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のほほん見聞録  作者: ヒロっぴ
劇団○○時代
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やっとクビ






俺が入社してからすでに半年がたった。



いつクビにしてくれるのかと待ち焦がれたまま、すでに半年……




仕事内容自体は楽だと思う。



基本的には朝迎えに行って、帰りはどこかに寄ってから自宅へ送り届ける。



待機時間に余計な雑務もないし、体力的にはかなり楽だ。



しかし、それを大幅に凌駕する精神的苦痛があった。






ただ待機しているだけとはいえ、いつお呼びがかかるか分からない。



常に直前だ。




そこから道を調べて希望通りの時間に着くように考えなければならない。



早く着いても文句を言われる。




おまけに、やたら都内の道に詳しいので、抜け道を知らないと文句を言われる。




休みもそうだ。




入社したときの話では、週一の休みがあるとの話だったが、月に二回だったりもする。




年棒制なので、残業代も休日出勤も込みなのだから、入社前の約束通りの休みは欲しい。




しかも、休みも不定期でいつ休めるかも分からない。



大体、夜送っていった後で、『明日は休んでいい。』と言われるパターンなので、予定が立てられない。




しかも休みだと言われても家にいると、やっぱり出勤してくれと呼び出される。




内勤の人が、たまの休みに家族とディズニーランドに行っていたら、呼び出されたなんて話も聞く。





あとは、他の社員の人達がクビになった理由が下らないことばかりで、『そんなことでクビに出来るものなのか?』と、疑問に思っていた。





また、社員の人達が不満に思っていることの一つに、『録音説教』というものがあった。




面と向かって説教する時間が勿体ないと、あらかじめ何時間もかけて録音した説教の音声を聞かせるのだ。




テーブルの真ん中に置かれたテープレコーダーを何人もで囲み、ただひたすら何時間も録音された説教を聞き続けるというのだ。



その数時間が無駄だとは思わないのだろうか。



一人でテープレコーダーに向かってこんこんと説教している姿を思い浮かべると笑ってしまう。



録音説教を受けてるほうは、



『おれ、何やってんだろ?』




と、情けなくなると言っていた。




しっかりと聞いて内容を把握していないと、後から『どうだった?』と聞かれるので、聞くしかないとのことだった。




そんなことを色々と聞いていたので、この頃には、自分に対すること以外でも、会社(会長)に対する不満が相当積み上げられていた。




そんな頃、劇団本部が手狭になったことにより、近くに新設した建物が完成し、落成祝賀会が行われていた。




そんな時にも関わらず、例によって、秘書室の人達は、ここしばらく会長から無視されていた。




その為、予定が中々降りてこない。




いつも直前にならないと分からないのだが、秘書室の人達が『今日はまっすぐ帰ると思います。』とか、『誰々と会食するので、この三つのうちのどこかに行くと思います。』と、予想を知らせてくれていた。




ここしばらくそれがないのだ。





何に対してヘソを曲げてるのか分からないが、秘書室の誰とも口を聞かないモードに突入していたのだ。




新しい劇団本部への移設や、招待客への連絡やそれに伴う雑務などが大変な時に、会長が何も教えてくれないと、みんな困り果てていた。




そんな状況の中、いつものように車の中で待機していると、いきなり連絡が入り、会長の他に奥さん(女優さん)と、幹部の俳優さん、専務と、満席で、行ったこともない飲食店に行くように指令が入った。




会長は内勤の人間に対してヘソを曲げているので、俳優さんたちとは楽しそうに話をしていた。




しかも、祝賀会で振る舞われた酒が入っていたこともあり、上機嫌だった。





上機嫌なだけならいいが、愚痴や不満も炸裂し始めた。




以前会長に教えてもらった抜け道を通るとき、もう一つ聞いていた別の抜け道に入ってしまったことで、ネチネチと文句を言い始めたのだ。




『俺はこんな道教えていない。』とか、『この時間はあっちの方が空いていた。』とか、数十分に渡ってずっと文句を言っていた。






初めは『すいません。』と謝っていたが、それでもいつまでもグチグチと言われているうちに、何かが切れた。




ハザードを炊いて路肩に停めると、振り向いて




『うるせえ!』




と、怒鳴っていた。





驚いた顔の会長が目に入ったが、もう止まらない。




『俺たちだって、生きてるんだ!機械じゃないんだ!感情があるんだ!』




というようなことを含みながら、積み上げられた不満をぶちまけていた。





そのうち、悔しくて涙まで出てきた。





一通り思いのたけをぶちまけると、会長は笑顔になり、




『いやー、人に怒鳴られたのなんて40年ぶりだなー。いや、いい経験になった。』





『それにしても君はプライドの高い男だなー。俺は逆に気に入っちゃったよ。』





とか、色々言われ、





『今日はもういいから、明日○○時に迎えに来てくれ。』




と言って、車を降りていった。






俺はすぐに総務へ電話をかけ、事の顛末を報告した。





『すいません、我慢できなくて……』





と謝ると、





『起きてしまったことは仕方ない。先生は明日も迎えに来るように言ってたんだよね?』



『はい。』




『じゃあ、明日は顔を会わせづらいだろうけど、ちゃんと謝ってから、いつも通り出勤するように。』




との指示で、俺はいつも通り車を持ち帰った。






すると、その後総務の上司から連絡があり、『先生は、いいって言ってるんだけど、専務や他の俳優さんが乗ってたのがまずかったね。なんとなく噂になり始めてるから、しばらく自宅待機して欲しい。』





とのことで、謹慎処分になった。





翌朝、会長が出勤する時間を過ぎると、秘書から電話があった。





『何があったの?』




第一声がそれだった。





前日の予定だと俺が迎えに行く事になっていたのに、会長が自分のベンツを運転して来たからビックリしたというのだ。





俺が事の顛末を伝えると、今度は『ありがとう!』と言われた。




前日まで秘書室の誰とも口を聞かなかった会長が、今朝はニコニコしていて、今までになく優しいと言うのだ。




『今まで辞めていった人は沢山いたけど、先生にそこまで言ってくれる人いなかったよ。ホント、ありがとう!』





と、興奮ぎみに言われた。




ただ単に俺が我慢できなくて怒鳴ってしまっただけだったが、『ありがとう』と言ってくれる人がいたなら、まぁいいかなと、気持ちを切り替えることにした。




クビになるなら、その方が楽でいいし、残れるならやれるところまではやろうと思っていた。






一週間ほど自宅待機した後、とりあえず車だけ戻して欲しいというので、車を持っていった。





ここで気付けば、例のブツをトランクから抹消することが出来たのだが、この時はスッカリ忘れていた。



車を置いてから、その後の事を聞くと、まだ処分が決まらないというので、そこからまた自宅待機することになった。





そして数日後、やはり劇団内部で噂が広まってしまったので、このまま続けてもらうわけにはいかない、とのことで、晴れてクビに(笑)




しばらくすると、会長から手紙が届いた。



自分としては続けて欲しかったこと、辞めさせてしまった事に対して、謝罪が書かれていた。




その中にあっても、『私はあんな道は教えていない。』という主張は盛り込まれていたが……




子供みたいな人だから、何に対しても悪気は無いのだろう。



それくらいの人でないと、これだけの実績を残し、社会的に成功するのは難しいのかもしれない。







そこから四ヶ月間給料は出たからいいが、一週間でクビになった人と二週間でクビになった人と同じというのはなんともモヤモヤした。




だって彼らは、そんなに嫌な思いする前に辞めているのだから。






だけどまぁ、かなり色々な経験が出来たので、それは良かったと思うことにして、劇団○○のエピソードは終わりにしたい。




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