子供じゃないんだから……
ここの会長さんは、長年芸能関係の仕事を牽引してきただけあって、とてもパワフル&アクティブな方だった。
なので、役員運転手の俺がいても、気が向くと、自分のベンツを運転して出勤したりもしていた。
その場合、帰りは劇団の女優や俳優、または政治家や著名な方達と飲みに行ったりすることも多く、自分で運転して帰れないので、昼間のうちに俺がベンツを運転してタワーマンションまで届けて、電車で戻る。というのも仕事のうちだった。
ただ、若い頃からずっとこの仕事を続けているだけあって、社会常識はあっても、一般常識の通じないようなところもあり、回りの人達は苦労しているようだった。
しかも、すでに70歳を越えているのに、子供のような所があり、だからこそ、演出や様々な面でプラスにはなっているのだろうが、周りで振り回される人間はたまったものではない。
秘書の方から、下らないことでクビになった方がたくさんいると聞いていたので、日々戦々恐々と過ごしていた。
とはいえ、本音は『早くクビにしてくれ!』だったが……
日々の仕事は、朝、港区の自宅まで迎えに行き、横浜の事務所まで送ったあとは、いつでも出られるように待機しているのが常だった。
いきなり秘書や総務から電話がかかってきて、『何時までにどこどこに行くそうなので、出発時間を教えてください。』と、連絡が入ったりするのだ。
週のうち半分以上が誰かと寿司屋に行くというパターンになっていた。
それ以外は、自宅に戻ることが多い。
ある時、待機していると夕方くらいに秘書から電話がかかってきた。
『先生(会長)、降りていきましたか?』
『いえ、来てませんけど。』
『えー?どこ行っちゃったんだろ?』
話を聞くと、ここ1週間何故だかヘソを曲げていて、秘書室の誰とも口をきいていないらしかった。
なので、その日の予定なども全く伝えられず、みんな困っているということだった。
運転手は総務部所属になるので、上司に確認してみても、予定は伝わっていないという。
当然である。
普段は秘書から総務部に予定が伝えられるのだから。
劇団事務所は会長の行方をめぐって大騒ぎになった。
朝は、俺が自宅から事務所まで送っているので、マイカーで帰るということはあり得ない。
黙って帰るとしたら、駅まで歩いて電車で帰るしかないのだ。
しかし、会長室から出たのを誰も見ていない。
騒然とする中、とある俳優の方が、玄関にある靴箱で会長に会ったという事が分かった。
帰ろうと思って靴を履き替えていると、会長が来て挨拶をしたが、歩いて出ていったというのだ。
そこでみんなが推察するには、どうやら会長室の裏口から出て、わざわざ地下へ降りてから、玄関へ行ったのではないかという結論に至った。
それなら秘書室を通らずに玄関へ行けるのだ。
『あきれた……。』
秘書室の人達は口を揃えてそう言っていた。
次に出たのは、
『子供じゃないんだから……』
だった(笑)
傍観者として聞くには面白いが、回りにいる人間は苦労しているのが良く分かる一件だった。




