祖母と檸檬硝子
◇
耳長の使役する精霊の力に包まれた私。
目を開けると、私はおばあちゃんの入院する病院の、門の前に立っていた。
飛行魔法やヒポグリフに乗って三日はかかるのに。
文字通り瞬きの間に着いてしまった。
突然すぎて戸惑ったけれど、せっかく来られたのだから真っすぐにおばあちゃんのところへ向かうことにした。
時間は……あまりない。
ソラくんとリコットちゃんが心配だもの。
急がなくては。
受付でおばあちゃんの名を出し、聞いた病室に向かう。
檸檬硝子の花は無事だった。
けど……
おばあちゃんの病床がある部屋は、見舞いの親族で溢れていた。
近づくのすら躊躇う。
あれだけの人の中に飛び込むのは、怖い。
やはり夜を待って来るべきだったか……。
病室を覗ける位置で立ち止まっていると、入り口付近で数人で話し込んでいた母親に見つかった。最低。
「三日も四日も居なくなって! どこをほっつき歩いていたのよ!」
これだ。
開口一番、人前なのに平気で喚き散らす。
「それに何その汚らしい法衣は!? 病室なのよ!!」
あなたこそ病院で大声出すとは非常識な……
と口に出そうと思ったところで、顔の見たことある親戚が母を宥めに入った。
恰幅のいい老女……たしか、おばあちゃんの妹、大伯母だ。
母は声の調子は落としたものの納得のいかない様子で、引き続き大伯母相手に文句を言っているようだった。
私が不在にしていたのは事実なので責められても仕方がない。
その点は諦めていたが、もうちょっとやり方があるのではないか。
感情的で沸点の低すぎる母が嫌でしょうがなかった。
やりきれなさに俯く。
「オークル……」
ともすれば聞き逃しそうな、か細い声が聞こえた。
顔を上げると、これまた見覚えのある叔母が手招きしていた。
母の気を逸らしてもらっているうちに病室内へと入り込む。
室内には父母のきょうだい、
おばあちゃんのきょうだいが居た。
私と同年代の従姉妹たちはここにいなかった。
騒がしくなるといけないから、と別室で待たせているのか。
騒ぐ大人もいるから無意味だというのに……。
父の姿も無かった。
こんな日でさえ執務が大事か、と溜息が出る。
親戚たちに促され、私は寝台の左脇に進み膝をつく。
こそこそと話す声が聞こえたけれど、どうせ縁を切る身の私にはどうでもいいことだった。
まざまざと眺めると、おばあちゃんはまた痩せたように見えた。
「おぉ、オークルかい……」
「……! おばぁちゃん!」
返事せずにはいられなかった。
大声になりそうだったのをなんとか理性で抑える。
寝台に横たわったおばぁちゃんの瞼がうっすらと開く。
よかった、間に合ったんだ。
おばぁちゃんが私のほうに顔を向ける。
視線が交差する。
「おやおや。また駆け回っていたのかい。昔の私にそっくりだねぇ……」
服だけでなく顔まで埃まみれなのだろう、すぐに見抜かれた。
「おばあちゃん……、これ……!」
私は檸檬硝子の花をおばぁちゃんの顔へ近づける。
「……これは……檸檬硝子かい……。懐かしい香りがするねぇ」
「待ってて。これを今お茶に……!」
「いいんだよ……、そこの花瓶に挿しておいておくれ」
おばあちゃんは寝台脇の箪笥に載せられている花瓶に目をやる。
「え……」
「一生懸命探してきてくれたんだろう? ……それがどれほど希少なものか知っているつもりだよ……。自生していた檸檬硝子を持ち帰り、栽培を広めるよう持ち掛けたのは私なんだから……」
「そんな……っ」
「同じ資質を持っていても、土壌環境、育て方で大きく変わってしまう。そんなことも解からなかったのかと、ずいぶん悔んだものさ……あの森の住人はさぞお怒りだっただろう……?」
「…………」
「もう一度味わいたいと願ったけれど……いざ目にすると勿体ないねぇ……」
「そう……わかったわ」
淡々と話す祖母。
……笑顔が見られると、感謝されると思っていた。
これを飲んだら、弱っているおばぁちゃんが元気になってくれると思っていた。
私は、わたしは……何のために檸檬硝子を探していたのか。
父と母のみならず、祖母もまた祖母だったのだ。
私は立ち上がり、震える手で箪笥の上に檸檬硝子の花を置いた。
平置きされた花から花弁が一枚、はがれた。
「さよなら」
打ち合わせなどしていないけれど、私の意図を汲んでか、その言葉を合図に人の溢れる病室で、風が私を包む――。




