式の時に挨拶をしていた学院長。
そして、そばにはここまで私たちを連れてきた人が控えている。
赤色の髪。金色で切れ長の目。
透き通るような肌。すっと高い鼻。
美を体現しているような体型。
間違いない。
アマリリス・ノールだ。
彼女はこの王国の中で最高戦力の一角に入るとされる実力者。
そして、近い将来私の先生になる人だ。
「なるほど、そんなことがあったのか」
私の代わりにライラックが質問に答える。
そして、学院長とアマリリスは大体の事情を把握する。
だが、学院長は表情に出さないものの内心にわかに信じられなかった。
そんな戦いがあったかどうか、ではない。
この2人が苦戦するほど強い敵がいたことに、である。
前にも言ったがこの学院の講師陣のレベルは非常に高い。
多くがこの学院の出身であり、優れた武功を収め名の知れた人物である。
そして、その講師陣にタイマンでこの2人が勝ったことも把握している。
彼らが歴代の公爵家と王家の中で最高傑作であることも。
その彼らが1人では勝てなかったというのだ。
それはすなわち、この学院の講師であっても勝てないということを意味する。
加えて、変貌する前はただの一般生徒であったという。
何らかの薬か魔術なのかはわからないが、それは理性を失って誰でもこの国トップクラスの実力者になれるということを意味する。
「はぁ」
学院長は大きなため息をつく。
その方法を知れば我が国の軍事力は格段に上がるだろう。
だが、その方法を知らなければ、我々の軍事力は相対的に低くなるだろう。
いや、そもそも理性を失うというデメリットが大きすぎる……
と、学院長は様々な問題を考えて頭を悩ます。
「ご苦労だった。もう帰ってくれて構わないぞ」
そう言って私たちは返される。
学院長室を出て、ライラックが私に声をかけてくる。
「じゃあ、私は寮に戻ってシャワーを浴びるから。遅れないようにクルーゼは先に行っておいてくれ」
「わかった」
そう言って私は教室に戻る。
それにしても意識していなかったが、まだ返り血だらけだったな。
シャワーを浴びずに血だらけの状態で笑顔を浮かべながら話を続けるライラック。
シュールというよりも少しホラーの印象が強いな。
私は教室に戻る。
授業が始まる時間まで10分ほどある。
寮と教室は近いし、ライラックは授業前に戻ってこられるだろう。
予想通り、授業が始まるギリギリ2分前に戻ってきた。
「え~それでは授業を始めます」
そういってガラガラと前の扉から先生が入ってくる。
先生は入学試験の時にもいたマリと呼ばれていた講師だ。
そして、私たちに指示を出す。
「私が担当するのは魔術です。課題として近くのダンジョン、と言ってもちょっとした洞窟だけど。そこに日帰りで行きます。それではみなさん、身支度をしてください。いったん寮に戻って必要なものを取ってきても構いません」
みんなそれを聞いてがやがやと言いながら用意を始める。
わざわざ教室に来た意味は何だったのか、とも思うがそれを言っても仕方がない。
私も用意を始める。すると、ライラックが声をかけてくる。
「クルーゼ、先ほどの戦闘でかなり魔力を使ったと思うけど大丈夫かい?」
「大丈夫。俺の魔力の多さは知ってるだろ。それよりもお前の方が心配だ。大丈夫なのか?」
「問題ないよ。以前に私が戦った相手に『超回復』っていうのがあってね、それを私も習得して今も使っているからね」
「そうか。それは良かった」
それを聞いて私は安心する。
今から行くダンジョンがどれほど安全と言っても何が起こるのかはわからないからだ。
出来るだけ不安要素はつぶしておきたい。
先ほどから何度も言っているダンジョン。
ダンジョンとはダンジョンコアをもとに形成されている大きな生態系のことだ。
難しく言ったが、よく漫画やゲームにあるダンジョンを想像してくれれば問題ない。
ダンジョンコアがあって様々な動物がダンジョン内に生きている。
様々な形があるが、大抵が洞窟になっており、下に進むほど生息している動物の危険度も上がる。
そして、時たまダンジョンごと移動したりする。
とまぁ、ダンジョンについてはこれぐらい言えばたいていのことは伝えられただろう。
「じゃあ、一回寮に私は戻るよ。クルーゼはどうする?」
「そうか。今回は日帰りだから俺は水筒だけあればいいから、戻らないわ」
「分かった。それじゃ」
そう言ってライラックは寮に戻っていく。
私は特にすることもなかったので自分の席に座ったまま魔術でいろいろと遊んでいる。
ただ遊ぶだけでなくちょっとした訓練になるのだ。
遊ぶというのは自分の魔術を使ってフィギュアを制作するのだ。
作るのは先ほどいたマリ先生とか、ライラックとかその時によって違う。
マリ先生の顔を思い浮かべながら顔の部分を丁寧に製作する。
個人的に顔を作るうえで一番難しいのは目の部分だ。
体勢によって目の光の位置が変わる。
なので目を製作する時点である程度体勢を決める必要がある。
今回は普通に立っているところを作るつもりだ。
そして、顔が作り終わったら首より下の制作に取り掛かる。
マリ先生の細い首を丁寧に、そして服の隙間から顔をうっすらと覗かす鎖骨。
そして、服の上からでも分かるダイナマイトボディ。
元女性でかつて『まな板にレーズン』と呼ばれた私から見ると、羨ましい限りだ。
くそう。
だが私はフィギュア作りに私情は挟まない。
これでも10年ぐらい作り続けているこの道のプロだからだ。
二つのおっきなスイカを胸の部分に作り、くびれを作る。
ちなみに来ている服は今日実際に着ているものである。
赤いワンピースでふちが金の刺繡で縫われている。
尻もでかく作り、すらっとした色白の足をワンピースの下から覗かせる。
あと少しだ。
ここまで来たからって決して油断することはない。
後はきちんと靴の部分さえ作れば、完成だ。
私は丁寧に作る。細部にまでこだわりぬき作る。
「……できた」
私はぽつりと言う。
うん、自分で言うのもなんだがなかなかの再現度ではないだろうか。
今まで作った中で一番というわけではないけれども、かなり良い出来具合だ。
金属で作ったのでそうそう壊れることはないだろう。
今回特にこだわったのは大きな2つのスイカの部分だ。
ここに『性質変化』を用いてムニュとする触感にしてよりリアルに近づけた。
尻についても同様のことを施した。
逆に他の部分はそこまで柔らかくせず骨のある部分は硬くした。
全体は20センチほどでポケットにぎりぎり入るぐらいのサイズだ。
これを持っていても好奇の目で見られるだけなので私はポケットにしまう。
時間を見るとかなり時間がたっている。30分ほどだろうか。
これだけ時間が経っていればみんな用意もできているころだろう。
そう思い、私はみんなのところに向かう。
案の定、すでに全員用意が整った状態だった。
「もう、遅いですよ。あなたが最後です」
「は~い、すいませんでした」
そう言って俺を連れて一行はダンジョンに向かう。
歩いている間に今から行くダンジョンについて先生から聞く。
ここら辺では初心者が最初に向かう場所として有名なダンジョンだそうだ。
大きさは、マジカル学院ほどらしい。
ダンジョンの大きさとしては最小の大きさに分類されるだろう。
大きいものになると、国を複数またぐ場合があると聞くぐらいだからだ。
「はい、付きましたよ」
しばらく歩くとその場所に到達する。
ちらりと見渡した限り、私たち以外に人はいないようだ。
有名だというから、初心者の人が何人かいると思ったのだが……
そんな私の疑問を見抜くように先生が私の疑問に答える。
「普段はもっと人がいるんですけどね。今日はマジカル学院がこのダンジョンを貸し切っています。理由としては、このダンジョンは小さいので他に人がいると、お互い邪魔になると考えたからです」
ダンジョンの貸し切り……なるほど人がいないのはそのためか。
だが、それは何かあった時にほかのだれかが助けてはくれないということ。
つまり、一般生徒でも十分このダンジョンの魔物に対応できると学院が判断したということだ。
やはり、難易度はかなり低いのだろう。
そんなことを考えていると先生が私達に紙を配る。
どうやら、今日のことについて書くレポート用紙のようだ。
「ダンジョン内で発見したものがあったらこのレポート用紙に書いてください。あと、帰ったら今日のことについての感想も書いてください。それでは、探索を初めて下さい」
そういうとみんな一斉にダンジョンの中に行く。
誰もかれも我先にと言わんばかりだ。
だが、そこまで入り口が大きいわけではないので、当然入り口付近はぎゅうぎゅうに混んでいる。
私は今急いで行っても仕方がないと思い少し後から向かうことにする。
「や、ワイゼル。君は行かないのかい?」
「今行ってもあの人の波に巻き込まれていけないのがおちだろ」
「やっぱりキミもそう考えたのか。私も同じ意見だよ」
「まぁ、ほかにも同じことを考えている奴はいるみたいだけどな」
俺はちらっとほかの残っている人の方を見る。
大体数人ぐらいだな。
まぁ、全員がこんな風に冷静に判断できるわけがないか。
しばらくして少し落ち着いたところで私たちも向かう。
まぁ、結論から言うと何もなかった。それもそのはず。
先に言ったメンバーが敵も鉱石も取っていたのだから。
私たちが見つけたものと言えば、倒された敵の死体だけだ。
結局、そのあと特に何も発見することなく終わった。
レポートは特にかけなかったが仕方がないとのことで先生には許してもらった。
そして、その日はそれで終わる。