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のほほん見聞録  作者: ヒロっぴ
市営バス時代
70/136

チンピラ?






路線バスの仕事をしていると、話題に上がる乗客というのがいる。




大抵は迷惑をかける悪い客なのだが、その中でも一際話題の人物がいた。



同僚達はその客を『チンピラ』と呼んでいた。





酔ってバスの前に立ちはだかったり、ワイパーを壊してもぎ取ったりと、数々の愚行が語り継がれていた。




風体は、坊主頭に薄い色のかかったメガネ。


痩せていて、いかにもチンピラという身なりをしているという。




そして○○市場という駅と中○谷というバス停で乗降するという話だったが、俺は乗せた事がなかった。




いや、乗っていても毎回そんな悪さをするわけではないのだろうから、気付かなかっただけかも知れなかったが、ある時ついに巡りあってしまった。




○○市場駅のバスターミナルで客扱いをしていると、一人の乗客がフラフラしながら乗ってきた。



明らかに酔っているその男は、フラフラしながら千円札を出すと紙幣投入口に差し入れ、お釣りが出始めてから十円玉を一括投入口に入れた。



『あ!』



と思ったが遅かった。




 当時使っていたつり銭機は良くできていて、紙幣以外の硬貨と回数券等は同じ投入口に入れる仕様だった。




硬貨も1円玉、5円玉、10円玉、50円玉、100円玉、500円玉と、全て同じ投入口に投げ入れると、小気味良く読み込んで行く。



一度に10枚程度なら問題なく読み込んでいったが、さすがに1円玉を100枚とか入れられると詰まってしまう。



過去にそんな嫌がらせをする客に遭遇したこともある。



当時の運賃210円を全て1円玉で放り込んだのだ。




当然つり銭機は詰まって使い物にならなくなった。




まぁ、その話は置いといて、210円の料金に対して、一括投入口に510円を入れると、硬貨が中で跳ねて、500円玉と10円玉のどちらを先に読み込むかでお釣りの出方が違ってくる。



10円玉を先に読み込むと、運転席側では『-200』と表示され、その後に500円玉を読み込むので、300円のお釣りが出る。




しかし500円玉を先に読む混むとその時点で290円のお釣りを払い出してしまい、その後に10円玉を読み込むので、『-200』と表示される。



このままにしていると次のお客さんが入れた金額に対して『-200』の状態から計算してしまうので、おかしなことになるし、510円入れたお客さんは、お釣りが10円足りないことになってしまうので、すぐに返却ボタンを押さなければならないのだ。




10円玉のお釣りが欲しくない人は、510円や1010円を入れる訳だが、まず10円から入れてもらってからタイミングをずらして入れてもらえば、お客さんの望むお釣りが出る。




そのことを周知するためにも投入口には注意書きを貼っていたのだが、見ていない人も多いから、口頭でも伝えていた。


しかし、手のひらに隠すように10円玉を持っていると、注意が間に合わないのだ。


挿絵(By みてみん)


 その時もそうだった。




その客は、フラフラしながら千円札を紙幣投入口に入れて、お釣りが出始めてから10円玉を一括投入口に放り込んだ。




当然『-200』になってしまう。




その客が10円玉を投げ入れた時、『あ!』と言ったあと、



『すいません、10円玉は先に入れてくださいね。』




というと、



『うるせー!』と言ってフラフラしながら後ろへ歩いていってしまう。



完全にお釣りが支払われてから10円玉を入れられたので、返却ボタンも遅れて、返却口には10円玉だけが残ってしまった。





その10円玉を手にして、



『お客さん!おつり!』




と言うと、




『うるせー!いらねーよ!そんなもん!』





と言うので、仕方なく一括投入口に入れると、




フラフラしながら戻ってきて、



『テメー、何すんだ俺の金!』




と言ってきた。



『今、要らないって言ったじゃないですか、』



『うるせー!テメー、このやろー……』



仕方なく、補助券を用意して渡そうとすると、フラフラと後ろへ歩いていってしまう。



『お客さん、補助券……』



『うるせー!とっとと出せ!このやろー!』




その客は一番後ろの真ん中の席に大股を開いて座ると、何度も『早く出せ!』と言っていたが、当然出発時間前には出せない。




こいつ、絶対例の奴だよな。……中○谷で降りたら間違いないな。





俺は車内ミラーでチラッと確認しながらそう思った。




俺がその時止まっていたバス停は、そのバスターミナルの先頭で、すぐ目の前に信号がある。



なので時間になって発車しても、1メートルも進まないうちに信号で止まることになってしまう。



だから、信号が変わるギリギリまで扉を開けて待っていて、変わりそうになったら発車するようにしていた。



このタイミングも微妙で、発車時間が過ぎているのに、信号が赤だからと、ミラーで後ろを確認もせずに待っていると、ゾロゾロと乗客がやって来て、乗せているうちにまた信号が変わってしまい、いつまでも発車できなくなってしまうから注意が必要なのだ。



その時は『早く出せ!』等という客がいたので、早めに扉を閉め、停止線まで進んだ。


やがて信号が青になり左折するために進んだものの、歩行者がいるので待たなければならない。



『早く行けって言ってんだろ!』



そんなことはお構いなしに怒鳴り声が聞こえる。




俺は無視して歩行者が切れるのを待ってから左折した。




そこから五つ目が例のバス停、中○谷だ。




『次は、中○谷、中○谷……』




『ピンポーン♪』





降車ベルが押される。






バス停に近付くと、前のバスが客扱いをしていた。



俺はその後ろに付けるべく、ウインカーを出しながら徐々に寄せて行った。




すると、例の客がフラフラと立ち上がって降車ドアに向かって歩いていく。



まだバスは動いているのに。




やっぱりこいつか。




俺はそう思いながら、ゆっくりとブレーキをかけていく。



しかし、酔っぱらっているその男は転ばないまでも、トトト……とたたらを踏む。



完全に止まる前に前方のバスが発車したので、ブレーキを緩めて前に進む。



すると、今度は後ろ方向にとトトト……とたたらを踏む。




『お待たせしました中○谷です。』




そう言って降車ドアを開けたが、その男は降りずに運転席まで来ると、




『テメー、わざと急ブレーキ踏んだだろ!』




と、言ってきた。





『そんなことないですよ。バスが止まってから立って下さいね。』




『うるせー!てめー!このやろー!』




話にならない。




その後もグダグダと意味のわからない文句を言っている。




『すいません。他のお客さんの迷惑になるので、とりあえず降りてもらえますか?』




『誰の迷惑になるってんだ。このやろー!』




すると、優先席に座っていたお婆さんから、




『運転手さん、早く行ってもらえませんか?』



という声が上がった。




すると、よりもにもよって、その男はそのお客さんに向かっていって、




『なんだてめー!文句あんのか!』



と言い出した。



俺は運転席から半身乗り出して、




『他のお客さんに絡まないで、文句があるなら、こっちに言ってくださいよ!』



と言った。




すると、





『上等じゃねーか、このやろー!』



と戻ってくる。



すると、そのおばあさんがまた



『運転手さん、時間がないのでお願いします。』



と言う。するとまた、



『てめー!少し黙ってろ!』



と、また後ろに行く。



『いいから、他のお客さんに絡むな!文句があんなら、後で営業所に来い!いくらでも相手してやるから!』




そう言うと、



『お?……』





と言いながら戻ってきた。




『あんた、どこのもんだ!』




俺がそう言うと、



『どこのもんとはどーいうこった?』




『そんなカッコしてイチャモン付けて、あんたヤクザもんじゃないのか?』



そう言うと、そいつは胸を張って、




『俺ぁー、サラリーマンだ!』




と言った。


俺は思わずズッコケそうになった。


いや、マンガとかなら、盛大にズッコケていただろう。




すると、



『お前こそ、どこのもんだ!』



思わず笑ってしまった。




『どこのもんて、どっから見てもバスの運転手だろうが。』




笑いながらの返事になってしまったのだ。




そのあともグダグダと埒が明かないので、




『降りないと警察呼びますよ。』




と言うと、『呼べ!』ということになり、無線で状況を伝えて、警察を呼んでもらった。




そのあと、後ろにきた同じ行き先のバスの先輩に状況を伝え、他のお客さんには謝って、後ろのバスに乗り換えてもらった。




いよいよ二人きりになったので、いつ襲いかかられてもいいように身構えていたが、そいつはバスを降りると、バス停のベンチに座り、おとなしく警察が来るのを待っていた。



俺はなんか調子が狂って『あれ?』と思っていたら、やがてパトカーが止まり、警察官が降りてきた。



俺は、事情聴取とかめんどくさいことになるだろうなと思っていたら、


警察官はその男を見るなり、




『まーたお前か!』




と怒鳴った。


そいつはシュンとしている。




『運転手さん、もういいですから、行ってください。』



俺は拍子抜けして、


『じゃあ、お願いします。』



と言って、その場を離れた。




後で、お客さんを乗せ変えてもらった先輩に聞くと、乗っていたお婆さんは、病院で透析の予約をしていたので急いでいたらしい。



先輩は、


『あの運転手さん、いつでも相手してやるとか、ずいぶん勇ましいこと言ってたわよ。』



と言われて、




『彼は空手の有段者ですから。』



と言ったらしい。




有段者ではないのだが(^^;






後日談。





その男は、その後タクシーで無賃乗車しようとして、警察署に乗り付けられ、晴れて御用になったということで、営業所の副所長に新聞記事を見せてもらった。




俺は、これでひと安心と、胸を撫で下ろし、溜飲の下がる思いをしたのだった。



いやー、色んな客がいるもんだ(^o^;)




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