笑顔で絶交するなんて
~二週間後~
「色々ありがとう。楽しかったわ」
「ホントに行っちゃうのです??」
「ええ。決めたの。執着するのはやめようって。何もないところの方が人と比べずに済んでいいわ」
最期のけじめをつけるため、私はリコットちゃんの家――バオシャオ家の牧場を訪れていた。
もちろんちーさまの使役する精霊の力で飛ばされてきたわけで。
真夏の近づく、緑が最も濃くなる季節。
王都郊外にある牧場の緑も、精霊の森に負けず劣らず生き生きとしている。
ああ、ここの森はちゃんと生きているんだな――。
森での生活にはまだまだ慣れないけれど、ほんの少し自然の息吹が感じ取れるようになったのかもしれない。
「せっかく仲良くなったのに寂しいのです」
「ありがとう、そういってもらえて嬉しいわ」
「また、会えるかな……なのです」
後ろ髪を引かれるようなことを震えた声で言う。
建前でなく本音だということは杏色の瞳に浮かんだ光の粒が証明している。
「さぁ、どうかしらね……。でも、私はあの森にいるはずだから、何かあったら……何もなくても会いに来てくれたら嬉しいかも、ね……」
断ち切るつもりだったのに、突っぱねられない。
これではダメだ。
会いに来てと言っているようなものだった。
「必ず、必ず会いに来るのです!!」
手の甲で鼻水を拭き、その手で私の手を握りしめて言うリコットちゃん。
きたない……。
「ありがとう。お世辞でも嬉しいわ。ソラ君によろしくね」
「あう……。どうして私にだけ言うのです? 会えばいいのになのです」
「……辛くなるじゃない」
「へ……?」
「私は身を引いてあげたの。貴女たち二人の為に。リコットちゃん、ぼやぼやしてるとあっという間に他の女の子に取られちゃうわよ。あんないい娘、早々見つかるはず無いんだから。……好きなんでしょ? ソラ君のこと」
元々大きい杏色の瞳が顔を埋め尽くすほど大きく見開いたかと思えば、顔全体が真っ赤に火を噴く。
してやったり。
「ななななななにをいってるのです!?」
手をばたばたと振りながら詰め寄ってくる小柄な少女。
「隠さなくていいのよ」
「うぅ……」
威勢が一気にしぼみ、真っ赤な顔のまま俯く。
「身を引いた、というのは嘘。本当はね、ソラ君に告白したの」
「はえぇ⁉」
「そしたらフラれちゃって。それなのにソラ君……やさしくするから……ぶっちゃった」
「ふえぇっ⁉」
おどけて言う。うまく表情作れているかな。
まぁリコットちゃん私の顔なんて目に入ってない顔してるけど……
「あのときの驚いた彼の顔、たまらなかったわー。私のことを傷つけまいと必死で、はっきりしたこと何も言ってくれないんだもの。……だから、気に食わなかったら貴女は私をぶつ権利があるのよ。大事な彼を傷つけた私をね」
そう、それでいいの。
よく言ったわオークルオード。
これで友情も壊れて、私は最後に残った未練を残すことなく旅立てるから……。
「…………です」
「ん?」
「そんなことできないのです!! 大事なお友達をぶつなんて……」
「……まったく、お人好しね。貴女って子は……」
下を向いたままで言い放つ。綺麗な杏色の髪を見せつけられるのも結構癪なのだけれど。
ずずっずずっと鼻をすする音と嗚咽が聞こえる。
俯いて泣きじゃくる彼女の顎をそっと持ち上げる。
涙と鼻水でぐしょぐしょになってる顔のなんと愛らしいことか。
髪の毛も口に入っちゃってるし――。
髪の毛を取ってあげたい気持ちをぐっと抑え、意を決する。
ともすれば微笑んでしまいそうな表情筋をこわばらせ、努めて冷たい目で見つめる。
これが未練を断つ最後の仕上げ。
そして私は振り上げた右手で彼女の頬を――
ぶてなかった。
「え?」
手を動かすより早く、抱きしめられていた。
「私の瞬発力をなめんじゃねーのです。……そうやって自分ばっかり傷ついてるつもりになってずるいのです。もっと自分を大事にするのです」
冷静な言葉。もっと取り乱すと思ったのに。
「自分ばっかり気持ちよくなって、残された私たちのこと何も考えてないのです。……最低……なのです。もう、おーくるおーどちゃん……、ううん……、お、おま……えなん……か……ひっぐ、絶っ……交……なのです……ひっぐ」
真新しい、師匠に貰った黄土色の法衣の裾を掴む彼女の手に力が籠る。
肩に杏色の頭。これ絶対法衣に涙と鼻水のシミが出来てるわね……。
「リコットちゃん……」
「ひっぐ。……もう……知らないのです……。ひっぐ、耳長のところでもどこへでも……ひっぐ。行っちまえ……なのです」
「…………」
リコットちゃんを支えていた私の手の力が緩み、顔を見せることなく彼女は背を向ける。
背を向けたまま、続ける。
「二度と会いになんて行ってやらねーのです。口もきかねーのです。ひーたんも貸さねーのです。でも、私はおっちょこちょいだから、ときどきひーたんのとこの鍵をかけ忘れるのです。ひーたんが勝手に脱走しちゃってオークルオードちゃんのところに来ちゃったら、私は関知できないのです。あとで弟に罵詈雑言を延々浴びせられることになるけど仕方ないのです。私の不注意なのです」
「…………」
「…………」
リコットちゃんは私から離れるように背を向けたまま数歩歩く。
「絶交するつもりでいたのを……逆に絶交されるなんて……」
唖然とした私の呟きが聞こえたのか、立ち止まる。
一瞬だけ振り返りあっかんべーと舌を出し、舌の瞼を指で押し下げとびっきりの笑顔をみせた。
涙はとめどなく溢れていて、両の頬にそれぞれ滝を作っていた。
彼女は太陽みたいで、それなのに、とても寂しそうに言い放った…………。
「ざまぁみろなのですっ!!」
走って家の中へ去っていくリコットちゃん。
私の顔にも、二筋涙が流れていた。
入れ替わりに胴体の左右に、巨大な荷袋を括りつけたヒポグリフが地面すれすれを滑空するように翼を広げて飛んできた。
私の前で止まり、控えめに一啼き。
啼き声を聞いて、リコットちゃんの笑顔が脳裏に焼き付いて動けなかったのが、やっと動き出した。
下がっていた口角を上げる。
「連れてってくれるというの……?」
もう一度、さっきより大きく啼くと翼を広げるヒポグリフ。
今回は帰る手段を示されなかった。
勝手に帰ってらっしゃい、と師匠は言っていた。
飛行魔法で適当に帰ればいいと考えていた。
全部お見通しだったってこと――?
ヒポグリフに括り付けられている荷物は恐らく、食料と水を入れたもの。
姿勢を低くした彼の背中に乗ると数度の羽ばたきで大きく上昇、リコットちゃんの家があっという間に小さく見える。
手を振る杏色――あれはフィグくんか。
リコットちゃんがこんな気の利いたことできるはずないものね。
さよなら。
私の大切な人たち。
ごめんなさい。そして、ありがとう。
私は振り返らず、ただ新しい我が家――精霊の森――のある方角だけをまっすぐ見つめていた。
――というわけで、私はちーさまの下でドルイド僧として生きることになったのだけれど。
つまらないお話でしょう?
さ、無駄話はこのくらいにして。
あの人たちが帰ってくる前にお仕事を済ませましょう。
スピンオフ作品
「私がドルイドになったワケ~宮廷魔術師見習いと想い出の檸檬硝子~」
はこれにて完結いたします。
オーツーこと、オークルオードの小さな物語
最後までご覧くださりありがとうございます。
その後の彼女の活躍は連載中の「野ウサギと木漏れ日亭」内で
リコットとソラの後日譚は完結作品「dorobouneko!!」にて
語られています。
そちらも覗いていただければ幸いです。
また、白遠さまより
様々なタイミングでとっても素敵なイメージイラストを戴きました。
この場をお借りしてお礼申し上げます。
どうもありがとうございます!
ではまたの機会にお目にかかりましょう!
霜月サジ太でした。




