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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

おやさいやま

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふーむ、一日分の野菜がとれる、か……。

 ああ、つぶらやくんも買い物しにきたのかい? このあたり、いまの時間帯はタイムセールだもんなあ。半額お弁当には、どうにもあらがいがたい魅力がある。

 僕もひとまず、お目当てのものは確保してしまって、あとは何を追加しようかといったところ。


 食べるとしたら野菜がいいといわれるものの、いちいち複数のパックを買うのは手間がかかる。

 その点、これで一日分を済ませることができる……という売り文句は、何かと無精な性分にすっと染み入ってきて、そいつを選ばせるパワーがあると思っているんだ。

 ただ、そいつが本当に役立っているかは、結果をもって見るしかない。

 パッケージの文句をあてにしたとて、そいつが健康を保証してくれるわけじゃないからね。

 個人差、生活習慣その他で、いくらでも身体には影響があらわれる。最終的には自分で手探りしていくしかないとはいえ、少しでもいい方向に進む外部からの働きかけがないかな、と期待してしまうもんだ。

 

 しかし、こちらから求めるのみならず、向こうから押し売りしてくるケースもなきにしもあらず。

 はっきりノーを突きつけないと、面倒になる事態はあるかもしれない。

 僕の以前の話なんだが、聞いてみないか?



 あれは大学に合格して、ひとり暮らしを始めてから、ひと段落したあたりだったか。

 食生活はどうにも親に心配されるものだった。全然、自炊ができない派なものだからな。

 包丁とか握るのでさえ、常人よりケガリスクが高いと自負しているんで。それなら出来合いのものを買った方が、ずっと気は楽、身体も楽。

 その時からの基準が、例の「一日分の~」というやつだった。

 こまごま、品目などを気にする手間を考えたら、誰かが用意してくれたものを口にするほうが、よっぽどストレス軽減になる。

 僕は日ごろから品物の表示に気を配り、それらを優先して手に取るようにしていたのだけど。


 とある休みの日の午後くらいだったか。

 この時間帯は午睡をむさぼるのが、何もない日における僕のルーティンワークのひとつ。

 平日に溜まりがちな睡眠負債をせっせと返す。実際には効果ないとかいわれるが、こいつは気持ちの問題。

 好きなタイミングでうとうとできることに、甘美な味わいを感じないものが、どれだけいようものか。

 だから最初は、耳に飛び込むその文句も、夢の産物だと思っていた。


「おやさいやま~、おやさい~、やまやま~」


 えらく幼い声に、えらく調子っぱずれなメロディ。

 かの石焼き芋の歌の空気をかもさないこともないが、一度聞けばわかる。

 ヘタクソだ。比べるのもおこがましいほど。幼稚園のお遊戯会だって、もっとうまくやる。

 壊れかけの鍵盤ハーモニカが、青息吐息で音を鳴らしているのだろうか。

 僕の眠りを覚ますに、十分すぎる音痴っぷり。つい身をおこして、窓を見やってしまう。


 実際、石焼き芋の屋台というものを、僕は見たことがない。

 タイミングが悪いのだろう。これまで石焼き芋などは、歌の中に現れる、ほぼ幻の存在のように思っていた。

 その「おやさいやま~」に関しても、屋台の姿を見ることはない。声だけが近所を通りすぎていく。

 得体のしれないやつだなあ、と窓に張り付くように周囲をうかがう僕だけど、やがてあることに気づいた。


 近所の家々の雨戸が、しっかり閉じられている。

 すでに季節は春を迎え、今日などはほぼ夏日といっていい温暖ぶり。僕の部屋も窓の端はそこそこ開けて、網戸から涼しい空気を取り込んでいるところだった。

 昨日まで、いや午前中まではいずこも同じ、夏の訪れだったはず。なのに、いまこのときだけ冬が舞い戻ってきたかのように、防備を固めてしまっている。


 ――まさか、あの「おやさいやま」の音痴っぷりに、拒絶の意思表示か?


 あながち妄想ともいえないほどの災害ぶりだからねえ。

 もし近所にあらわれたら、ぜひ聞いてほしい。僕の言わんとしていること、秒で察してくれると思うが、本当にまずいことはのちほどに起こった。


 おやさいやまの声が聞こえなくなるや、みんなが次々に雨戸を開放していく、妙な光景を目の当たりにしながら、僕は外へ出る準備を始める。

 地元のスーパーのタイムセールの時間だ。

 たいてい閉店数時間前とか、朝一番とかに半額などの大幅値引きをされて売り出されるものだけど、僕のいた近辺では別。

 午後三時のおやつどきから、午後四時半の夕飯支度あたりまで。特別な値引きセールが行われる。

 レアケースだと6割、7割引きのシールが飛び交い、いろいろ心配してしまうところ。

 その実情を知ることができるのも、ほんの一部の歴戦消費者ばかりなのだけど、その日は具合が違った。

 ほとんどのものがたちまち争奪戦のさなかに取り込まれる中、でんと積まれたままの山がある。


 野菜どんぶり。

 例の一日分の野菜を、これひとつで摂ることができるシリーズの一品。

 このスーパー手作りのそうざいのひとつで、他の肉なり炭水化物なり、人気の出そうな料理と並び立つくらいだから、看板料理といっていいだろうね。

 僕もこれまで何度か食したことがある。

 もやし、キャベツがボリューミーに重ねられているかと思いきや、ちょっと崩すとその下からトマトにオクラにカボチャにブロッコリーに……と緑黄色野菜の数々が顔を見せる。

 素材の味を生かすのだか分からないけれど、そのままでもりもり食べるのには、そうとうヘルシー志向な舌を求められる。僕とて、イタリアンドレッシングをひと振りしないと食欲が最後まで持たなかった。

 それでも売り文句に偽りないだろうな……という勢いには、一目置いている。

 事実、これまでのタイムセールでもしばしば売り切れる勢いを見せ、需要はそれなりあるはずなんだけど。


 この日は、ピラミッド状態から不動の構え。

 誰かが手に取ったことによる、位置の乱れさえもない。値札に関しても80パーセント引きという、これまで見たことないレベルのものがついていた。

 消費期限がきれているわけでもない。なのに、もはや底をついている他の面々に比べて、あまりにゆとりある構え。

 その姿勢に、つい手を伸ばしてしまうが。


「やめといたほうが、いいと思うけれどねえ」


 タイムリーにひびくのは、おばさんとおぼしき女性の声。

 振り返った。

 夕方どきに、そこかしこを往来する客と、いまだこの近辺に残るおそうざいたちを買い占めていく面々。少し離れたこのコーナーを見やる人は、誰もいなかったよ。

 聞き違いかな、と改めて野菜どんぶりへ手を伸ばしてみる。制止の声は、あがらない。

 もう一度だけ、あたりを見回したあと、僕はさっとどんぶりを買い物かごへ入れる。

 はたから見れば、盗人みたいな怪しい動きだろうなあ、と振り返ってしまう、自らの素振りだったよ。



 家で食してみると、味などに特に変わりがなかった。

 すっぱかったり、妙な臭いがしたりなどせず、ドレッシングが欲しくなるのもいつも通りだ。

 野菜がそこまで好きじゃないから、食べている間はほとんど息をせず、味わうことなど二の次でひたすら栄養補給の心持ち。どうにかすべてを詰め込んだはいいけれど、数時間後の睡眠中。


「おやさいやま~、おやさい~、やまやま~」


 そのヘタクソさに、ぱっと目が覚めちゃったよ。

 忘れられない、昼間のひととき。まさかまた、聞くことになるなんて。

 ふっと身体をおこそうとしたけど、今回はそうはいかない。ぐっと下腹へ走る痛みが、ろくに上体を起こさせてくれなかった。

 愚直に腹筋をしまくってから、しばらく経った後のようだ。味わうと「もう二度とやるもんか!」と後悔しながら、またいつかやってしまうやつ。

 とはいえ、この日はそこまで腹筋を酷使していない。それがどうして……。


 考えている間に、次に襲われるのは嗅覚。

 野菜独特の青臭さが、鼻に滑り込んでくるや、足元から立つのは小松菜など、歯ごたえある葉物野菜をそしゃくするような、小気味よい音たち。

 まだ痛む腹筋を、いたずらに刺激しないようおっかなびっくり。そろそろと持ち上げていく。そのギリギリのところで、僕は布団からややはみ出している、自分の両足の先を見たんだ。


 十本の指、そこにそなわる十の爪。

 それぞれの爪先が真っ黒になっていた。そこへたかり、うぞうぞとうごめく無数の黒い虫たちに包まれてだ。

 音も臭いも、すべてそこから来るようだった。

 彼らが身をよじるたび、痛みがそこへ加わって、三重奏はなお強さを増していく。


 ――こいつら、僕の爪を食べているのか!


 声を出そうとしただけで、じくりと走る腹の痛みに悲鳴をあげかねて、僕はひたすら頭で思考したが、そこまでが限界。

 まるで昼寝に誘われたときと同じく、睡魔が降り落ちてきて、それ以上の景色を見ることなく爆睡。

 次に目が覚めたときには、もう朝になっててさ。あらためてみるつま先は、深爪も深爪で血がにじんでてさ。

 どこも不揃いのギザギザしたふちをさらしていたんだ。


 あの声のうたう、おやさいやま。

 そいつはきっと、こいつらの食らう野菜の山のことを指していたのだろう。

 ヘタクソな声を聞いたものは、知らぬ間にその身体を野菜の山と化す、下ごしらえをさせられる。だからみんな、音が届きにくいよう、こぞって雨戸を閉じていたんだろうねえ。

 そしてそいつは、聞いた奴が野菜を摂取することにより、完成を迎えるのだと。

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