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3/7

社交界復帰歓迎パーティ


 夫婦そろっての初めての公式行事に出かける前に、わたしは玄関先の鏡を覗き込む。


 アンが念入りに「王弟妃として恥ずかしくないように」してくれた姿。


 この外見に見合う自分を内側から引き出そうと、なんとか勇気を奮い起こす。


 髪は既婚者としての品のいいハイアップスタイル。多めに残したおくれ毛が頬の左右で縦カールに遊ぶ。


 ドレスは袖に、長手袋と同じ刺繡の施された、光沢のある高級シルクのクリーム色。

 わたしの甘やかなブロンドを濃い目に輝かせ引き立ててくれる。


 首元には肌の色を優しく見せるピンクパールのチョーカー。


 格が高ければ高いほど、激しい色は着ないもの、色は抑えて質で勝負すること、と母にもアンにも言われている。


 昔は白が一番好きな色だった。

 白い花だって緑がかっていたり、ピンクがかっていたりそれぞれで、見ていて飽きない。


 今は白い花には罪はないけれど、白という文字は嫌い。


 自分に閉じ籠ってはダメ、現実に気を向けなくては。


 わたしは社交馴れしていない。


 アッシュ殿下がいない間、外出は極力避けていたから。

 夫の留守中にわざわざ兄や父にエスコートを頼んでまで出席したいと思う催しはなかったのだ。


 国王陛下と王妃様は、結婚式に来てくれなかったこともあり、まだ直接お言葉をいただいたことがない。

 義理の妹になったはずなのに。


 今夜はそんなわたしが値踏みされる場でもある。

 せめて、夫や実家、親戚に恥をかかせない振る舞いをしたい。


 王宮大広間でのアッシュ殿下は、わたしがあげた杖をつきながらも、立食パーティの間中微笑んでいた。


 自宅で見せていた不機嫌さのカケラもなく。

 そしてエスコートは完璧。


 でも、入場の直前、大広間前の段差でふと立ち止まったから気付くことができた。

 まだ、痛むんだと。

 だから、逆に私の腕を掴んでもらい、夫の体重をいくらかでも支えられるようにした。


 中に進んでいくと、王様の従者が玉座の隣に用意されている椅子に夫を案内しようとしたが、夫は首を横に振って辞退した。

 意地でも立っていたいらしい。


 夫は右手にシャンペングラス、左手にステッキ。

 疲れてくると、人に気付かれず体重を支えられるテーブルに寄りかかっていた。


 給仕がカナッペの盛り合わせ皿を配っていて、わたしがひとつ受け取ると、殿下は口をパカッと開けてウィンクした。


 わたしはドキッとしてしまったけれど、夫には空いている手が無いのだから、「あーんをしろというのね?」と観念して、スモークサーモン載せやウォルドーフサラダ詰めを次々と口に運んだ。


 いくつか食べるとシャンペンを飲み、ローストビーフやジビエ・パイに目を落とす。


 次はこれね、と夫の目線の指示通りに動いたに過ぎないのだが、夫はわたしに終始笑顔で接してくれて、傍目にはさぞや仲睦まじい若夫婦に見えたことだろう。


 ダンスは、「ワルツとか二人っきりで踊るのはダメ、ペアが代わるグループダンスならOK」と耳打ちされたので、兄を最初のパートナーとして、ベルガマスク舞曲をいくつか踊った。


 兄は次期侯爵、まだ決まったお相手がいないことから、わたしと踊ることで女性のギラギラした視線から逃れようとしたのだろう。


 王妃様は体調がすぐれないらしく今夜は踊らないということで、王様と一対一で一曲踊ることになってしまったけれど、夫は、同級生で従軍仲間だった私の兄を義兄と呼び、国王を実兄と呼んで上機嫌だったのでホッとした。


 でも、王様が玉座に戻ってから、殿下は私の兄に「そろそろ子どもは?」と聞かれて、「いや、お世継ぎができないとね」と肩をすくめていた。


「そんなの、関係あるか?」

 と兄。


「もう2度、流れてるんだ……。ヘンなプレッシャー掛けたくない」

 と夫。


 いつもはそんな話題苦手で何の話かわからないわたしなのに、その時だけはわかってしまった。


 夫は、王妃様の身体のほうが心配らしい。


 わたしと本当の、名実ともに夫婦になるよりも、お兄さんの跡継ぎが大事。


 もしかしたら、自分が玉座を奪い自分の子に継がせたいという野心があると、思われるのがイヤ。


 「愛」はどこにいってしまったんだろう?


 学園で囁いてくれた好きという言葉。王庭を散策した時の笑顔。戦地からくれた手紙の「愛を込めて」という綴り。


 もうどこにもない。

 ううん、最初からなかった。


 身も心も捧げ合う恋愛じゃなく「白い結婚」なのだから。


 夫はわたしに触れようとしないのだから。


 わたしに求められるのは、取り乱さず完璧な王弟妃殿下を演じること、ウェセックス公爵夫人として恥ずかしくない立ち居振る舞いに徹すること。


 心が凍り付くともうダンスも楽しくなくなった。


 格下の若い貴族令息たちが、「わたくしにも公爵夫人のお手を取る光栄をお与えください」などと誘ってきたけれど、微笑をたたえ、首をほんの少し横に振るだけでやり過ごした。


 するとなぜか、「さすが王弟妃殿下、公爵夫人、あの気品……」などと囁かれてしまったけど。


 それを見てのことなのか、アッシュ殿下は「そろそろ帰らないか? 君が疲れたことにしてくれると助かる」と囁く。


 わたしはすぐに同意して、関係各位に笑顔を振りまき、お暇を告げた。


 夜、夫婦の寝室に久々に殿下はやってきて、花瓶を見ながら「今日は白薔薇か」と呟いた。


「殿下もお疲れでしょう?」

 と背中を向けると、初めてふたりのベッドに入ってきた。


「わたしが自室で休みましょうか?」

 と振り向きもせずに尋ねると、「そこまで毛嫌いしなくてもいいだろう? 夜会では優しかったのに」

 と不貞腐れ、背中合わせに側臥すると、すぐに寝入ってしまった。


 パーティが楽しかっただけに、そのギャップに心が痛んだ。傷ついているのが自分だけだと思っている夫が憎らしい。


 明けて翌日の夕刻、それが今。


 わたしのホワイトガーデンで風に吹かれる花を愛でながら、心も身体も疲れ切っていることを自覚した。


 殿下がわからない。

 内と外とのギャップがつらい。

 わたしを想ってくれているのかどうか、カケラも見つけられない。


 今晩、どこで寝たらいいのかもわからない。

 花を生けてもいいのか、やめたほうがいいのかさえ。


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― 新着の感想 ―
[一言] >殿下がわからない。 私「殿下がわからない」
[一言]  ベッドに入ってきたその時が歩み寄りのチャンスだったのに! …というのは、俯瞰して見られる読者の立場だからですねぇ。
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