アッシュ殿下は魔法使い
性的虐待の記述があります。苦手な方はブラウザバックをお願いします。
アッシュは全てを話すと覚悟を決めたらしく、顔をしかめることはあっても、口を閉ざすことはなかった。
「敵国は黒百合部隊っていう魔女傭兵団を持っていてね、奴ら空を飛んで上から攻撃してくるんだ。隣国もうちも魔導部隊があるんだが、空中戦は得意ではない」
「この国に、魔法を使える人がいるの?」
「いるよ、たくさん。王家は皆オールラウンダーだし、君の兄さんもいろいろ使えるんだからシェリルだってきっと」
「ウソ」
「うそじゃない、魔法だと思ってないだけだ。軍は特に、皆の魔法特性を調べて組織するようになってる。今回は援軍として後方支援が求められてたんで、飛翔力を持つ者は数人しか連れていかなかった。それで苦戦した」
「空飛べる人がいるんだ」
わたしの相槌はおバカ丸出しだ。
「私がどうやって敵の牢獄から自陣まで帰ったと思うんだ? 片足から流血ダラダラだったけど、意識がなんとか保てたから飛べた」
「飛べるんだ……」
「ま、火事場のバカ力だと思ってくれ。蝶々のようにお気楽に空を飛ぶわけじゃない」
「わたし、あなたのこと何も知らない……」
アッシュはクスリと笑って、「だから今話してる」と言った。
「私を竜巻に乗せて拉致したのはその魔女部隊だった。全く油断していたとしか言いようがない」
一文一文区切るように、アッシュの口から訥々と言葉が洩れる。
「気づいたら横たわっていて、両手右足はロープで、左足は鎖で繋がれていた」
「気持ちのいい話じゃないが、言ってしまうよ? 魔女たちは自分たちのスキルと、我が国特有の、特に王家の魔術特性の良いとこ取りしたハイブリッドを欲しがっていた」
「赤茶色で砂を噛んだような味のポーションを飲まされたんだ。すると、急にドキドキして身体が勝手に興奮し、できる状態になる。そうしておいて、魔女たちは我先にと跨ってくる。何度も、何人も、何日も。部屋には腐った百合のような匂いが立ち込めて……」
私は数十秒の絶句の後、やっと言葉を挟んだ。
「それで百合が嫌いになったの?」
「白百合はいい匂いだとはわかるんだが、匂いの根底が同じなんだ、手が震える」
「ごめんなさい。トラウマを刺激して……」
「魔女たちは慎みなんてものは持ち合わせていないようで、私を繋いだ部屋にたむろして、順番を待ちながらしゃべっていた」
「奴らの言葉は全部はわからなかったがだんだん耳が慣れてきて、隣国の軍事拠点名が出てくることに気付いた。『アンタ次はどこ担当?』『キリル・ダム決壊作戦』『私はノブル渡河点襲撃』なんて調子の会話らしかった。それを自陣にいる通信者にテレパシーで送った」
「テレパシー!」
アッシュの独白にわたしの驚きが割り込んだ。
「戦争の後半、我が軍の参謀をしてくれたシェリルの兄さんが、その情報から的確に軍を展開してくれてね、魔女の砦を包囲することができた」
「兄さんが参謀?」
「アイツは広範囲を鳥瞰できる」
「鳥瞰?」
「空から見下ろす視線を持ってる」
「ウソ、そんなの聞いたことない」
「まあ、普段使いみちはあんまりない」
ブフッとアッシュが笑ったからわたしもちょっと嬉しくなった。
「魔女たちが砦から逃げたところで、ロープを焼き切って、火薬庫にあった爆薬を引き寄せた」
「魔法で?」
「ああ、これは飛ぶより簡単だ。ただアイツらの爆薬の純度が計れなくて分量が読めなかった」
「自陣に合流したところで応急処置と、痛みを忘れるためにアヘンを飲まされた」
「隣国の城で医者に診てもらって、痛みに耐えるほうが身体に良いからとアヘンは辞退したんだが、毎日飲まされてるお茶がセントジョーンズワートだと後から知った」
「オトギリソウ? あ、トラウマ、PTSD緩和のためね」
植物の話ならわたしにでも口が挟める。
「そうだ。酷い目に遭ったんだろうから、飲ませておけっていうくらいの親切心からの処方だったんだろうが、私には副作用のほうが顕著に出た」
「頭がぼうっとして、会いたくて、抱きたくて仕方なかった妻を見ても身体が反応しない。目に映るものが何だかわかっていても心に響かない。オトギリソウは抗うつに効くと聞いていたが、副作用のほうがうつ状態だ」
「軍から支給されたハーブティーを、カリッジは律儀に私に飲ませていたらしい。そんな状態では、シェリルが生けてくれる白い花々ばかり目に飛び込んでくる」
「鈴蘭、白薔薇、鉄砲百合、白い百合はどれも花言葉は純潔よね」
アッシュの体験を知っていたら違う選択もできたのにと、後悔の念が胸に湧く。
「白いアイリスは純粋、芍薬は幸せな結婚だ。皮肉としか言いようがない」
「あなた、そんなに花言葉に詳しかった?」
「シェリルが詳しいから花を贈るたびに間違えないよう気を付けてたんだ、学生の頃にね」
「わたしが花を生けて無言のうちにあなたを責めてるって思い込んじゃったのね」
「自分に負い目があると、そうなるもんさ」
アッシュの笑顔が淋し過ぎて、わたしは大きく反論したくなる。
「あなたのせいじゃないじゃない。あなたが負い目に感じることなんて何もないでしょう?」
「自分の身体が自分を裏切るって恐くて情けないことだよ」
「バカね」
「酷いこと言うね。オトギリソウの副作用は抜けても、私はまだシェリルを抱くことができない。その行為自身に恐怖を感じるんだ。興奮してるのに、シようと思うと萎える。これから先、治るかどうかもわからない。誰でもいいからただ抱いてもらいたいなら、実家に帰ったほうがいい。私はシェリルを繋ぎ止める価値のある男じゃない」
「大バカだわ。さっきわたしが何て言ったと思う? 抱いてくれないと別れてやらないって言ったつもりよ? 抱けないのなら別れられないでしょ?」
やっとわかり合えたのに、まだ別れるとかいうアッシュが情けない。
「だから論旨が滅茶苦茶だって言ったんだ。女の幸せを求めるなら今すぐ実家に帰って男気ムンムンなヤツを探して……」
「いい加減にして。相手があなただから離縁されるなら最後に抱いてほしかったの。誰でもいいから男が欲しいならってそれじゃ魔女たちと同じじゃない」
「シェリルは違う?」
「もちろん違うわよ。こうやって抱っこしてくれるだけでいいから、今でも好きだって言って」
「言っていいのか? 私に言う権利はあるのか?」
「もちろんよ」
「シェリルを不能男に縛り付けてしまうのに?」
「それでもいいの。他のことで愛情示してくれてもいい。できるところまでシてくれてもいい、何だっていいから、好きなら手放さないで。もしあなたが爆薬で局所を失ってしまったとしても、わたしを好きなら好きだと言って……」
アッシュはもう何も言わずに、深い深いキスをくれた。
あの白い結婚式だってついばむようなキスしかくれてなかったから、これが初めて。
「シェリル、シェリル、シェリル……シェリルはいい匂いだ……」
わたしを抱きしめていたはずのアッシュはわたしの胸に顔を埋めた。