プロローグ
おーきな空だなー。
目を開けて入ってきた光景に抱いた感想がそれだった。
薄い青色が見える範囲すべてに広がっている。
雲1つ浮かんでいない、何にも遮られることのない空。
今までに見たどの空よりも広く、大きかった。
柔らかい風が頬を撫でる感触や、風に少し動かされた髪が額を擦る感触が優しい。
眠いわけでもないけれど、その優しい感触に身を委ねて目を閉じた時、声が聞こえた。
「なんだ、お前」
警戒が色濃く感じられる低く固い声が。
人がいたのか、なんてのんびり考えてからその声に答えることにした。
いや、答えではないけれど。
ただ、答えようとしていることは事実だ。
「なんだとは、どういう意味かな?」
何かを考えていたのか、一拍置いてからその人は質問を重ねてきた。
「どうやってここに来た? お前は何者だ? 一体なんのためにここに?」
一気に尋ねられてうーん、と返答を考える。
自分と、質問攻めしてくる彼の状況を想像する。
「どうやってと言うなら、現世で死んでやってきたというしかないんじゃないかな。
だから僕は死者で、君もたぶんそうでしょう?
別に目的があってここに来たわけじゃないけど、
地獄ではなさそうだし生まれ変わるためとか、平和に幸せな時間を過ごすためとかできたのかもしれないね」
天国やあの世ってなんのためにあるんだっけ、と昔読んだ小説の話を記憶の中から探し出した。
「なんの話だ……? お前、生きてるだろう?」
さっきまでの警戒一色のような声に半分くらい戸惑いが混ざったようだった。
「いや流石に生きてはいないでしょ。
君はもしかして死ぬときの記憶を覚えていないとか?」
「俺は、死んでない」
「うーん、信じたくないかもしれないけど僕は死ぬときのことを覚えてるし、あそこから命が助かるわけがないのもわかる。
仮に助かったとしてもこんな空の下で放置されてるのはおかしいし、目が覚めるとしたら病院のベッドじゃない?
君はどうやってここに来たのか、死んだ以外に答えられるの?」
なんだか、話しだしたら話そうと思っていた以上に言葉が飛び出てくる。
なんで、と思うまでもなくこんなに誰かと会話をするのが久しぶりで、嬉しいからだとわかる。
そうか、会話する人がいないのが寂しいなんて当たり前の感情が自分にもあったのか。
無意識に詰めていた息を吐き出そうとして、ため息のような音が出た。
「俺は昨日家を出て、仕事のためにここまで歩いてきた。
ずっと生きてる」
相変わらず低く固いその声が話す内容に、閉じたままでいた目を開ける。
何か想像していなかった事態の中に自分がいるのかもしれない、と気づいた。
声が聞こえていた方向に顔を倒してその姿を確認する。
思っていた通り男だったけれど、薄い緑色の髪の毛とか、深い緑色の瞳とか、何より横に長く伸びて先が尖っている形の耳だとかは見たことがないもので、横たわっているはずなのに膝から崩れて倒れそうな心地がした。
「君は、何なの……?」