#64 犀芭マナの計画
外に出る、とマナちゃんは言った。
それは本来不可能な発想だ。彼女達は人工知能。そもそも機械で出来ているなのだから機械の外に出られる訳がない。そんなのは機械が魂を持ってその上、幽体離脱しろと言っているようなものだ。
「機械の肉体を作って、そこにAIを移植するという案もあった。けど、ロボット工学はまだAI程には発展していなくってね。マナ達の器になれる物は作れなかった。だから、『外』に出る為の体じゃなくて、『外』そのものを作る事にした。その土台として選ばれたのがここ、幻夢境なの」
幻夢境は夢に描いたイメージが物質化する世界だ。勿論、何でも物質化出来るという訳ではない。強い想像力が必要になる。それでも、全くのゼロパーセントである現実世界に比べれば数パーセントでも可能性のある幻夢境の方がマシだった。
彼女達は幻夢境に自分達の居場所を作ろうとしたのだ。『夢見る人』でなくても、AIだろうとも訪れる事の出来る特殊な領域を。幻夢境とコンピューターを繋げ、コンピューターから幻夢境に渡ろうと画策した。けれど、
「この案には一つ問題があった。それはAIは夢を見ない事。眠らなければ夢は見られないのに、機械だから睡眠という機能がない。意識が途切れる事はあっても、それは電源を切っただけ。スリープモードなんて名ばかり、あれはただの待機状態だよ」
夢を見る事が出来なければ、そもそも幻夢境に領域を作る事なんて出来ない。
味方をしてくれた技術者達の想像力だけでは到底足りなかった。もっともっと多くの人間が要る。それこそ百万人千万人という規模のイメージ力が必要だ。
「だから、マナ達はVRゲームを作る事にした。プレイヤー、配信者、リスナー、掲示板、エトセトラエトセトラ。とにかくより多くの人達からイメージ力を徴収する為に、最も人が集まる形式を選んだ。それが――」
「――それが『旧支配者のシンフォニア』……!」
サーバーを幻夢境の地下に置き、ゲームを起動。ゲームの中は地表の幻夢境と繋がっており、地表に蜃気楼のようにゲーム世界を顕現している。ゲームを知っている人が多くなる程、イメージが集まって強くなる程に幻夢境のゲーム世界は確固としたものになっていく。両者は混ざり合い、いつの日かサーバーの中にしかなかったゲーム世界が幻夢境の確かな一部として定着する。そうなれば、マナちゃん達は晴れて外に出られる。ゲーム世界の外――幻夢境へと。
なんてこった。このゲームにそんな裏があったなんて。ただの娯楽なんかじゃない。もっと必死な理由がこのゲームにはあったのだ。
「失望した? 今のマナがVtuberをやっている理由に。『旧支配者のシンフォニア』の広報を担当した理由に。あまりに利己的でしょ?」
寂しそうに笑うマナちゃん。引け目を感じているのだろうか。
確かにリスナーの皆を利用していると言えなくもない。本当の事を隠して、そのイメージ力とやらをこっそり取り立てているのだから。このゲームをやっていて倒れたとかの話は聞かないので、イメージ力を徴収といっても大した量ではないのだろうけど、それでも彼女自身、思う所はあるんだろう。
「……まさか。ありえません」
その感傷を私は真っ向から否定した。