お詰めください
当時俺が走っていた路線には女子高や女子大などが密集している場所があった。
そんなところにある、とあるバス停。
午後など学生たちが帰る時間帯には100メートル以上もバス停に並ぶ人達の列が出来ることもざらだった。
その路線はマンモス団地を抱えていたので、ラッシュ時には次から次へとバスが来るのだが、日によって学生たちの帰る時間が違うので、それに対応したダイヤは組めず、いくつもの学校の帰り時間が重なると、1つ手前のバス停に到達するのではないかというくらいの長蛇の列が出来ていた。
それは、ただ単に乗客の数が多いだけでなく、学生たちの質にも問題があった。
女子高生たちはそうでもないのだが、女子大生たちがひどかった。
まともに定期を見せる者は少なく、確認できないので『ちゃんと見せて下さい』と言って、提示し直してもらう。そんなことを繰り返すから乗るのに時間がかかる。
そして、乗ったはいいが、奥へ積めようとしない学生が多い。
『奥の方からご順に中程までお詰めください。』
何度か同じアナウンスをする。
それでも一向に詰めない。
入り口で乗れずに困っている学生が中を覗き込む。
『ぜんぜん空いてるじゃん。何で詰めないの?』
そうぼやいている。
俺は再度アナウンスをする。
『乗りきれないお客様がいらっしゃいますので、奥の方からご順に中程までお詰めください。』
すると、車内から気だるそうな女子大生の声が聞こえてきた。
『運転手なんか言ってるー。なんか言ってるよー。』
そこでキレた。
俺は声のトーンを落とし、噛んで含めるようにゆっくりとアナウンスをした。
『はい。自分一人くらい、詰めないでもいいや、と思っている、自己中心的な方も、周りを見渡して、ご自分が邪魔になっていると気付いたら、ご順に、中程まで、お詰めください。乗りきれない方の気持ちも考えてあげてください。』
すると、あちこちからクスクスと笑い声が聞こえ、間もなく乗客が後ろへ流れていった。
一番先頭で乗りきれなかった学生は笑顔で『ありがとうございます。』と言ってお辞儀をしながら乗ってきた。
そのあとの学生たちも笑いながらペコッと頭を下げて、次々と乗り込んでいった。
乗れなかったかなりの人数が乗車したあと、次のバスが後ろに来たので、
『扉閉めます。次のバスをご利用下さい。』
と言って、扉を閉めると発車した。
まだ詰めれば乗れそうだったが、ここで満タンにしてしまうと、次のバス停で乗れなくなってしまうから、その見極めも必要なのだ。
今の時代、そんなアナウンスをしようものなら、すぐに炎上騒ぎになりそうだが、この頃は苦情が来ることもなかった。
ある意味いい時代だったとも言える。
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