第14話:エロ司祭がいたので成敗します
帝都――南地区、アゼリア第三教会。
静かな聖歌が響くなか、私は入り口近くにいた背の高い、なぜかやけに目深にフードを被ったシスターに事情を話すと、奥にある部屋へと案内された。
そこは小さな部屋だけど高価そうな調度品が置かれていて、奥の机に一人の中年男性が座っていた。白い祭服を着ていて、なんだか偉そうこの人がこの教会の管理を任されている司祭だろう。
「初めてましてですね、可愛い仔羊よ。私がこの第三教会を任されているミローニです。一応、司祭の位を預かっております」
そう言ってミローニ司祭が笑みを浮かべた。その舐めるような視線が、私のつま先から頭のてっぺんまで注がれて、思わず鳥肌が立ってしまう。
「え、えっと……エリス・メギストスです」
「エリス、ね。ふむ。貴女は施しをご所望のようですが……」
「はい」
私は師匠にアドバイスされた通りに、地味な色のワンピースを着て、髪の毛も銀の大きめサイズのバレッタでアップにしていた。さらに絶対に精霊は連れていくなと言われたので、召喚はしていない。
禁欲を尊ぶ教えなので、なるべく誘惑するような格好はしない方がいいそうで、アゼリア教の教え的に精霊は異端の存在なので歓迎されないとか。
だから完璧だと思ったのだけど……。
「歳は?」
「へ? あ、十六です」
「ほう……いいですね。肌の艶もいい」
「はあ……」
「どこか垢抜けていないところもいいですねえ……。貴女、帝都出身ではないでしょう」
「ええ、はい」
「ますます良いですね……ふむ、控えめなところもまた」
その視線が私の胸へと注がれていて、抱いていた嫌悪感がさらに増大する。
この豪華な部屋といい、禁欲とは一体何なのか問い詰めてやりたい。
「あの……寄付しますので、聖水をいただきたいのですが」
「寄付ね。やれやれ……嘆かわしいことです。金さえ払えば、我らが精魂込めて作った聖水が簡単に手に入る、そんな風に聞こえますね」
嘆くようなその言葉に、私は引き攣った笑顔を返すしかない。
「あはは……決してそういうわけでは……」
「そもそも、聖水を何に使う気でしょうか?」
ミローニ司祭が指を組み、私をねっとりと見つめた。
「えっと……それは……身を清めたりとか……」
毒に苦しむ冒険者の為に、なんて言えば絶対に嫌がるのは目に見えていた。
「なるほど。洗礼用ですか。それでしたら、私専用の洗礼室を使えばいい。特別に、エリスにだけお貸ししますよ……? ああ、もちろん作法を知らないようであれば、私手ずから洗礼を教えますが」
その光景を一瞬だけ想像し、私は露骨に嫌そうな表情を浮かべてしまう。
なんだこいつ。
「それは嫌です」
「であれば……難しいでしょうなあ。私も無理強いはするつもりはないですが、信心のない者から寄付を貰うわけにはいきませんし、ましてや聖水を施すなど、とてもとても……。どうしても、と言うなら……私専属のシスターのなりませんか? それであれば、施しはできますが……ふふふ」
そう言っていやらしい顔で、私を見つめるミローニ司祭。
師匠やウルちゃんが妙にアゼリア教を毛嫌いする理由がこれではっきりと分かった。
全員が全員そうだとは思わないけども……こんな人間が司祭をやっている時点でアゼリア教は最悪だ。というかこんな人がいるなら師匠も予め言ってくれたらいいのに!
「寄付はします。だから、聖水をください。お願いします」
私はそう言うしかなかった。聖水が手には入らなければ、万能薬は作れないのだ。ならば多少我慢してでもお願いするしかない。
「……君の信心次第でしょうなあ。エリス――脱ぎなさい」
ミローニ司祭がそんなことを言いだした。
この人、もしかして頭おかしいのかな?
「脱ぎなさいエリス。一糸まとわぬ姿にこそ、信仰は表れるのですから」
「……いや、脱ぎませんけど」
「あまり私を困らせない方がいいですよ。貴女の名前と顔はもう覚えました。貴女のことを異教徒としてこの帝都の各教会に報せてもいいのですよ? そうなったら、聖水を手に入れるのは絶望的でしょうなあ」
「なにそれ」
完全に脅しだ。
「脱ぎませんし、これ以上貴方のような最低な人間と話す気もありません。失礼します」
私がそう言って、退室しようと背を向けた。
「良いから……さっさと脱げ、小娘!」
「嫌です。変なことしたら叫んで誰か呼びますよ」
「ここは元々祈祷室だ! いくら泣き叫んでも音は外に届かないので無駄だ!」
業を煮やしたミローニ司祭が椅子を蹴る音が響く。
近付いてくる気配。だけど私はなぜかミローニ司祭とは別の、妙な気配を部屋の外から感じていた。あれ、誰か外にいる? それは人というより……魔物に近いような、そんな変な気配だ。
だけども私はとりあえず身近の脅威へと、私なりの方法で対処することにする。見られたら、その時はその時だ。
「――ハルト、やっていいよ」
肩にミローニ司祭の手が掛かった瞬間――私が振り返ると同時に、髪をまとめていた銀のバレッタが突如としてその形が崩れ、液体化。
アップにしていた私の亜麻色の髪がぱさりと落ちると共に、バレッタだった銀はハンマーの形となり――
「へ?」
ゴンッ! という鈍い音を響かせながらミローニ司祭の頭部を強打。
「ギャッ!」
そのまま気絶したミローニ司祭が床へと倒れた
幸いとも言うべきか、床の高そうなカーペットのせいで音と振動が吸収される。
そうしてハンマーの形になっていた銀が、今度はチョーカーの形となって私の首に巻き付いた。
それは師匠のように自在に金属を溶かし、別の形へと変える技を持っていない私が、それを擬似的に再現するために作ったアクセサリーだ。
素材は、〝液銀〟と呼ばれる常温でも液状の銀と、騎士の精霊であるハルトを融合させた精霊銀。元々が液体なので、私の指示でハルトは自由自在に形を変えることができ、師匠の技を擬似的に再現できる。ただし、強度は師匠のものと比べるとイマイチなので、殺傷能力はない。せいぜい、こうして気絶させるぐらいだけども、私としてはそれで十分だ。
ちなみに師匠にはまだ見せていない。なぜなら、見たらへそを曲げてしまいそうだからだ。しばらくは内緒にして師匠の面目が立つようにしておこうと思う。
私が触られた肩をはたくと、部屋から出るべく扉を開いた。
「あら? お話は終わりましたか?」
するとたまたま通り掛かった、あの入り口のシスターとは別の女性がにこやかにそう聞いてきた。外に感じた気配は彼女なのだろうか?
でもその口調や態度から、ミローニ司祭がハンマーで殴られて気絶していることに、気付いている様子はない。
「ああ、良かった。あの部屋が祈祷室で」
「え?」
「なんでもないです。あのエロー二……じゃなかったミローニ司祭なら、斬新な方法で祈りを捧げていますので、しばらくは入るなと」
「あら、そうなんですか。分かりました」
「じゃあ、私は帰りますので」
私は足早に廊下を抜け、聖堂の先にある入り口から外へと出た。
「……ああ、もう最悪だよ!」
思わずそう叫んでしまうぐらいに、気分が悪い。
こうなったら、もう聖水は一生手に入らないかもしれない。師匠曰く、聖水は保存ができず、もらってすぐに使わないといけないそうだ。更に教えで、第三者間での聖水の売買や受け渡しは禁止されており、もしバレると異教徒扱いを受けるという。つまり、私達以外の第三者がもらった聖水を売ってもらうということが、かなり難しいのだ。
「ああ……ちょっと短絡的だったかなあ……」
でも、あのエロ司祭に好き勝手させるつもりは毛頭なかった。
「はあ……どうしよう……」
私は少し離れたところにある広場のベンチに座り込むと頭を抱えてしまう。
このまま帰るのも情けないが……他にどうすることもできそうにない。
「あの」
そんな私に誰かが声を掛けてくる。
顔を上げると、そこにいたのはあの最初に出会ったフードを目深に被ったあのシスターだ。こうやってちゃんと見ると、その地味な色のローブの胸に当たる部分が大きく盛り上がっている。
この人、凄くスタイルがいい……完敗ですね、これは。
「ついて来てください」
そのシスターが私の手を取ると、広場の奥にある狭い路地へと入っていく。
あ、もしかしてミローニ司祭を殴ったことがもうバレた!?
「あ、あの! あれは不可抗力というか! 私は何もしてません!」
精霊がやったから! セーフ!
「……貴女もミローニ司祭に脅されたんですね。どうせ、専属のシスターになれとか、そんなことを言われたのでしょう」
そのシスターが立ち止まると、私へと振り返った。
「へ? えっと、はい。でも断りました」
あれ、てっきり教会へ連行されるのかと思ったのだけど、どうも様子がおかしい。
「そうなると聖水を合法的に手に入れるのは無理でしょうね。あの男はどうしようもない奴ですが……政治力だけはありますから。この一年でこの帝都の教区を牛耳る上層部はすっかり様変わりして、屑ばかりがふんぞり返っています。きっとすぐに手を回されて、どこの教会に行っても中に入れてくれないでしょう」
「貴女は……知っていて、あの部屋に連れていったのですか」
私は不快感を隠さずにそのシスターを睨み付けた。もしそうだとすれば、あのエロ司祭と同類だ。
「その通りです。だから私のことは軽蔑してもらっても構いません。ですが言い訳をさせていただければ……貴女ならきっと身を守れるだろうと思っての行動です。もちろん……貴女がもしただのか弱い少女ならば、適当に追い払っていました」
シスターが静かにそう言った。
「どういう意味ですか」
「貴女のそのチョーカー……先ほどはバレッタでしたね、から並ならぬ力を感じましたから。身を守れるのであれば……あの男と交渉して聖水を手に入れるという選択もありかと思ったのです。他の教会の司祭も似たり寄ったりですから、どこに行っても同じでしょう。ちなみに万が一の場合は、すぐに助けるつもりでした」
その言葉で私はようやくあの時、部屋の外に感じた妙な気配の正体がこの目の前のシスターであることに気付いた。
だとすれば……この人は――
「貴女、何者なんですか。本当にシスターなんですか」
「もちろん、正真正銘のシスターですよ? ですが貴女が聞くべきはそこではありません。貴女が聞くべきは――」
そう言ってシスターが両手でフードを外した。すると中に収まっていた銀色の長い髪が翻り――
「え?」
「それは……私が本当に人間かどうか――でしょう」
その頭部で、髪と同じ色の獣耳が揺れていたのだった。
ケモ耳シスターという性癖の塊