この世界に祝福を受けました
出来るだけ完結できるようにあまり長くは書きません。(私はあまり意志の力は強くないことが分かったので……)
適度に楽しんでくだされば幸いです。
「はい、はい。かしこまりました」
どこかで見たことのあるビルの一室で何人もの人がパソコンの画面と向き合っていたり、電話で話している。薄暗い中蛍光灯は白く光っている。
私も電話を受け取り、相手の人と会話をして、電話を切る。
疲れたので少しボーとしていると、少しいら立ちを含んだ声が私に飛んでくる。
「おい、ちゃんと手を動かせよ!」
「はい」
そう言ってパソコンに向かい合う。
パチパチとパソコンで入力をし、それを終えたら、プレゼン資料作成に取り掛かる。
ちらっと周りを見るとみんな同じようにして取り組んでいる。
そんなことを夜の9時ごろまで続け、仕事を終えた。
会社の履歴データでは5時で仕事を終えたことになっているだろう。
サビ残は当たり前だ。
残業を長く続けても、人事からいろいろと言われるだけにきまっている。
私は電車に乗り、少しの間眠りにつく。
降りるべき駅に着くと目を開けて重い体を無理やり動かし、家まで運ぶ。
途中でコンビニ弁当を買うことも忘れない。
家につくと、私は先ほど買ったコンビニ弁当を食べる。
「はぁ」
ため息をつき、風呂の方をちらりと見る。
「今日は……入るか」
今日は比較的早く終わったこともあり、風呂を洗い風呂が沸くのを待つ。
「疲れたなぁ」
こんな無気力な生活をもう10年以上送っている。
親からは孫の顔が見たいというが、体力的にも金銭的にも無理な話だ。
そもそも、こんな私を好いてくれている人がまだこの世界にいるだろうか?
そんな自分ではどうしようもないことを考える。
そんなことを考えていると、風呂が沸いた音がする。
もぞもぞと風呂場まで行き、ざぶんと風呂につかる。
「はぁ、やすらぐぅ」
私はそんなことを言う。
疲れが体からじんわりとにじみ出る。
少し体力が回復したような気がする。
そして、私は風呂から出て私服に着替える。
体力が回復した、と言っても部屋を片付けるわけではない。
私は部屋を見渡す。
飲みかけのコップ、いつ食べたかわからないお菓子の袋、空き缶、カップ麵のカップ……
「はは」
そんな乾いた笑いが私の口から出る。
我ながらよくも、ここまで散らかるものだ。
私はパソコンを開き、自分の好きなゲームに取り掛かる。
ゲームはいい。
このつらい現実から自分を逃がしてくれる。
特に今好きなのは『おじさんどこ行くの?異世界です!!』というゲームだ。
このゲームは文字通りおじさんが主人公の話だ。
私もそうだが、中年が主人公という斬新な設定が私たち中年層にぶっ刺さった。
今までにも様々なものを見てきたが個人的にこれを超える物語は存在しないだろう。
それぐらいには好きだ。
ネット小説投稿サイト『小説家出ます!』で大反響をよび、書籍化、コミックス、アニメ化、ゲーム化された人気シリーズである。
何でも、スピンオフのアニメ化まで決定したとか。
私はゲームからこの作品に触れ、信者になりそのまま小説投稿サイトに行き原作をすべて読んだ。
それどころか何十周もしたので、好きなキャラだけならセリフをすべて覚えている。
当然、ストーリーもすべて把握している。
だが、ゲームにはゲームならではの良さがあるのだ。
すっかり虜にされてしまった私は骨の髄までこの作品を味わうためにゲームもプレイしている。
そんなことを言っている間にダウンロードが完了したようだ。
私は椅子に座りゲームに取り掛かる。
だが、なんだろう?
何というか、全てが白と黒のばらばらのパズルのように見える。
たまにこの現象になるが今日は一段とひどい。
前が見えない。
私は手探りで自分のベットに戻り横になる。
なんだか、体も熱い気がする。
少し休もう。ここ最近、忙しいことが多かったから無理がたたったのだろう。
大丈夫、時間ならまだある。
そう思い、私は目をつぶる。
そこで私の意識は完全に切られる。
しばらくして意識が戻る。だが体はまだ熱い。疲れが抜けきっていないようだ。
時間はまだ大丈夫だろうか?
そう思い、私は目を開ける。
「……おお、この子がわが子か」
目を開けると、ひげのはやしたおじいさんが私のことを見ながらそんなことを言っている。
こいつ、誰だよ。と思ったがどこかで見たことがある顔である。
続いて別の人も顔をのぞかせる。
「かわいらしいですね、あなた様」
「ああ。なんとかわいらしいんだ」
その顔をのぞかせた人たちの顔を見て私は理解する。
ここは私が好きなゲーム『おじさんどこ行くの?異世界です』、通称『どこいせ』であると。
特段深い驚きはない。
こうなることは必然だったようにさえ感じる。
俺は二人を見る。
顔をのぞかせた男女の二人はどちらも非常に顔立ちが整っている。
男の方は金髪で鋭く黒い目をしている。
ゲーム内では『金色のファルコン』と呼ばれていた。
女の方は銀髪で赤い目をしている。
かわいらしいというよりも美しいという顔立ちをしている。
ゲーム内では『絶世の美女』と言われていた。(そのまんまだが)
ここまで言って分かったと思うが私はこの二人を知っている。
これほど美しい顔を持った二人をそうそう忘れるものか。
この2人は章ボスのワイズル・クルーゼの両親だ。
先ほどのひげのはやしたおっさんはワイズル・クルーゼの祖父にあたる人だ。
ワイズル・クルーゼというのはまぁ、典型的な悪役だ。
様々な外道な行いをして主人公に成敗される途中の章のボスだ。
そして状況から察するに私はこの2人の子供なのだろう。
つまり、私はワイズル・クルーゼとしてこの世界に転生したのだ。
ただの中ボスじゃん、と思うだろう?
だが、その人気っぷりは凄まじい。
おそらく、ラスボスや主人公一行並みに人気がある。
公式の人気投票では3位を取っていたりしていた。
理由としては3つだろう。
1つ目は単純に顔がいい。そりゃ、こんな顔立ちのよい両親から生まれたんだ。
顔が悪い方がおかしいだろう。
2つ目はめちゃめちゃ強いことだ。
主人公が全力で戦ってもかてなかった最初の相手だ。
中ボスにもかかわらず、ラスボス並の強さを誇っており、当時の絶望感はすさまじかったそうだ。
周りの仲間たちと協力しても勝てず、最後は様々な弱体化をされて、仲間だと思っていたメンバーが主人公達につき総力戦で戦ってようやく勝てたレベルだ。
巷では物語の中で最強との呼び声が最も高い。
3つ目は性格だ。
傲慢不遜極まった男なのだが、時たま見せる当たり前の気遣いがよいのだ。
ここまで熱く語ったが私はワイズル・クルーゼは最も好きなキャラのうちの一人だ。
なんといってもこの強さにほれぼれする。
なので、そのキャラに転生したことが実は嬉しかったりする。
前世で私は退屈でつまらない人生を送っていた。
それは紛れもない事実だろう。
だが、そんな人生の中でも出会えてよかったと思えるのがこのゲームだ。
私はそのゲームの推しの一人に転生した。
おそらく私がゲームと違って好き勝手に行動したらこの世界は、この大好きなゲームはぐちゃぐちゃになるだろう。
そんなのは嫌だ。
自分の生きがいともいえる、唯一夢中になったゲームを穢されたくない。
ならば、私はせめてこの世界で、この好きなゲームのストーリーをきちんと持っていこう。
私はワイズル・クルーゼとして歩むことを決めたのだった。
例えどれだけ過酷な人生だとしても。