ニヒルな彼
しばらくするとドンドンとと叩く音とともに勢い良くルーシーがにゅんと顔を出した。
「執事、お食事ですよ。遅れたら、ご飯抜きなので」
それだけ言うとバタンと大きな音を立てて扉を閉める。その音に驚いたハリーが俺の肩で飛び上がった。
何か言いたげなハリーと目を合わせると、ハリーは俺の頭を突いてきた。八つ当たりやめろ。結構痛いんだよそれ。
ご機嫌斜めなハリーにはここの部屋で一旦待っててもらうとしよう。食堂に連れて行きでもしたらきっとそこにある食事を食い荒らし空飛ぶ怪獣になるだろうから。荷物をまさぐり彼用のヒエとアワの混ざった餌と青い小皿を出し彼に与えると、またこれかと言わんばかりの目でこっちを見てくる。
「許してくれよ、金が入ったら真っ先にとうもろこし買ってやるからさ」
ここは、ご機嫌取りに走る。すると、満足したのか毎度毎度おなじみの餌を出窓で食べ始めた。
「んじゃ、俺も餌食べてくるからさ」
「クックルゥ」と文句を言った彼を横目に俺は部屋を出た。
外に出ると、ドアの横でルーシーが待っていた。
「おわっ」変な声が出た俺を白い目で見てくる。
「3分24秒」ムッとしたルーシーはついて来いと俺を急かした。
「別に待ってくれてなくても良かっt」
「あなたのことまだ信用してないって言ったでしょ?私はあなたのことちゃんと見てるようにって言われてるの」
早口でまくし立てる彼女は、面倒くさいという気持ち隠すつもりがないらしい。
「カミラ様も用心深いn」
「違うわよ、カミラ様は信用してないとか口では言っているけど、あなたのこと結構気にかけてるの。こんな女たらしのこと気にかけてるなんて、どんだけお優しい方なのかしら」
俺を下げて主人を上げる何と言う模範的なメイドだろう。
「じゃあ、誰が俺のこと信じてくれてないんですか?」
信じてもらえないというのは、個人的に心外だ。
「執事長よ、ものすごく厳しいんだから」
この屋敷には、使用人が何人いるのだろうか。俺が知っている中では、カミラとお坊ちゃんしか使えるべき人はいないはずだが…。
というか、この屋敷には何人の人が住んでいるのだろう。妙に部屋数が多いから、まだあってない人も多いだろう。あとで聞いてみるか。
食堂の扉を何食わぬ顔であけるルーシーの後ろに隠れ襟を整える。
食堂には見慣れない大きな背中が見えた。背広を着て、背が高い彼は初めて会う人だ。あれが、執事長という人だろうか?
「バトラーさん、こちら噂のジャック・ライさんですよ」
ルーシーに顎で指示されたので、俺の方も自己紹介を始めようとした。
「すみませんね、先程まで庭のバラの剪定をしておりまして」
彼は何食わぬ顔で、いや何食わぬ仮面でこちらを見てきた。一瞬固まった俺にバトラーさんは多分微笑んだ。
「初めて会う方はそういう反応をなさいます。この白い仮面は私の体の一部みたいなものなので、お気になさらず」一瞬固まっただけなのに気が付かれた。この人は思ったより見ている人らしい。
彼の顔には、ニヒルな笑いをした白い仮面がついていた。もう一つびっくりしたのは、彼はきれいに撫で付けられたグレーヘアーとは裏腹に若々しい声をしていた。
これは、何にも読めたもんじゃない。
「いえ、大丈夫です。改めてジャック・ライと申します。以後お見知りおきを」直属の上司に人の良さそうな笑顔を向けた。
後ろのドアがギギギと開き、カミラが入ってきた。
「カミラ様、どうぞこちらへ」
さっきまで、俺の正面にいた執事長はササッとカミラの椅子を引いて座らせた。カミラの方もいつも通りという顔をして、ありがとうと小さくつぶやいた。
そこに、コックと見られる猫背の男がもう一つあった扉からキッチンワゴンをガラガラと運んできた。
「彼はアーサー。基本的にやる気がないけど、料理の腕は確かよ」
ルーシーの紹介が耳に届いたのか、アーサーはだるそうに左手を上げ「どうも」とつぶやき、自分は裏に下がっていった。
アーサーは陰気そうな見た目に反し、素晴らしい料理を作るらしい。こんなの食べたことがないと俺のお腹がぐるぐる主張している。わかったわかった。
さっきルーシーが言っていた通り、使用人との距離感は近いようで、カミラは俺達を同じテーブルに座らせ、料理を食べさせた。
そこでの会話は一般的な家族と多分同じだろう。今日何があったか他愛のない話だったが、当たり前に俺の話題が多かった。
こんな人のこない屋敷だ。よそ者がいるとなったら話題に飢えている彼らの格好の獲物だった。
「ジャックは、どこからきたの?」
となりの席のルーシーがスープを息を吹きかけて冷ましながら聞いてきた。
「ここよりもっと北の方。いわゆるスラム街から」俺も柔らかいチキンを頬張りながら答える。
「スラム…あなたも苦労したのね」ルーシーは話を遮らずにスープを啜った。
「ご家族はまだスラムに?」
カミラが上座から少し大きな声で聞いてくる。
「いや、もう家族は居ないから、残してくるものは特になかったよ」
できるだけ明るく言う。同情の顔は見たくないから。
「私もそう」
カミラのその一言で何か空気が変わった。ルーシーはスープをすするのをやめたし、バトラーはぐっと拳を握りしめた。
空気が重い。部屋が暗くなったのを感じた。カミラの目に光がなくなったことをバトラーは気がついたようで、話を仕切り直そうとしていた。
「そう言えば、ライさんのご年齢はおいくつですか?見たところお嬢様と同じくらいかとお見受けするのですが」
バトラーの気持ちを察してルーシーも「いやいや、カミラ様よりも年下でしょう」などと茶化してくる。
「俺、一応18です」
そう言うとルーシーは不満げに口をとがらせていた。
「なんだ、年上ですか」何でもルーシーは俺より2つ年下らしい。
「カミラ様は何歳なんですか?」
俺がカミラの方を向くとカミラはまだぼーっとしているようだったのでバトラーが代わりに「17ですよ」と教えてくれた。
このあとは時々暗くなるときもあったがそのたびにバトラーが上手く話を変えてくれた。相変わらずカミラの表情は明るくならなかったが、話にはちゃんと答えてくれるようになった。
「あなた、さっき肩に鳩かなんかいたわよね。あれが相棒ってやつ?」
ルーシーに言われ、自分のターンが来たことに気がついた。
「食事も食べ終わりましたし、そろそろやりますか」
これが俺の輝く場所ってやつよ。
俺は不思議そうに見てくるみんなを横目に俺は颯爽と自分の部屋に戻り相棒を連れてくることにした。
これは絶対良い自己紹介だぞ、と俺は意気込んでいた。
「ねぇ、あなただぁれ?」
先生に二人で喋っていなさいと言われたは良いものの、何を話すかは全く考えていなかった。
「僕は…」
僕が下を向いてもぞもぞとしていると、彼女はケラケラと笑い始めた。
「私はエラって呼ばれてるの。エラファキを短くして、本当の名前じゃないんだけどね」
それならいいやと、僕も愛称を教えることにした。
「僕はティモリアって言うんだ。僕も本当の名前じゃないけど…」
僕も彼女も自分の愛称の意味も相手の愛称の意味もよくわかってなかった。
「なんでここにいるの?」
そうエラに言われても、僕は「先生にここで待ってろって言われたの」としか言えなかった。というかわかっていなかった。
僕達はいろんな話をして、たくさん遊んだ。
その夜は、久しぶりにすごく楽しい日になった。
……本当に?