白い花咲く庭で白い結婚式を振り返って
青く暮れる夏の宵、やっと涼しくなった風に吹かれながら、ホワイトガーデンの中のベンチに座っていた。
さまざまな白花に混じって白百合が揺れている。
頭の上のパーゴラに絡んだ満開のつる薔薇からわたしのブロンドに、白い花びらと甘い香りが降り注ぐ。
わたしの結婚生活には、甘さなんてかけらもないのに。
わたしはシェリル、現在20歳、侯爵令嬢として生まれ、王弟殿下に嫁いだ。
愚かだったと思う、結婚当時わたしはまだ15歳だったのだから。
その日も王立学園からの帰り、婚約者である王弟殿下に、いつものように徒歩で送ってもらっていた。
侯爵令嬢なら馬車でしょ、と友人にも母にも言われたけれど、わたしは公園や道端に咲く花々を眺めるのが好きで、特に王弟殿下が「一緒に歩く」と言ってくれてからは、下校時が一日のうちで一番のお気に入りの時間で。
学園と自宅の間にある公園の花盛りのライラックの横を過ぎる時、ふと足を止めた殿下に「シェリル、今すぐにも挙式を」と言われて舞い上がってしまったのだ。
「シェリル侯爵令嬢、私は10日後に、軍を率いて隣国に行くことになった。お隣がそのまた隣の国と戦争になっていることは知っているね?」
「はい……」
「王である兄は王都から動けない。公爵である叔父に行ってもらうという案もあったのだが、スキルを考えても隣国に対する礼儀としても、援軍のトップは王子の私のほうが良かろうと……、私ももうすぐ17、学園からの卒業を待つまでもない、私が行くことにした」
バカなわたしは結婚式を挙げるという話と戦争がどう繋がっているのか、少しもわからなくて。
「あ、あの、アッシュ王弟殿下、わたしまだ、お嫁さんにはなれません……」
我が国の婚姻法では、結婚年齢は満16歳以上だ。
「ああ、わかっているよ。突然で混乱してるだろうね。申し訳ない。でもただの婚約者同士のままで放置したくない……、昨今、婚約破棄は流行り過ぎていて」
「わたし、ちゃんと、殿下をお待ちしてます」
恋する乙女の固い意志を舐めないで、なんて思っていて。
「婚約者が待ってるより、妻が待っていると思いたい、という私のわがままだ。どんな苦難が降りかかろうが、絶対妻の元に帰ると思えば自分も強くなれる気がする」
そんなに厳しい戦争になるのかと、いつもは眩しくて合わせられない視線を、殿下のブルーの瞳に合わせた。
「そんなに心配そうにしないで。結婚、してくれるね?」
わたしがコクリと頷くと、王弟殿下は精悍な顔立ちに貼りついていた緊張感をやっと緩めて、
「式は16になるまで教会ではできないから、手入れの行き届いた侯爵の庭で大切な人々と花に囲まれて祝福してもらおう」
と微笑んだ。
そう、その次の言葉だ。
殿下はどこか、そわそわと黒髪を揺らして、
「もちろん、白い結婚だから」と。
その時確かにわたしは、「はい」と答えてしまったのだ。
日にちがないからその足で、王弟殿下は家にいた父とだんどりを決めていた。
私は無邪気にも母に、「結婚式をしてくれるんですって! うちのお庭で。ドレスもブーケも真っ白にして! 鈴蘭がいいわ。殿下が『白い結婚だ』って」
母は眉の間を曇らせて「殿下がそう仰った?」と尋ねた。
「そうなの! ウェディングドレスは純白以外あり得ないって、ね、お母さま」
あれから5年、私は母の憂いを身をもって感じている。
5月に式を挙げ殿下はパレードを率いて出陣した。
でもわたしの身辺はその後2年間何も変わらなくて、王立学園で学生生活、自宅で花嫁修業。
週に一度隣国の殿下から手紙が届き、同じ頻度で返事を出した。
17歳の7月、卒業式の後、殿下の帰国を実家で待っていたらいいのかと思ったら、王弟の紋章付きの四輪馬車が迎えに来た。
「最愛なるシェリル 卒業おめでとう。王から新しい屋敷をいただいた。私が帰るまで、殺風景な家を住みやすくしておいてほしい。あと1年でこの戦争、勝ってみせる。よろしく頼む。愛を込めて。アッシュ」
という、事務的ともいえる書状を添えて。
父に聞いたところ、殿下は王妃様の懐妊を機に王宮を出て、空位になっていたウェセックス公爵領を賜った由。
世継ぎが生まれ無事育つまで、王位継承権はトップ、王太弟であることには変わりないけれど。
わたしは、身の周りをしてくれるチェンバーメイドのアンひとりだけ連れて、主のいない婚家に引っ越した。
王家から派遣された召使いの人たちと仲良くなれるかとても不安だったのだけど、カリッジという名の家令は、非の打ち所もなく、召使い皆をテキパキ働かせ衣食住を整える傍ら、屋根や壁の修繕もどんどん済ませてしまう。
歴史はあるけれど淋しいと思われた公爵邸に血脈が通い、瞬く間に住み心地のいいお屋敷になった。
わたしは、女主人として各部屋の模様替えに意見を言わせてもらったりしたけれど、その後はすることもなかった。
夫が戻るまで、家計は家令が管理するとのこと。
日々、快適に過ごさせてもらっていても、自分の役割も居場所もないのが落ち着かず、カリッジと庭師の棟梁に頼み込んで、広大な庭の端に私のシークレットガーデンを造らせてもらうことにした。
花に囲まれて居たかったから。
つげの刈り込みで八角形の花壇を作る。
真ん中にパーゴラを建ててつる薔薇を絡ませる。
八等分した花壇に、実家のホワイトガーデンから、大好きな花々を移植する。
花を取りに行くといえば足しげく実家に帰っても咎められない、そんな思惑もあった。
「母に会いたいから馬車を出して」というよりは、「百合の球根を掘ってくる」と言うほうが気が楽だったのだ。
カリッジも庭師も召使いの誰もが、笑って送り出してくれた。
そうやってできたのが、今座っているこの、ウェセックス公爵邸のホワイトガーデンだ。
庭ができても殿下は帰ってこなかった。