シェリルの魔法と更なる秘密と
アッシュの黒髪が喉元に当たってこそばゆい。
温かい頭の重みが嬉しい。
幸せな気分に浸っていたら、キッチンで薬草を煎じていた母の姿を思い出した。
母は植物に詳しい。わたしは花を眺めるだけで効能を見抜くことができる。
それがわたしたちに備わった魔術特性なのかもしれない。
「その魔女のポーションね、大したものじゃないわよ? 心当たりがあるの。昔母が、若いお嬢さんと再婚した伯父に作ってあげてた。アッシュが機能だけ今すぐ回復したいって思うなら、わたしにだって作れちゃうくらいのもの。原料はわたしのホワイトガーデンに生えてるから」
「生えてる?」
「だから安心して、焦らずに私を愛して。ゆっくり心を癒せばいいから……」
「ありがとう……、治ると聞けば引け目も負い目も劣等感も、薄れる気がする」
「引け目も負い目も劣等感ももともと要らないの。だってあなたは今のままでも、わたしに心から愛されてるんだから……」
胸の間に抱きしめていた頭が頷いて、「愛してる」と囁いた。
そしてゆっくりと頭が上がってきたかと思うと、キスしてくれた。
そっと目を開いたら、ブルーの瞳が、
「気持ちがあふれてどうしたらいいかわからない」
と語っていた。
いつまでも口づけしていたいと思って、そっと微笑んで瞳を閉じると、アッシュもそうだったらしくて、また口づけしてくれた。
そして、ちょっと離れて息をついたかと思うとまた、くすぐったそうに微笑んでまた、頬に、睫毛に、耳にキスされてまた……。
その後朝まで、どれ程イチャイチャしたかは内緒だ。
朝一で教会に行って正式な夫婦にならないと心苦しい程度、と言っておこう。
教会からの帰り、隣接している公園の、色とりどりの秋桜が咲きそろった小道を歩いた。
花言葉は、『乙女の真心』。
わたしは自分の持てる力、知識も魔術も愛情もありったけを使って、夫を支え、幸せにすると心に誓っていた。
夫は、
「誰にも、結婚を正式には届け出てないことを黙っていたんだ」
と、向日葵のように笑う。
わたしに虫がつかないようにするためだったと殊勝な顔を見せても、公爵邸に引っ越すにあたっては、わたしまでをも騙したことになる。
「飛んで帰って手続きできなかったの?」とわたしが意地悪を言うと、
「できないことはなかったけど……、隣国の向こう側の国境だよ? あの距離飛ぶと消耗して4日は目が覚めない。往復で1週間以上寝てるわけにはいかない」
と、どこか言い訳がましい。
「まだ何か隠してない?」
と問い詰めると、「実は……」と重たい口を開いた。
「シェリルの卒業式をこっそり眺めた……」
「ウソでしょ! なんで会ってくれなかったの?」
「4日間寝通して、シェリルに見せられる風体じゃなかった、ひげ剃ってないし急いでたし、誰も私が王弟だと気付かないくらいで。君の兄さんが参戦したのは卒業式の1週間前だっただろう?」
「ええ」
「入れ替わりに私が飛んで帰国して、とりあえず寝て、卒業式でシェリルが美しく成長したのを確認し、公爵邸にシェリルを囲えるよう王に根回しをして、戦地に戻った。婚姻届のことはどうでもいいかなって」
「囲うって酷い言葉」
「軟禁したかったんだよ。他の男たちに会わせたくもなかったから」
「わたし、うかうかと軟禁されちゃったのね?」
「そうだね」
アッシュがいたずらっぽく目を煌めかせて、
「後ろめたいが必死だったんだよ」
なんて言うもんだから、わたしもつい、笑ってしまっていた。
わたしたちの結婚が『白い結婚』どころか5年間もフェイクだったと知る人は誰もいない。
例外がひとり、今回書類を受理してくださった牧師様だけれど、「届出書類をこちらが紛失したということにしておきますから」と笑われてしまった。
これからが、わたしとアッシュの甘々な結婚生活のはじまり。
その時は、魔女と夫の間に男の子がひとり生まれていたことなど知る由もなく。
とは言ってもこれはまた別のお話。
ー了ー