ゲンゴロウ!
これは、当時の同僚の話である。
学校が夏休み中のある日、彼は、『こどもの国』がある路線を走っていた。
当時の彼は、
『客は敵だ!』
と言い切る程、わがままなお客さん達に、敵対意識を持っていた。
そんな彼が、こどもの国のバス停に着けた時、一人の小学生の女の子が乗ってきた。
その子は、小さなプラスチック製の水槽を肩から下げ、片手には、魚取り網を持っていたという。
その子は片手でゴソゴソとポケットをまさぐると、定期入れを取り出し、素早く運転手の方に見せると、スタスタと後ろの方へ歩いていった。
その時、運転席にいる彼の目が
『キラ~ン!』
と光ったかどうかは分からないが、彼はその定期入れの中を見逃さなかった。
そう、彼が『客は敵だ!』という理由の一つに、まともに定期券を見せるお客があまりにも少ないという事がある。
運転手の方に向けて真っ直ぐに見せる。
ただそれだけの事が出来ない人が本当に多いのだ。
ただ手の平にのせているだけで、定期面が天井の方を向いていたり、
バスのフロントガラスの方を向けていたり、
一瞬しか見せなかったり、
シールだらけでまともに見えないようにしてあったり…
そんな状況で、定期に敏感だった彼は、その女の子が、間違って定期面ではなく、安室奈○恵の写真が入っている方の面を見せてしまった事を、見逃すはずがなかった。
彼は、
『ちょっと!』
と 言って呼び止めると、不機嫌そうに
『それ何?』
と言った。
小学生相手に大人げないとも思うが、とにかく彼はそう言って呼び止めたのだ。
すると…
その女の子はスタスタと運転席のほうまで戻ってくると、
満面の笑顔で、水槽を持ち上げ、
『ゲンゴロウ!』
と言って彼に見せた。
さすがの彼も、これには、怒る気も失せて笑ってしまったそうだ。
その日、その女の子はゲンゴロウが捕れたのがよほど嬉しかったらしく、
『それ何?』
と聞かれたのが、水槽の中身だと思ってしまったのだ(笑)
その光景を思い浮かべると、自然と顔がほころんでしまう。
この時のエピソードを、彼の結婚式で披露したのは、言うまでもない(笑)
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