ピアノ
引越業界には必ずアルバイトがいる。
閑散期と繁忙期の差が激しいので、正社員だけで回すには無理があるのだ。
そして、繁忙期にはベテランのアルバイトが重要な役割を果たすので、専属アルバイトのような古株も存在する。
当時俺がいた運送会社にも古株の助手のアルバイトがいた。
彼は30代だったが、実家暮らしで、その実家は農家で地主でもあるため、気楽にアルバイト生活をしているようだった。
学生時代からアルバイトには来ていたらしく、その会社では俺よりもずっと古株だ。
年齢も引越業務の経験も俺の方が上だったが、その会社では自分の方が古いというプライドがあるらしく、変に張り合うようなところもあった。
引越屋は、ある意味力自慢の集まりみたいなところもあり、他の人が持てる物を自分が持てないというのは、プライドに係わるのだ。
実際彼は力はある方で、相当重い荷物でも、安心して任せることが出来た。
ある時、二人で単身の引越に行った。
実家からお子さんの荷物を運び出し、引越先のアパートへ届けるのだ。
荷物を運び終えて奥さんに挨拶をしていると、
『すいません、ちょっとお願いしたいことがあるんですけど……』
と言われた。
リビングにあるピアノの下のジュータンが寄ってしまったので、直したいからピアノを持ち上げて欲しいということだった。
俺は快く了承すると、
『じゃあ、片側ずつあげるので、その間になおしてください。』
と言うと、先ずは直す部分のジュータンを踏まないように足場を決めると、ピアノの右側を15センチ程持上げてキープする。
奥さんはピアノの真ん中に潜り込んで、シワになっているジュータンを寄せていった。
『はい。もう大丈夫です。』
『じゃあ、降ろします。』
俺はゆっくりと降ろしていった。
反対側では、次は自分の番だとばかりに、例の助手がスタンバっている。
奥さんが反対側の足の近くでジュータンを寄せると、
『じゃあ、お願いします。』
と言った。
彼は力を入れて持ち上げようとするが、全く持ち上がらなかった。
『あれ?あれ?』
と、戸惑っている。
『なにやってんだよ。』
俺が代わりにヒョイと持ち上げると、
『何でそんなに簡単に持ち上がるんですか?』
と言っていた。
奥さんも笑ってしまっている。
彼はピアノを持った事がないので、腕の力だけで持ち上げようとしたから動かなかったのだ。
この時のピアノは、そこまで重いタイプでは無かったが、それでも200キロは越えている。
片側だけでも100キロはあるのだから、腕の力だけで持ち上げるには無理があるのだ。
この時以降、彼は俺に張り合わなくなった(笑)
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