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少女は魔獣に乗って

ソラ君と待ち合わせた私は、リコットちゃんの家までの道のりをデートの如く楽しみました。


ほんのわずかの大切な時間――。

 ソラ君や私たちの住む王都の北側地区――貴族や有力商人、騎士その他――比較的裕福なものたちの住宅街を下ると商店街を兼ねた南北を分断する大通りに出る。

 休日の人であふれる大通りを軽くもみくちゃにされながら横切り、南側住宅街に入るとさらに奥へと進んでいく。

 通りを抜けるときにさりげなく「こっち」と彼に腕を掴まれ引っ張ってもらって。

 人通りがまばらになるとすぐ手を離されてしまったけれど、心臓の鼓動は早まるし顔が紅潮してまともに彼の顔を見れない。



「あ、ありがとう……」


「あそこはいつも混むからねー、慣れないと流されちゃって抜けるの大変なんだー」



 ソラ君は再びのびのびと歩みを進める。

 触れたことなんて何でもないように。


 もう少しドキドキしてくれたっていいのに……。


 住宅街を南下していく。

 南側の地区は北側と違い家屋も庭も小ぢんまりとして狭い区画に詰め込まれている。

 軒先同士に縄が張られ洗濯物がはためき、私たちが歩く傍らを子供たちが声をあげながら走り抜けていく。


 新緑、初夏の陽気で法衣ローブ姿では少し汗ばんできたころ、ひしめいていた住宅がまばらになり針葉樹の林に出た。

 この辺りまでくると舗装の行き届いていない地面になる。


 そのまま道なりに進みひとつ丘を越えると視界が開けた。



「わ……!」



 一面の緑。

 色の浅い草原に柵が引かれ、数頭の馬が見える。



「此処って……」

「そう、牧場まきばだよ」



 ソラ君は両手の指を口元へ運ぶ。


 ぴぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 耳に聞こえるか聞こえないかの高音。



「指笛……」



 学園でもなんでもそつなくこなす子で通ってるけど、それにしても器用ね、この子。


 音は確かに鳴っているのに、視界に見える馬たちは耳を少し動かすだけで優雅に草をんでいる。


 聞こえていないのかしら?

 そう口にしようと思ったとき、奥からあたりの馬より一回り大きな影が私たちのほうへ一直線に向かってきた。

 体格が大きく風貌も違う。

 なにか獣? 判断する前にそれは猛烈な速さで迫ってくる。


 馬ではない。

 たてがみがなびいているから獅子?


 体の横から伸びているのは翼? 飛んでる――!?

 それに正面にみえるのは――嘴?


 伝承や文献で観たことがある姿。

 鷲と獅子の合成獣グリフォン。


 でもまさか、そんなはずはない。

 獰猛で人をも食らう魔獣が牧場にいたらすべて捕食されてしまうじゃない。


 信じられない光景に頭の処理が追い付かず、一直線に迫ってくる獣を前に顔は引きつり体はこわばり足がすくんで動けない。

 ソラ君? と助けを求めようと左隣に視線を移すけれど、彼は頭の後ろに手を組んでにこやかに見てる!?


 血の気が引く。

 ああこのまま私は大型魔獣に食い殺されてしまうのか。

 ソラ君はそのために私をここまで連れてきたのか……。

 それでも、彼の役に立てたのなら本望。


 おばあちゃんごめんなさい。

 願いをかなえてあげられなくて……。


 強く目を閉じ、迫りくる衝撃に備える。

 鋭いくちばしついばまれるのは心臓か喉元か脳髄か……。


 ああ、できれば一度熱い抱擁をソラ君にしてほしかったなぁ……。

 瞼を閉じ、両手を組んで天を仰ぐ。涙が一筋零れる――。



「いらっしゃいなのですー!」



 一日ぶりに耳にする独特の口調と甲高い声。


 衝撃は訪れず、恐る恐る目を開くと俯いた視界に映るのは鋭い爪の前足と、後ろは……蹄?


 顔を上げると大鷲の顔が飛び込み、後ずさるとたてがみと翼、その背中から向日葵のような笑顔の少女が杏色アプリコット両結び(ツインテール)を揺らしながら顔を出した。



「ようこそ、バオシャオ牧場へ!」



 私は呆然とするしかなかった。



 杏色髪の少女がグリフォンの背から飛び降り両足揃えてぴたりと着地すると、その大鷲の頭と自らの頬をだらしない顔ですり合わせ「にへへ……」と声を漏らしている。


 眼前で繰り広げられるその光景を信じられず頬をつねるも痛い。

 腰を抜かしそうなのを必死にこらえる私は冷静になろうと大型魔獣をまじまじと観察する。


 大鷲おおわしの頭に翼、獅子のたてがみと前足、胴から先……馬の蹄と尻尾。

 グリフォンは私の記憶に寄れば……文献では胴から前は大鷲で後ろは獅子と記されていたはず。

 それが馬とは……?



「はじめましてなのです! ヒポグリフのひーたんなのです! ほら、ひーたん、ごあいさつ!」



 ぐるるるる、と頭一つ高い位置から唸り声をだす大型魔獣。

 だけどその声は威嚇や敵意ではなく、猫が喉を鳴らすような親しみを感じさせる優しいものに感じられた。

 気付けばソラ君も魔獣のお腹を撫でている。



「ひーたん?? ヒポグリフ??」



 鸚鵡おうむ返しに言葉を発するしかできない。



「ヒポグリフはグリフォンと馬のハーフなのです! 捕食対象である馬に恋してしまった心優しいグリフォンと、馬の苦難の末に結ばれた愛の結晶なのです! うちのおとーさんが偶然拾ったグリフォンの卵、そこからかえったのがひーたんのおとーさんのグリフォンなのです。その子と恋に落ちたお馬さんから生まれたのが、このひーたんなのです!!」


 早口で鼻息荒く得意げに説明するリコットちゃん。

 ぶるるるる、とヒポグリフ。

 鳴き声は大鷲だけど馬のようにも唸る。


 捕食対象との交わりという、あり得ないことの例えとして使われる架空の生き物(ヒポグリフ)

 あり得てしまった現実に卒倒しそうな私だった。


好きな人に腕を掴まれて――全く眼中にないと知れた時の虚しさ。

思い出さなくてよかったことかもしれませんね。


そして、ヒポグリフ。

衝撃でしかありませんでした。


卒倒しなかったのも悲鳴を上げなかったのも。

自分で自分を褒めてあげたいですね。

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