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輝く瞬間

 俺の中には、人の心をつかむための秘策というのが何個かある。その一つがこれだった。

電気はついているものの夜になると薄暗い螺旋階段を四階まで登り終わると階段の延長線に古びた扉が一つある。そこに入ると俺の部屋だ。はぁ…俺が鍛えておいたからよかったものの、普通の人なら足がガクガクしているところだ。

「ハリー、出番だぞ」

 入って見るとハリーは俺のベッドで優雅に目を閉じおくつろぎになっていた。

おい、そこは俺のベッドだろなどと言えば食前の二の舞いになることはわかっている。静かに彼に近づき、優しく抱き上げた。

 ベッドは彼の体温で生暖かくなっていた。

「どーも、ベッド温めてくれてたんですか?」

 声をかけると目を開けた彼は大きなあくびを一つしてクッククックと俺に命令を下す。

「あ〜、撫でろと。はいはい了解です」

 かわいい師匠の頬を親指と人差し指でグリグリとする。満足そうな顔をする彼を見て、今夜のショーが上手く行きそうなことに安堵する。

 全ては彼の気分しだいなのだから…

「そろそろ行きますよ、師匠」

えー面倒くさいとでも言いたげな顔(まあ表情筋なんてないのだが)をしている師匠を横目に今度は肩を揉む。ギリギリまでご機嫌取りに努めるのが俺の仕事である。

 彼が急に羽を羽ばたかせた。これが準備完了の合図なのである。

「みんなのこと驚かせてやりましょうね」

クルッポーと上機嫌な彼を連れ、また螺旋階段を降りる。

 肩に乗せた彼は俺が一段降りるたびに衝撃でバウンドしている。真顔でそれをやるからなんともシュールだ。

長い螺旋階段は、こう言う時に限って短く感じる。ドアの前で立ち止まり、深呼吸をした。

 なんだ、今更。今まで、何回もやってきただろと自分の胸の高鳴りに失笑が漏れた。

ドアを力一杯開けると、観客は皆こっちを見つめていた。ショーの始まりだ。

「レディー&ジェントルメン、本日は妙技をご覧に入れましょう」

ウィンクした俺に、トーマスお坊ちゃんだけ理解した様で、ニヤリと笑い拍手をしてきた。

周りもよくわかっていない様だが、それに合わせて拍手をしている。

「ありがとうございます。ではまず自己紹介から参ります。私の名前はジャック、今はこの屋敷の執事をしております、マジシャンでございます」

 マジシャンというワードにその場は色めきだった。この反応をずっと俺は待っていたのだ。

「続きまして、皆さん気になっておられますでしょう、私の肩に留まっている優雅な鳩は私の師匠。ミスターハリーでございます」

 ハリーは紹介されると俺の体の周りをぐるりと飛び、俺の肩に戻ってきた。

それだけで、また拍手が起きる。

「鳩を使ったマジックですか。いいですね」

バトラーさんが仮面の下で微笑んだのを感じた。つかみは完璧だ。

「まあ、最初は準備運動といったところです。さあ、師匠ちょっと入っててくださいね」

俺は、自分のサロペットの胸ポケットにハリーを入れた。そして、ハリーは消える。

「嘘っ!どこに行ったの?」ルーシーが前のめりに声を荒げる。

「そこにいるじゃないですか」俺はニヤリと笑い、部屋の角にいるバトラーさんにスタスタと近づく。

バトラーさんの胸ポケットにはちょうどよく、白いハンカチが入っていた。

「ほらここに」

 胸ポケットからハンカチを抜き出すと同時に、ハンカチがハリーに変わる。

バタバタと羽音を立てて、ハリーが出てきたことにルーシーは素っ頓狂な声を上げた。

チラリと上を見ると、バトラーさんも多分驚いている様子だった。

「ここからが本番です。師匠またハンカチに戻って待っててください」

 またハリーはハンカチに戻り、皆の口から無意識に溢れる声が聞こえた。

「こちらをご覧ください。この羽は朝拾った師匠の抜けたてホヤホヤの羽です」

タネも仕掛けもないことをみんなに触ってみる様に言う。みんながしげしげと羽を見て最後のアーサーに羽が回った時、俺は徐にマッチに火をつけた。

「火なんかつけてどうしたんだい?」

ゆっくり話すアーサーを見つめながら、アーサーの持っている羽に俺は火をつけた。

ボワっという音と共に、火のついた羽はたちまちハリーに変身した。

「うわ〜、焼き鳥になったかと思ったよ」

物騒なことをいうアーサーを横目にハリーはまた姿を消す。それを、ジャックがニヤニヤと見ていた。

「頭があったかい」急に何を言い出したのか、アーサーはコック帽を徐に取った。

「みなさんお待ちかね、おすわりしているかわいい師匠の登場です」

皆から大きな拍手が巻き起こった。座っていたものは立ち上がり、立っていたものは前に歩み寄り、みんな笑顔だった。

「では、本日はここまで、またの機会をお楽しみくださいませ」

指パッチンと共に、ハリーは姿を消した。

深いお辞儀をすると、より大きな拍手が降ってきた。ああ、これだ。これを待っていたのだ。この笑顔が、俺は大好きなのだ。

 終わってからも興奮冷め止まぬ観客たちは、代わる代わる感想や、種明かしを求めてきた。

それらを軽く受け流した俺は、今日は早めに休むこととした。思い返せば、今日ここについてから、一人の時間というものをゆっくり過ごすことができていないでいた。

 俺が背を向けると、観客の目線が痛かったが、気づいていないふりをして軋むドアをゆっくりと閉じた。

扉の奥では、まだわいわいという声が聞こえる。

「とても、よかった」

急な声に振り向くと、カミラが真顔でこちらを見ていた。暗い中で彼女の目は緑色に煌めいていた。

「お褒めの言葉、ありがとうございます」

お辞儀をすると、カミラは何かを言おうとしたが、俯き、俺に背を向けた。

カミラの意思を察したのか、部屋に中にいるバトラーさんがドアを開ける。彼女は明るい部屋に中へと消えて行った。

「いい仕事をしたな、師匠」

ハリーに語りかけると、いつのまにかハリーは肩でうつらうつらとしている。

船を漕ぐたびに、ハリーは肩からずり落ちそうになっていた。

 かわいい師匠をゆっくり休ませるべく、俺はまた、あの螺旋階段を登って行った。


 部屋に着くと、美しい机の上に新品のワイシャツを乱雑に置いた。その上に師匠をゆっくり置く。

相当疲れていた様で、師匠はそのまま寝てしまった。

絶対に、野生下では生きていけないかわいい相棒を見ていると、俺も眠くなってきて、いつのまにかベットにダイブして寝ていた。

 

 ____この時はまだ気づいていなかった。俺が寝た後に誰かがここに来ていたことに。




「ガキが一人で何の用だ?」

背が恐ろしく高い道化が僕の顔を覗き込んだ。

「ここで働かせてください」震えているのを悟られない様に、僕は大きな声でそういった。

周りにいた奇天烈な人間達?が皆こっちを振り返った。

 怖い、だがここで働けないともっと怖いことになる。道化の本当の目なのかさえわからない黒塗りの部分をじっと見つめていた。

「お前も昔、そうやって入ってきただろう。懐かしいなあ」

奥から、腰の曲がった優しそうなおじいさんが、道化に語りかけてきた。道化はその老人のことを団長と呼んでいた。

「旅は道連れ、共に行こう」


これが僕の初めての家族だった。どんな理由であろうと、ここにいられることに、自分の運命に初めて感謝した。

 彼らは僕にいろいろなことを教えてくれた。

人との付き合い方や、一芸も教えてくれた。マナーは悪かったけど、楽しい遊びもたくさんした。こんなこと全て初めてだった。

大好きな団長とその仲間達、見たこともない動物や、見たこともない肌の色の観客。

僕たちは世界中どこでも、呼ばれれば飛んでいったし、たくさんの人を笑顔に変えて行った。

 僕はただ…1日でも長く、この日々が続けばいいと思っていた。


 …見るも無惨な姿に仲間が変わり果てていた時、僕は自分の立場をやっと理解した。

ああ、僕がやったんだ。僕は疫病神、死神、僕は悪全てだ。

幸せを願ったのが間違いだった。全てわかっていたのだ。


 そう、きっとあの時も…。

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