強制執行
この時仕事をしていた運送会社では、○○引越センターの仕事をしていた頃には、一度もしたことのない特殊な業務があった。
裁判所の強制執行による退去である。
多くは家賃滞納による強制執行なのだが、中にはゴミ屋敷や、ペットにまつわる強制執行もあった。
そういった仕事では、家主がいることは少なく、数人の立会人の指示で作業を進めていく。
そして、通常の引越と違うのは、室内に入るときに、靴は履いたままということだ。
家に入る時はクセで脱ごうとするのだが、
『あ、そのままで……』
と言われる。
その理由も、
『汚れるから……』とか『危ないから……』とか、その時の家の状況によって変わってくる。
ある時行ったアパートは、多頭飼いの犬による騒音と悪臭で強制退去になったようだった。
部屋に入ると、マスクをしていても獣臭と糞尿臭が酷かった。
襖も壁も剥がれまくっていて、酷い有り様だった。
そして部屋のあちこちに放置された糞。
乾いてしまっていて、台所や居間、寝室などあらゆる所に転がっていた。
しかし、犬だけが放置されていた訳ではなく、つい最近まで家主もここに住んでいたという。
こんな中でよく生活出来たなと、驚いてしまった。
これでは退去した後リフォームしても、中々臭いは消えないだろう。
強制執行に際して家主と話がついているのか、ほとんどの荷物はゴミとして処分する形になっていた。
必要なものは自分達で持ち出しているのだろう。
その為、家具の梱包等、荷物を丁寧に扱う必要は無かったが、部屋の惨状から作業は午前中では終わらなかった。
こういった作業では、依頼主が弁当を用意してくれることが多く、昼になって作業を中断することになった。
外で休憩していると、弁当を買いに行った人が戻ってきて、両手に弁当をぷら下げたまま部屋に入ろうとして、先輩らしき人に止められていた。
『おいおい、どこ行くんだ?お前、こんな中で飯食えんのか?』
と言われて、『はぁ……』と間の抜けた返事をしながら戻ってきた。
ある意味強者だ(笑)
俺たちは苦笑いするしかなかった。




